※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

病床不足や高齢化が進む日本において、「自宅で最期を迎えたい」という思いに応える訪問看護サービスは、社会インフラとして不可欠な存在となりつつある。しかし、多極化した市場構造や人材確保の難しさから、撤退を余儀なくされるケースも後を絶たない。そんな中、創業以来右肩上がりの成長を続け、2022年に東証への上場を果たしたのがRecovery International株式会社だ。その躍進を支えたのは、公認会計士としての緻密な計算と、泥臭い現場主義を併せ持つ一人のリーダーである。2024年に代表取締役社長に就任した柴田旬也氏は、いかにして未曾有の危機を乗り越え、業界の新たなスタンダードを築こうとしているのか。その生存戦略と未来への展望に迫った。

公認会計士からの転身 「2025年の約束」に向けた組織づくり

ーーまずは、貴社に入社されるまでのご経歴をお聞かせください。

柴田旬也:
もともとは公認会計士として監査法人に約10年間勤務し、IPO(新規上場)を目指す企業の支援をしていました。その中で、同世代の経営陣が会社を成長させていく姿に刺激を受け、「支援する側」ではなく、自分も「事業の当事者」として挑戦したいという思いが強くなっていきました。

そんな折、知人から「医療系でCFO(最高財務責任者)を探している社長がいる」と紹介されたのが、創業者の大河原峻氏でした。妻が医師であるため、私も医療現場の過酷さは耳にしていましたが、彼はその課題を深く理解し、本気で解決しようとしていたのです。それに加えて、彼の誠実さとトップダウンではなくチームで目標に向かうという姿勢に惹かれ、入社を決意しました。

ーー入社後はどのようなことに取り組まれましたか。

柴田旬也:
まず最初に取り組んだのは、入社直後に発覚した資金ショート危機の解決でした。急遽、資金調達を2週間でまとめ上げ、会社の存続を守り抜きました。その後は組織の基盤固めに着手し、「2025年に30拠点、従業員300人」という長期目標を掲げ、そこから逆算して一つひとつの課題をつぶしていったのです。当時は拠点閉鎖が続く苦しい時期でしたが、「業界のスタンダードをつくる」という一心で仕組み化に奔走し、結果として宣言通り目標を達成できました。

CFOが自転車で駆け回った日 コロナ禍での「地域連携改革」

ーー上場するまでの道のりで、最大の試練は何でしたか。

柴田旬也:
新型コロナウイルスの流行です。私たちはケアマネジャーや医療機関への訪問を通じてご利用者様を紹介していただきますが、感染拡大によって訪問禁止となり、依頼が激減しました。売上高は半減し、上場はおろか存続すら危ぶまれる瀬戸際でした。そこで私は「売上高が下がったのなら、上げる方法を自ら作るしかない」と腹を括り、CFOの肩書きを置いて地域に出ました。朝から晩まで自転車を漕ぎ、杉並や東村山のエリアを回り続けたのです。

ーーその過酷な経験を経て、どのような学びがありましたか。

柴田旬也:
最大の発見は「医療の専門職である看護師に従来の『お願い営業』を強いるのは間違い」という事実です。彼らが無理なく活動でき、強みを活かせる方法でなければ組織として成果は出せないと痛感しました。

そこで私は手法を刷新しました。「依頼をください」と頭を下げるのではなく、専門知識を活かしてケアマネジャーへご利用者様の状況を共有する「連携型」へと切り替えたのです。ケアマネジャーは多数の担当を抱えており、ご利用者様の状況把握に苦慮しています。そこに私たちが専門的なフィードバックを行うことで信頼が生まれ、自然と依頼が舞い込むようになりました。この仕組みを全社展開したことで、売上高はコロナ禍前の2倍近くまで伸長し、上場への自信につながりました。

「訪問看護×異業種」で描く 独自のリスク分散型ポートフォリオ

ーーその後、どのような経緯で社長に就任されたのでしょうか。

柴田旬也:
きっかけは、上場から1年ほど経った頃、創業者である大河原から正式に交代を打診されたことです。会社が次のステージへ進むには、M&A(※1)や新規事業による非連続な成長が不可欠です。現場を愛し、看護の質を追求する大河原に対し、私はビジネス視点で企業価値を向上させる役割を担うべきだと議論を重ね、私が社長として事業拡大を牽引する体制への移行を決断しました。

