
1897年創業以来、120年以上川越市のインフラを支える初雁興業株式会社。同社は、深刻な高齢化に悩む建設業界において、従業員の平均年齢が45才という驚異的な若返りを果たしている。その背景には、5代目社長である関根勇治氏が進める「人間性」重視の育成と、DXへの取り組みがある。大手での現場経験を持ち、ものづくりの苦労と喜びを知り尽くした関根氏に、誠実な経営姿勢と地域を支える使命感を次世代へつなぐ覚悟、そして組織づくりの極意をうかがった。
現場を知る5代目社長の覚悟 「甘え」を捨てて背負う120年の歴史
ーーまずは、ご経歴と就任時の心境についてお聞かせください。
関根勇治:
私は大学卒業後、すぐに家業に入ったわけではありません。まずは外で修業を積むべきだと考え、日本鋪道株式会社(現・株式会社NIPPO)に入社しました。そこで約5年間、現場監督と営業の両方を経験し、建設業の厳しさとやりがいを肌で学びました。
その後、弊社に入社し、取締役や専務として経営に携わってきました。そして2011年、当時の社長であったおじからバトンを引き継ぎ、代表取締役に就任いたしました。弊社は明治から続く一族経営を守り抜いており、私は実質的に5代目の社長となります。2026年で就任15年目を迎えましたが、歴史ある看板を背負う責任を日々感じています。
ーー家業を継ぐことへのプレッシャーはありましたか。
関根勇治:
専務や副社長の時代は、まだ心のどこかに甘えがあったように思います。たとえ困難な状況に陥っても、最終的な責任は誰かがとってくれると考えていました。しかし、2011年に代表取締役へと就任したとき、景色が一変しました。全ての最終決断を自分が下さなければならない立場になり、かつてない重圧と責任感がのしかかってきたのです。
ただ、私には大手時代に培った、現場の経験があります。現場監督が板挟みになる苦労も、職人さんとのコミュニケーションの難しさも肌で感じてきました。だからこそ、社員やお客様に対して、嘘のない誠実な経営をしようと腹をくくることができました。120年続く看板を守りつつ、今の時代に合わせて会社を変化させていく。その覚悟が決まったのは、まさに社長という重責を一身に背負った、あの就任の瞬間でした。
公共工事で「82点以上」を厳守 500社の絆と品質へのプライド
ーー長きにわたり地域から高い信頼を得られている理由を教えてください。
関根勇治:
私たちは公共工事において、工事成績評定(※)で「82点以上」をとることを目標に掲げています。これは非常に高いハードルで、現場での事故ゼロはもちろん、施工管理の細部に至るまで徹底しなければ達成できません。
全社をあげてこの目標に真摯に取り組んできた結果、役所の方々からは「初雁興業に任せておけば安心だ」という評価をいただけるようになりました。今では、品質に関するクレームややり直し工事もほとんどありません。こうした妥協のない積み重ねこそが、地域からの信頼につながっているのだと自負しています。
(※)工事成績評定:完成した工事の施工状況や品質を点数として整理する制度。
ーー品質を維持するために、具体的にどのようなことに取り組まれていますか。
関根勇治:
よい品質の工事は、弊社だけでは絶対につくり上げられません。現場で実際に手を動かしてくれる協力会社のみなさんとの連携が不可欠です。
そのために、弊社には約500社の協力会社で構成される「雁(かり)の会」という組織があります。ここでは現場研修会や合同の勉強会を定期的に開催し、施工品質の平準化や安全意識の向上を目的とした教育に力を入れています。現場監督と協力会社が密なコミュニケーションをとり、お互いに技術を磨き合う仕組みを整えているのです。また、ボウリング大会などのイベントを通じて親睦を深めています。
私は常々、社員たちに「協力会社は下請けではなく、パートナーだ」と伝えています。元請けという立場を利用して無理なコストダウンを強いるのではなく、協力会社のみなさんが気持ちよく働ける環境を整える。それが結果としてよい仕事、お客様の満足につながります。この強固な信頼関係こそが、弊社の品質を支える最大の強みです。
技術の前に「心」を磨く 離職を防ぐ入社4年目の研修プログラム
ーー人材育成においてどのようなことに取り組まれているのでしょうか。
関根勇治:
私が特に力を入れているのが、入社4〜5年目の若手社員を対象とした研修です。これは技術的なスキルアップではなく、徹底して「人間性」や「社会人としてのあり方」を学ぶ場です。月に1回、外部講師を招いて半日かけて行い、それを1年間継続します。
入社して数年経つと、仕事には慣れてきますが、同時に壁にもぶつかる時期です。また、土木と建築の部署間での交流が希薄になりがちな時期でもあります。この研修を通じて、同期や近い年次の仲間と悩みや考えを共有し、コミュニケーション能力を高めてもらうことが狙いです。
