
西日本エリアの交通インフラを支えるJR西日本グループの一員として、広告事業の中核を担う株式会社JR西日本コミュニケーションズ。同社を率いる代表取締役社長の伊藤義彦氏は、バス会社時代の現場経験から、社員一人ひとりとの対話を経営の根幹に据える。AIの台頭により広告代理店の存在意義が問われる現代において、伊藤氏が考える「人間にしかできない価値」とは何か。JR西日本グループならではのダイナミックな仕事の魅力と、組織が抱える課題への向き合い方について話を聞いた。
150名と向き合った原体験 対話を重視する経営スタイルの礎
ーーまずは、伊藤社長のご経歴についてお聞かせください。
伊藤義彦:
私のキャリアは大学卒業後に西日本旅客鉄道株式会社に入社したところからスタートしました。そこから約30年にわたってJR西日本グループでキャリアを積み、和歌山支社長や本社役員を経て、現在はJR西日本コミュニケーションズの社長に就任しています。
ーーこれまでのキャリアで印象に残っている出来事はありますか。
伊藤義彦:
JRバスで管理職を務めた際の経験は、印象深いですね。当時、約150名のバス運転手が所属する営業所で、私は一人ひとりの状況や考えを理解することの重要性を痛感しました。人事労務の経験がなかったからこそ、社員と向き合うOne to Oneでのコミュニケーションを徹底し、それが今のマネジメントの基礎になっています。
また、JR西日本の支社長や役員を務めていたときには、トップが発する言葉の重みを身をもって学びました。かつて自治体の長と向き合う場面で、私の一言が原因で場の空気が一変し、状況を暗転させてしまったことがあります。その重圧を肌で感じた経験があるからこそ、一言ひとことの重みを噛み締めながら、慎重かつ責任ある経営判断を下すよう常に心がけています。
弊社には人事異動で着任しましたが、こうした経験から、前任者のやり方をよく理解したうえで、これまでの流れとの整合性を図りながら私なりの色を出していくことを意識しています。組織のトップとして言葉の重みを自覚しつつ、現場に出て社員と対話を重ねる姿勢は、これまでの経験から培われた私の信念です。
共感と驚きを生む情緒的な価値提供へのこだわり
ーー近年、広告業界を取り巻く環境変化についてどのようにお考えですか。
伊藤義彦:
社長に就任してからの3年間で、世の中はAI全盛の時代へと劇的に変化しました。今やクライアント自身が生成AIを活用すれば、基礎的な広告案は容易につくれる時代です。これは、私たち広告代理店にとって、単なる変化ではなく会社の存続に関わる危機だと捉えています。
弊社としては、まずは生き残るための大前提として、AIを単に使うレベルではなく、他社を圧倒するほど使い倒す体制を整えることが不可欠だと考えています。しかし、効率化の先にある「選ばれる理由」は、AIだけでは生み出せません。
ーーそのような環境下で、どのようにして独自の価値を生み出していくのでしょうか。
伊藤義彦:
AI活用はあくまで土台であり、その上で「人間にしかできない発想」という付加価値を追求する必要があります。AIは過去のデータの蓄積から最適解を導き出すことには長けていますが、未来に向けた全く新しい発想をゼロから生み出すことはできません。
たとえば、弊社クリエイターの企画により、JR西日本は大阪・関西万博閉幕翌日の10月14日(鉄道の日)に新聞広告を出稿し、JR西日本の社員に加え万博の運営スタッフや来場者など、関わったすべての方へ感謝のメッセージを届けました。こうした、データを超えた情緒的なつながりや新たな驚きをつくるのは、やはり「人」なのです。
現場で共に汗を流すリーダーとしての行動原則

ーー普段、組織を率いる上でどのようなことを意識されていますか。
伊藤義彦:
JRグループという巨大組織にいると内向きの論理に陥りがちなため、意識的に外部の方々との接点を持つようにしています。これまでの歩みの中で、分野を問わず多層的に築いてきた人間関係を意識的に活用し、社内外に幅広いネットワークを築いており、同時にその人脈は新たなビジネスのチャンスになるとも考えています。
