※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

生活習慣病の予防において、「わかっているけれどやめられない」という行動変容の壁は厚い。生活習慣病患者向け食事コーチングサービスを展開するタウンドクター株式会社は、管理栄養士による「人」の寄り添いと、「栄養学」「精神科学」を融合させた食事指導サービスを提供している。30万人の潜在的な管理栄養士の力を解放し、医療現場に新たな解決策を提供する同社。物理工学出身という経歴を持ち、コンサルティング業界を経て起業した代表取締役社長CEOの山上慶氏に、事業に込めた狙いと今後の展望を聞いた。

ヘルスケアの常識を変える新たなアプローチの追求

ーーまずは、貴社を創業された経緯についてお聞かせいただけますか。

山上慶:
事業の着想を得たのは、コロナ禍以前のことです。当時、私はコンサルティング業界にいたのですが、そこでの業務の中でヘルスケア市場を観察していた際、既存の食事改善サービスに対して、ある種の違和感を覚えたことがきっかけでした。

当時のサービスは、ユーザーのニーズを捉えきれていないプロダクトアウト型のものが多かったのです。たとえば、お酒やジャンクフードを過剰に摂取してしまう人に対し、真正面から「飲み過ぎは良くない」「やめるべきだ」と正論をぶつけてしまう。言っていることは正しくても、それだけで生活習慣を変えられる人は稀です。

市場規模は成長しているのに、ユーザーの心理に寄り添った解決策が提供されていない。ここに大きな課題とチャンスがあると感じました。そこから、「正論を押し付けるのではなく、どうすれば人が行動を変えられるか」という視点で事業を構想し始めました。

ーー起業することに、迷いはありませんでしたか。

山上慶:
実は大学時代から、おぼろげながら起業への関心は持っていました。私の専攻は物理工学で、周囲は自動車メーカーや重工メーカーに進むのが王道でした。大学院での研究活動に面白さを感じていた部分もありましたが、紆余曲折あり、結果的にはコンサルティング業界に行くことになりました。

起業にあたっては、エンジニアや医師といった主要メンバーが創業期から揃っていたのは大きな利点になりました。このチームがあったからこそ、プロダクト開発を内製化し、スピード感を持って事業を立ち上げることができました。

食と対話のプロである管理栄養士への着目

ーーサービスを開発する上で、どのような点を最も重視されたのでしょうか。

山上慶:
デジタルだけで完結させず、あえて「人」の介入を取り入れることを重視しています。なぜなら、食事は単なる栄養摂取ではなく、生活の楽しみそのものだからです。特に私たちが向き合うユーザーは、食べることに喜びを感じていらっしゃる方々です。そうした方々に対し、アプリから無機質な正論や通知を送るだけでは、行動を変えることは困難だと考えました。

そこで着目したのが、食と対話のプロである管理栄養士です。私たちはテック企業ですが、すべてをシステムで自動化するのではなく、管理栄養士がより良い指導を行うためのサポートにITの力を注ぎ込みました。「人の温かみ」と「テクノロジーの効率性」。この2つを掛け合わせることで初めて、本当に効果のあるサービスが提供できると考えたのです。

ーー具体的に、テクノロジーはどのような役割を担っているのでしょうか。

山上慶:
弊社は、AIや精神科学を取り入れた独自の面談ツールを開発しました。このツールを管理栄養士が面談時に使用することで、ユーザー1人1人にオーダーメイド食事コーチングが可能になり、管理栄養士にとって強力な武器になると考えています。

イメージしやすいのは、保険業界の営業の現場で用いられているタブレット端末上のツールです。喫茶店で見かける保険の営業シーンにおいて、かつては担当者が分厚いマニュアルを暗記して提案を行っていましたが、現在はタブレットが最適な提案をナビゲートしてくれるため、誰でも高いパフォーマンスを発揮できます。

それと同様に、弊社のツールを使うことで、経験の浅い若手でもベテランと同じような質の高い食事指導が可能になります。単なる栄養学的な「正論」ではなく、ユーザーの心理やモチベーションに寄り添った言葉がけをシステムがサポートすることで、心に響く指導を実現しています。