ーーその研修の成果はどのように表れていますか。
関根勇治:
明らかに社員の定着率が向上しました。かつては若手が育つ前に辞めてしまうこともありましたが、この制度を導入してからは離職が減り、今では現場の主力として20代、30代が活躍しています。
建設業において、現場を動かすためには国家資格の取得が欠かせません。研修を通じて「人間性」を磨き、腰を据えて働いてくれる社員が増えたことで、必然的に資格取得に挑戦する意欲も高まっています。こうして若手が着実に資格を手にし、一人前の技術者として現場を任せられるようになることが、結果として会社全体の施工能力の向上、そしてさらなる受注の拡大に直結しているのです。
ーー経営する上で、大切にされていることはありますか。
関根勇治:
私自身、「顔の見える経営」を心がけています。可能な限り現場へ足を運び、直接社員に声をかけるようにしています。今の時代、連絡はLINEやメールで済みますが、やはり直接話さないと伝わらない熱量があると思うのです。
現場で若い人たちに自分から声をかけるのは、少しハードルが高いところもありますが、あえてこちらから歩み寄ることを大切にしています。社員が「社長が見てくれている」と感じてくれることが、組織の結束につながっていくと信じています。
国交省も認めた「建設DX」 川越で一番愛される会社を目指して

ーー生産性を高めるために取り組まれていることはありますか。
関根勇治:
人手不足を解消し、生産性を上げるためにDXは避けて通れません。社内に「DX推進委員会」を立ち上げ、ドローンによる測量やICT建機の導入など、現場のデジタル化を積極的に進めています。こうした取り組みと現場で積み重ねた結果、国土交通省から「インフラDX大賞優秀賞」をいただくことができました。
ーー最新技術の導入は、採用面でもプラスに働いているのでしょうか。
関根勇治:
今の若い人たちは、デジタル技術への関心が非常に高いと感じます。弊社が最新の設備を整え、スマートなものづくりができる環境を追求していることは、20代や30代の技術者にとって大きな魅力になっているようです。
実際に、地元の教員の方々とコミュニケーションをとったり、中学生の職場体験を受け入れたりしていますが、そこでICTを活用した現場を見せることで、建設業に対する興味を引き出せています。技術革新を止めない姿勢が、結果として「この会社で働きたい」と思ってもらえる採用力の強化につながっているのだと考えています。
ーー最後に、今後のビジョンをお聞かせください。
関根勇治:
目指すのは、川越で最も愛される会社です。そのために大切なのは、やはり次世代を担う子どもたちに、建設業を「自分たちの生活を支える大切な仕事だ」と知ってもらうことだと考えています。
職場体験に来る中学生には、よく「プラモデルをつくるのは好き?」と聞くのですが、バラバラのパーツを組み立て、完成したときに得られるあの純粋な喜び。その延長線上にあるのが、私たちの「ものづくり」です。自分が携わった建物や道路が地図に残り、地域の人々に使われ続ける。そんな、プラモデルを完成させたとき以上の大きな感動を、一人でも多くの若い人たちに伝えていきたいですね。
そして私の信念は、「会社は人なり」です。人が集まらなければ、ものづくりは成り立ちません。だからこそ、会社が利益を上げたら、頑張ってくれた社員にしっかりと還元する。社員が幸せでなければ、決していい仕事はできません。
120年という歴史に甘んじることなく、最新技術を取り入れながら、社員が誇りを持って働ける環境を整え続ける。地域に必要とされ、愛される会社であり続けるために、これからも改革の手を緩めるつもりはありません。
編集後記
120年を超える歴史を紡いできた関根氏の言葉には、常に現場への敬意が込められていた。デジタル化の推進やICT施工といった革新的な取り組みの根底にあるのは、効率化の先にある「人がより良く働ける環境」への情熱だ。伝統を守ることは、決して現状に甘んじることではない。同社が若手主体の組織へと鮮やかに生まれ変わった背景には、次世代の可能性を信じ、共に歩もうとする誠実な姿勢があった。川越の街を支え続ける同社の挑戦は、これからも加速し続けることだろう。

関根勇治/1965年埼玉県生まれ。1986年に中央工学校卒業後、初雁興業へ入社と同時に日本鋪道株式会社(現:株式会社NIPPO)へ出向。5年の修行期間を経て1991年に初雁興業に戻る。その後、営業職取締役、常務取締役、専務取締役、副社長を経て2011年に同社代表取締役社長に就任。現在は建設業協会や法人会の活動にも注力している。