また、現場が困っていれば私が営業を行って道筋をつくることもあります。私はオーナー経営者とは異なり、いわば「事業部長」のような立場です。だからこそ、私が先陣を切って顧客の懐に飛び込み、現場の社員だけでは開けられない重い扉をこじ開けて、仕事の「突破口」をつくる。それこそが、私の果たすべき役割だと考えています。
ーー今後、どのような組織をつくっていきたいとお考えでしょうか。
伊藤義彦:
社員一人ひとりが弊社で働き続けることの面白さを実感し、長期的な視点でやりがいを持てる組織を作っていきたいと考えています。現在は人材の定着が大きな課題ですが、だからこそ、目先の待遇面だけではない弊社の本質的な魅力を伝えることが重要です。JR西日本グループというフィールドには、他にはないダイナミックで社会貢献性の高い仕事があります。自分の能力を高めることが、そのまま世の中を支え、より良くしていくことにつながっている。そうした手応えを全員が共有し、自らの仕事に誇りを持てる組織を目指します。
ーー社員の意欲を高めるために、具体的に取り組んでいることはありますか。
伊藤義彦:
JR西日本グループという巨大な組織の中で、弊社は鉄道やホテル、商業施設といったどの事業カンパニーにも属さない、横断的な立場にあります。これは、グループ全体のあらゆる事業のプロモーションに関われるという、他にはない面白さにつながります。この独自の立ち位置と仕事の魅力を、社員にしっかりと理解してもらうことが大切です。
また、社員一人ひとりが「自分の仕事は、ただの作業ではなく会社全体の計画につながっている」と感じられるような仕組みづくりも進めています。たとえば、社員参加の勉強会で出たアイデアが、翌年の事業計画に反映されることを明確に示す。こうした丁寧なコミュニケーションを積み重ねていくしかないと考えています。
外部収益の拡大で挑む組織変革と新たな成長ステージ
ーー今後、会社をどのように成長させていきたいとお考えでしょうか。
伊藤義彦:
最も注力したいのは、JR西日本グループ外のクライアントから、もっと仕事を獲得できる会社になることです。グループ内の仕事という安定した基盤はありますが、そこに安住して小さくまとまるのではなく、外の世界でどこまで勝負できるか。それが、この会社が今後さらに面白くなるかどうかの分かれ道だと捉えています。
経営者としては、短期的な利益を最大化するために、組織をスリム化して高い利益率を維持するという選択肢もあるでしょう。しかし、私は単に現状の規模で利益を出すことだけが正解だとは思いません。会社の未来のために、多少の試行錯誤を伴っても、外部収益を拡大するという挑戦を続けていきたいと考えています。
ーー外部収益を拡大していくうえで、特にどのようなことに挑戦したいですか。
伊藤義彦:
一般の広告代理店業務だけでなく、ゲームや映画などのコンテンツビジネス、地域の活性化を支援する地域共創事業、デジタル領域など、さまざまな分野に挑戦し続けられる会社でありたいと思っています。もちろん、すぐに結果が出るものではありませんが、試行錯誤を恐れずにトライしていく姿勢が重要です。
そのための土台として、まずは全社的にAIを高度に活用できる環境を整えることが急務だと考えています。社内で使用するAIツールを定め、クローズドな情報を安全に扱いながら、クリエイティブの質を高めていく。そうした基盤づくりを早急に進めていきます。
編集後記
JR西日本グループという強固な地盤を持ちながらも、そこに安住せず、危機感をバネに外の世界へ挑む姿勢が印象深い。デジタル化が加速する現代において、あえてアナログな対話を重ね、人の熱意で組織を動かそうとする姿は、リーダーの矜持そのものだ。「人」にしか生み出せない価値を信じ、自ら最前線で汗をかくその背中は、働くことの真の面白さを社員に、そして読者に問いかけているのではないだろうか。

伊藤義彦/1965年大阪府生まれ。慶應義塾大学卒業後、1989年に西日本旅客鉄道株式会社に入社し、人事・労務・経営企画・IT・バス会社出向などを経験。その後、執行役員和歌山支社長、IT本部長を歴任。2021年に株式会社JR西日本コミュニケーションズに入社。2023年、同社代表取締役社長に就任。自らトップセールスに取り組み、社員個々人とのOne to Oneコミュニケーションを大切にしながらデジタル戦略にも注力している。