
冷蔵庫や机の引き出しをスムーズに開閉するための機構部品の一つ、ベアリング。1938年設立の株式会社TOK(旧:トックベアリング株式会社)は、プラスチック製ベアリングの製品化に国内で初めて成功し、それまで金属製が一般的であったベアリングの常識を覆した、いわばベアリング業界におけるパイオニアである。2017年に社名を変更し、既存製品への依存からの脱却とブランド再構築の決意を固め、新たな目標に向けて歩み出した同社。医療業界への進出など製造業の枠を超えた社会的意義を追求し、独自の「待つ」経営で社員の挑戦を後押しする代表取締役社長、吉川桂介氏に、同社の今後の展望や求める人材などについて話を聞いた。
高い設計力で他社との差別化を図る
ーー貴社の現在の事業内容と強みについてお教えいただけますか。
吉川桂介:
弊社は機構部品メーカーとして、プラスチック製ベアリングをはじめ、『ワンウェイクラッチ』や『ロータリーダンパー』など、皆様の生活の身近な場所で使われる製品を多数生み出してきました。
近年注力しているのは、弊社が培ってきた技術の「組み合わせ」による、社会的意義の高い新規領域への挑戦です。たとえば医療業界向けに、外科手術用のカメラをワンタッチで自在に動かし、手を離せばその位置でロックする機構の開発を進めています。また、幼稚園のドアなどで異常な速度を感知した際、電気を使わずに人の設定した物理的な動きだけで安全に止まる機構なども手掛けています。競合他社が断念するような潜在的なニーズを引き出し、高付加価値なモノづくりへと進化を続けています。
ーー他社が作れないような製品を開発することができる秘訣とは、どのようなものでしょうか。
吉川桂介:
一言で言えば、「試行錯誤と技術の組み合わせ」です。弊社にはベアリング、クラッチ、ダンパーといった長年培ってきた要素技術がありますが、「この技術があるからすぐに新しいことができる」という単純なものではありません。たとえば、机の引き出しを閉める際に衝撃を感じさせないような繊細な動きを作る技術など、これまでさまざまな製品開発で蓄積してきた経験やノウハウがあります。長く使われている既存製品はどうしても価格競争に巻き込まれがちですが、技術者たちがこれまでどういう経験に携わってきたかを掛け合わせ、部門の垣根を越えて技術を融合させることで、初めて競合他社には真似できない新しい強みが生まれるのです。
基本的には、どれだけお客様のニーズを拾い上げ、そこに自社の多様な技術をどう複雑に組み合わせるかが、他社との差別化を図る最大のキーとなっています。
海外駐在の経験で感じた“対話の重要性”
ーー社長のご経歴と、TOKに入社された経緯をお聞かせください。
吉川桂介:
私は創業家に生まれましたが、最初から家業を継ぐつもりはなく、大学院修了後は日東電工株式会社で半導体関連の樹脂開発に携わっていました。転機となったのはマレーシア駐在時です。それまで後継ぎの話を一切しなかった父から打診を受け、自身の業務内容が変わるタイミングも重なったことで「それならばやってみよう」と決意し、帰国後に入社しました。
前職の海外駐在では、技術開発にとどまらず、自らお客様にプレゼンをしてニーズを直接聞き取る営業的な動きも経験しました。この「お客様との対話から直接ニーズを引き出すことが、他社との差別化に直結する」という実体験は、現在のTOKの技術者たちにも日頃から強く伝えています。
既存の枠組みを打ち破る「老舗の看板の掛け替え」

ーー社長にご就任されてからは、どのような経営改善をされたのでしょうか。
吉川桂介:
2015年2月に社長に就任してからは、まずは企業で一番重要な要素は「人」であるという考えのもと、通信教育を推奨したり、外部研修を充実化させたりしつつ、一人ひとりのスキルを向上させるための取り組みを強化しました。また、部下を育てるということを上層部に意識させるよう、社内の啓蒙活動も就任当初から行っております。
また、以前は営業部門と技術部門はそれぞれ別個の機能別組織として動いていたのですが、一度それを国内と海外に分けた事業別組織へと再編成を進めた時期がありました。事業部の中に営業部隊と技術部隊をそれぞれつける組織に変更したことで、技術陣がお客様と直接向き合い、潜在ニーズを形にする仕組みのベースができたのです。現在はまた組織体制を進化させていますが、この時の経験によって営業と技術間のコミュニケーションが活発になり、それまでのお客様以外のところからも声をいただけるようになりました。
ーー組織風土の改革を進める中で、特に象徴的だった出来事は何でしょうか。
吉川桂介:
社長になって3年目の時に、社内外に向けて「老舗の看板を掛け替える」決断をしました。それが社名変更とブランドの再構築です。昔は主力のベアリングの比重が6割〜7割ありましたが、様々なお客様のニーズに応えていく中で取り扱う製品の幅が広がり、客層も大きく変化していった結果、ベアリングの比重が3割程度にまで低下していました。そこで、既存製品への依存から脱却し、多様な製品を扱う弊社の実態に合わせるため、2017年に社名から「ベアリング」を外し「株式会社TOK」へと変更しました。
同時に、オフィス環境も大きく変えました。とくに大きな物理的な変化として、社長室を撤廃したのです。物理的な壁をなくすことで、社員とのコミュニケーションが格段に取りやすくなりました。社員の声が直接拾いやすくなったことは、その後の組織づくりや福利厚生の拡充にも良い影響を与えています。
「待つ経営」と働きがいがある企業への進化
ーー過去に「いたばし働きがいのある会社賞」も受賞されていますが、社員の働きやすさについて、根底にはどのような思いがあるのでしょうか。
吉川桂介:
私が経営において最も大切にしているのは、「社員の人生が幸せであってほしい」というシンプルな願いです。縁あって弊社で仕事をして幸せになれるのなら、それが一番だと本気で思っています。
そうした思いから、働く環境の改善を続けてきました。たとえば、形骸化させない「ノー残業デー」の徹底や、パート職員の正社員登用などです。とくに金曜日はテンション高く仕事をしてくれている社員が多く、大きな成果を感じています。
また、社長室を撤廃して社員の声を直接拾い上げる中で、ライフイベントに対する支援体制も強化しました。育児休暇から復帰する際の給与を標準に合わせて評価を落とさない仕組みや、休業中の社員への賞与支給も実施しています。さらには、配偶者の転勤などで海外に住むことになっても会社に所属し続けられる制度など、リアルな声から生まれた福利厚生を整えています。
ーー社員の成長を促すために、どのようなマネジメントを心がけていらっしゃいますか。
吉川桂介:
野菜が自然と育つように、自分から成長したいと思う人が育つ環境を作りたいと考えています。無理に矯正するのではなく、成長したいという意思を尊重して環境を整え、「待つ」のが私のスタンスです。
最近は私自身があまり細かい部分に口出しせず、徹底した権限移譲を進めています。社長が抱え込まず社員に任せることで、次世代のリーダーを育てていきたいのです。社員が「やりたい」と言ったことを頭ごなしに否定することは絶対にありません。失敗を許容する文化を根付かせ、挑戦する姿勢そのものを大切にしています。
日本の「繊細さ」を武器に世界へ 100周年に向けたビジョン