(※1)Mergers and Acquisitionsの略。複数の企業を一つの会社に統合したり、ある企業が他の企業の株式や事業を買い取ったりすること。

ーー現在の事業内容と、貴社の強みについて教えてください。

柴田旬也:
主力の「訪問看護事業」に加え、看護師に特化した「人材紹介事業」、そして訪問看護の業務効率化を支援する「SaaS(※2)事業」の3つを展開しています。私たちの強みは、徹底した「仕組み化」にあります。属人性が高い訪問看護の現場において、データを活用した効率的なルート作成などをテクノロジーで支えています。

また、特定の個人に頼るのではなくチーム制でご利用者様を支える体制を構築しており、これがスタッフの働きやすさとサービス品質の安定につながっています。

(※2)SaaS:Software as a Serviceの略。ソフトウェアを自身のパソコンやサーバーにインストールするのではなく、インターネット経由で必要な機能を利用するサービス形態のこと。

時価総額300億円へ挑むSaaS戦略 心理的安全性を高めるフラットな組織

ーー今後のビジョンをお聞かせください。

柴田旬也:
中長期ビジョンとして、グループ全体で時価総額300億円規模を目指しています。その実現に向け、特に注力しているのが「SaaS事業」の展開と、リスクに強い事業ポートフォリオの構築です。具体的には、AIスタートアップと共同開発したシステムで訪問ルート作成を自動化し、訪問看護を社会インフラへと昇華させたいと考えています。

また、これからの時代、人口減少などが見込まれる中で、介護保険制度だけに依存するのはリスクがあります。そのため、SaaSや人材紹介といった価格決定権を持てる「保険外収入」の柱を育て、3つの事業をバランスよく成長させていく方針です。

ーー事業拡大を進める上で、どのような組織づくりを重視されていますか。

柴田旬也:
戦略を実行するのは、結局「人」です。だからこそ、役職や社歴に関わらず、対等に意見を交わせるフラットな関係性を重視しています。役職とは単なる役割の違いであり、偉さの違いではありません。上司と部下という縦の関係ではなく、パートナーとしての横の関係を築くことで初めて心理的安全性が担保され、現場からの意見が経営に届くようになると考えています。

私自身、幹部メンバーとは定期的に1on1を行っていますが、そこでは業務報告だけでなく、雑談も含めて腹を割って話すことを心がけています。こうしたコミュニケーションの積み重ねこそ、強い組織をつくる土台になると信じています。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

柴田旬也:
「当事者意識」と「相手目線」の2つを大切にしていただきたいです。まず、「自分が社長だったらどうするか」と、目の前の課題を自分ごととして捉えてみてください。その一歩踏み込む姿勢が視座を高め、自身の成長につながります。

しかし、自分の思いだけで進んでは独りよがりになってしまいます。そこで不可欠なのが「相手目線」です。私自身、現場の痛みを理解して初めて、皆が納得する改革ができた経験があります。相手の立場や心情を想像できてこそ、周囲を巻き込んだ良い仕事ができるのです。どのような立場であっても、この2つの視点を持ち続けることが、仕事の成果、ひいては人生の豊かさにつながると信じています。

編集後記

資金ショートの危機を乗り越え、コロナ禍では自ら自転車を漕いで地域連携に奔走した柴田氏。その姿からは、役職という枠に囚われない真の当事者意識を感じた。数字に強いCFOの視点と、現場の痛みを理解する人間味。この稀有な両輪が噛み合っているからこそ、同社は数々の危機を好機に変えてこられたのだろう。訪問看護を社会インフラへと昇華させ、業界全体の質を底上げしようとする同社の挑戦は、これからの日本社会にとって希望の光となるに違いない。

柴田旬也/2007年、あずさ監査法人(現・有限責任あずさ監査法人)へ入所。2012年に公認会計士登録。2016年、Recovery International株式会社に経営管理部の部長として参画。2018年、同社取締役に就任。2023年に経営管理部を管掌後、2024年3月に代表取締役社長に就任。同年12月にはRePath株式会社の代表取締役社長にも就任し、現在に至る。