営業現場での経験がもたらしたプロダクトの精度

ーーこれまでにご自身にとってターニングポイントになった出来事はありましたか。

山上慶:
私自身が営業の現場に出るようになったことが、非常に大きな転機でした。コンサル時代は「あるべき論」で戦略を描くことが多かったのですが、実際の営業現場では、お客様の要望が必ずしも明確なわけではありません。お客様の言葉をそのまま鵜吞みにするのではなく、その背景にある真意を汲み取り、段階を踏んで提案することが重要です。そうした「現場感」や駆け引きの重要性を肌で学んだことで、プロダクト開発やオペレーションの精度も高まりました。

この現場経験を通じて、現在の「カスタマーファースト」の精神が確立されました。弊社では、エンドユーザーである患者さんや従業員さんだけでなく、主治医の先生や企業の担当者様も「カスタマー」だと定義しています。それぞれの関係者に対して、直接現場の声を聞きながら本質的なニーズを把握し、素早く価値提供することに注力しています。

ーー現在、特に注力されていることはありますか。

山上慶:
現在は「企業の健康経営」と「医療機関向けの生活習慣病ケア」の2つの軸を中心に事業を拡大しています。特に「企業の健康経営」に関しては、自社で運営している「タウンドクター健康経営セミナー」が好評で、1万人を超える申し込みをいただくなど、ニーズの高まりを肌で感じています。

また、管理栄養士の育成にも力を入れており、未経験者やブランクのある方向けのWebスクール事業も開始しました。人材の育成から活躍の場の提供まで、一貫して支援するエコシステム(※)を構築していきます。

(※)エコシステム:複数の企業や製品、サービスが互いに連携・協力し合い、相互に価値を創出・提供することで、共存共栄を図る仕組み。

挑戦と柔軟な制度が両立する独自の環境

ーー貴社の働く環境について、どのような魅力があるとお考えですか。

山上慶:
最大の魅力は、スタートアップとしての「攻めの挑戦」と、長く働き続けるための「柔軟な制度」が共存している点です。

ビジネス職であれば、プロフェッショナルファームのように高い視座と大きな裁量が求められる環境です。2030年、2040年という未来を見据えた時、「予防」や「栄養」は間違いなく社会の重要課題であり、巨大な成長領域です。急成長する医療・ヘルスケア領域で、自分で事業を動かしている実感とマネジメント経験を得られるのは、今のフェーズならではの醍醐味でしょう。

一方で、管理栄養士などの専門職は、フルリモートワークを導入するなど、場所や時間に縛られない働き方を提供しています。実際に、育児中の方や地方在住の方も第一線で活躍しており、ライフステージが変わってもキャリアを諦めずに専門性を発揮できる環境が整っています。

ーー今後、どのような人材を求めていますか。

山上慶:
指示を待つのではなく、自ら能動的に成果を追求できる方、そして職種や立場を超えてフラットなコミュニケーションができる方を求めています。私たちは、医師やエンジニア、管理栄養士といった異なる専門性を持つチームだからこそ、互いをリスペクトすることが不可欠です。市場の変化をチャンスと捉え、私たちと一緒に新しい価値を創造していける方をお待ちしています。

編集後記

食事指導はともすれば、顧客への厳しい指摘に傾きがちである。山上氏が指摘する通り、正しい知識を伝えるだけでは行動は変わらない。本質的な課題の解決に向け、同社は管理栄養士という「人」が持つ能力と、それを最大限に引き出すためのテクノロジーの融合により、新たな解決策を導き出そうとしている。未経験者の育成から活躍の場の提供まで一貫したエコシステムの構築は、30万人規模の専門職の潜在能力を解放することにもつながる。行動科学に基づいたアプローチで生活習慣病予防という社会課題に挑む企業の挑戦には、予防医療における新しい社会基盤となることへの期待が高まる。

山上慶/京都大学工学部物理工学科卒、京都大学エネルギー科学研究科修了(修士課程)、京都大学硬式野球部出身。新卒で株式会社日本総合研究所に入社し、大企業向けの経営コンサルティング業務に従事。その後、戦略コンサルティング会社に転じ、2021年にタウンドクター株式会社を創業。