ーー海外市場の展開において、日本のモノづくりが競争力を発揮できるポイントは何だとお考えですか。
吉川桂介:
日本のモノづくりの最大の武器は「繊細さ」にあると思います。見た目的には同じような製品に見えても、実際の作り込みや細部の品質が全く違います。私たちは、アジア諸国との単純な価格競争に巻き込まれるのではなく、日本特有の作り込みの繊細さを武器に、確かな技術で選ばれる企業でありたいと考えています。開発に1年以上の歳月を要したブラインド向け無音ダンパーは、「第28回中小企業優秀新技術・新製品賞 優秀賞」を受賞しましたし、特許取得件数も国内累計で約200件、海外でも約50件に上ります。
ーー設立100周年に向けたビジョンや、達成したい具体的な目標についてお聞かせください。
吉川桂介:
弊社の強みである「これまでにない動き」を作ることのできる設計力をもとに、その部品がなければ製品が成り立たないような、中核を成す部品“メカニカルコアパーツ”の創造に注力していきます。さらに今後は、先ほど触れた医療分野への挑戦のように、部品単体にとどまらず、部品同士を組み合わせた「アッセンブリ(複合部品)」として、自社で最終製品まで作り上げるような新たな展開も進めていきたいと考えています。
具体的な目標としては、設立100周年に向けて、売上高50億円の達成を掲げています。現在は43、44億円程度ですが、弊社の歴史を見ても50億円に達したことはありません。そこに向かっていくためには、今までと同じことだけをやっていては絶対に到達できません。また、現在は海外売上比率が4割程度ですが、これを全体を伸ばしつつ海外比率をさらに高めていくことが今のビジョンです。日本国内で伸びるよりも、海外市場の方が伸び率のポテンシャルが高いからです。
既成概念を打ち破り 新たな価値を共に創り出す人材
ーー今後の展開において、貴社が必要としている人材についてお聞かせください。
吉川桂介:
今後は医療分野への展開や海外市場の拡大など、新たな挑戦を加速させていく段階です。そのため、技術部門に限らず、現在はマーケティングや管理部門などでも広く人材を求めています。弊社のような規模の企業では、部門の垣根を越えて早くから実践的な経験を積むことができます。80年以上積み重ねたノウハウをもとに、既成概念にとらわれない新たな価値を創出できる土壌が社内にはあります。理系・文系問わず、自ら成長したいという意欲のある方には、思う存分力を発揮していただきたいです。
ーー社員の「個性」について、どのようなお考えをお持ちですか。
吉川桂介:
弊社には「”新しい価値”の提供で社会に貢献する。」という経営理念があります。弊社が考える「新しい価値」とは「これまでにない動き/Create New Motion」であり、それを創り出すためには、既成概念にとらわれない発想が必要です。「個性的であれ」という言葉は、単なるスローガンではなく、この経営理念に深く紐づいています。「個性的」と言われるのを嫌がる風潮があるかもしれませんが、私はそういう人にこそ飛び込んできてほしいと思っています。
また、会社が成長し、海外を含めた新たなステージへ進む中で、次世代のリーダーとなる人材も育てていかなければなりません。私がリーダーに最も必要だと考えている資質は、決して語学力や専門スキルだけではなく、「人を好きになること」「組織に関心を持ち、気にかけること」です。周りの仲間を大切にし、共に新しい動きを創り出せる、そんな個性と温かさを持った方にお会いしたいですね。
編集後記
「野菜が育つように待つ」。吉川氏の温かくも力強い言葉には、社員一人ひとりの人生と真摯に向き合う人間味が溢れていた。「老舗の看板の掛け替え」という大胆な決断の裏には、決してトップダウンではなく、社員の自発的な挑戦を信じる深い信頼がある。チームを想い、仲間を気にかける。そんな人間中心の組織風土こそが、TOKが独自の技術で世界を切り拓き、次なる100周年に向けた目標を達成するための最大の原動力となるに違いない。

吉川桂介/青山学院大学大学院修了後、2001年に日東電工株式会社に入社。開発部に所属し、半導体チップを保護する樹脂の製品開発に携わり、技術職として韓国とマレーシアに駐在。2011年4月に株式会社TOK(旧:トックベアリング株式会社)に入社。2015年2月に同社代表取締役社長に就任し、現在に至る。