
西アフリカ原産の希少植物「ミラクルフルーツ」。酸っぱいものを甘く感じさせるこの果実の特性を活かし、糖尿病患者のQOL向上や貧困支援に取り組む企業がある。大阪に拠点を置く株式会社ミラクリングループ。同社を率いるのは、フィリピンでの事業成功や国内企業の急成長を導いた実績を持つ三井信氏。かつて120億円規模の事業成長を導き、ビジネスの最前線にいた同氏が、なぜ恩師の招へいに応じて未知のフルーツ事業へ飛び込み、その遺志を継ぐ道を選んだのか。世界最大級の農園と大学との共同研究を基盤に、グローバル展開へ挑む同氏に、その壮大なビジョンをうかがった。
行動力と「気づき」が切り拓いた 若き日のフィリピン進出
ーーまずは、これまでのキャリアについてお聞かせください。
三井信:
もともとはデザイン事務所での営業職が私のスタートでした。大学へ進学する道を選ばず、まずは社会に出て営業スキルを身につけようと飛び込んだのです。そこでお客様の広告宣伝費やダイレクトメール(DM)にかかる莫大な郵便料金を目の当たりにしました。「これを安くできれば、圧倒的な差別化になる。」そう考えたのが、最初のビジネスのきっかけです。
当時、兄の妻が外国籍だった縁で、フィリピン人の知人に国際郵便の料金を聞く機会がありました。すると、フィリピンから日本へ送る料金が驚くほど安いことに気づいたのです。「海外からDMを送ればコストを抑えられるし、エアメールなら開封率も上がるはずだ」。そう直感し、21歳の若さで単身フィリピンへ渡り、会社を設立しました。
ーー異国の地へ飛び込むことに、迷いや恐怖はなかったのでしょうか。
三井信:
若さゆえの勢いで迷わず飛び込んだ私を待ち受けていたのは、波乱の連続という厳しい現実でした。現地で騙されるなどの苦い経験を重ねる中、当時佐川急便フィリピン支社長を務めていた肥後氏に自らアポイントを取り、ご指導をいただきながら必死に食らいつきました。窮地を救ってくれた現地パートナーとの出会いもあり、何とか事業を軌道に乗せることができました。実は、創業者である中村憲司と出会ったのも、このパートナーからの紹介がきっかけでした。
ーーその後、日本に戻られてからの経緯をお聞かせください。
三井信:
フィリピンでのDM事業は、国内の有名自動車メーカーのキャンペーンを手がけるなど順調に拡大していました。しかし、郵政民営化に伴う法律の改正により、撤退を余儀なくされたのです。
その後、当時のお客様であった株式会社エイシンから、コスト削減と売上向上の実績を評価いただき、外部役員として招へいされました。当時の同社は売上高8億円ほどの規模でしたが、フィリピンで培ったDMのノウハウを導入した結果、コストを半減させつつ売上高を300%アップさせ、累計で120億円規模まで事業を成長させることができました。
結果的に、外部役員から副社長、そして社長を兼務する形で約5年間経営に携わりましたが、その中で確信したのは、恩師の教えである「実績は裏切らない」ということ。正しい戦略と実行力があれば、どんな困難な状況からでも道は切り拓けるというビジネスの鉄則を、身をもって学んだ経験でした。
恩師の遺志を継ぎ「ボランティア」から「持続可能な事業」へ

ーーそこから、なぜ貴社事業へ参画することになったのですか。
三井信:
フィリピン時代からの恩師である中村から、「ミラクルフルーツ事業を手伝ってほしい」と声をかけられたのがきっかけです。中村はもともと、群馬県で農業に携わっていたのですが、40年ほど前に横浜国立大学の教授から「世界中の糖尿病患者を救える果物がある」と相談を受けたそうです。それがミラクルフルーツでした。
中村は寒さに弱いこの果実を育てるため、適地を探して世界中を回り、フィリピンにたどり着きました。しかし、そこで彼が目にしたのは、ストリートチルドレンやスモーキーマウンテンで働く子供たちの姿でした。「糖尿病患者を救うと同時に、現地の恵まれない子どもたちも支援したい」。そんな強い思いで立ち上げられたのが弊社の事業です。

ーーミラクルフルーツ事業に関わり始めてから今日に至るまでの変遷をうかがえますか。
三井信:
中村と出会ってから付き合いはありましたが、7、8年ほど前に彼から「事業を継承してほしい」と相談を受けたことが、大きな転換点となりました。事業を引き継ぐために一般社団法人ミラクリンを設立し、本格的に動き出した矢先、創業者の中村憲司が他界し、さらに新型コロナウイルスの流行までもが重なってしまいました。
当時は、寄付に近い「樹のオーナー制度」による支援活動を主軸に考えていましたが、コロナ禍でスポンサーを募ることは困難を極めました。一方で、フィリピンにある広大な農園を維持するための管理費や現地スタッフの人件費、さらには国内での活動費用など莫大な費用がかかります。そのとき痛感したのは、志の高い支援活動であっても、資金が底をつけば継続は不可能だという厳しい現実でした。
「支援活動を永続させるには、それを支える強固な収益事業が不可欠だ」と考えた私は、亡き中村の思いを途絶えさせないためにも、弊社がビジネスとして自律できる体制を整える決断をしました。これが、育成・研究開発を行う「株式会社ミラクリングループ」と、販売を担う「株式会社ミラクリンラボ」を設立し、現在の体制へと舵を切った理由です。
研究すればするほど驚きしかない スーパーフルーツの可能性

ーー研究開発について現在はどのような体制で進められているのですか。
三井信:
現在は「近大マグロ」で有名な近畿大学の薬学部と提携し、産学連携による共同研究を行っております。研究を担当されている多賀教授がよくおっしゃるのが、「研究すればするほど、驚きでしかない」という言葉です。これまで世界中のミラクルフルーツに関する研究の9割は、「酸っぱいものを甘くする」という味覚修飾活性作用に関するものでした。
しかし、私たちが成分を深く分析していくと、味覚変化だけではないことが分かってきました。この果実には、抗糖化、抗酸化、抗炎症関与成分など、100種類以上の多様性成分が含まれており、フルーツ市場でもトップレベルの含有量であることがデータとして出てきたのです。まさに「新時代のスーパーフルーツ」と言えるポテンシャルを秘めています。
ーー具体的にはどのような商品を展開されていますか。
三井信:
現在は、最高品質の濃縮原料を精製する独自の製造技術について特許を出願しており、その原料を用いたサプリメントなどの健康食品として展開しています。弊社はフィリピンに世界最大級の自社農園を運営しており、国内で流通するミラクルフルーツ関連商品の98%が弊社の商品です。
これまでは収穫しても冷凍保存しか保存が出来ず、95%以上は廃棄せざるを得ないという深刻な課題に直面していました。この状況を打破するために建設したのが、中村憲司の悲願でもあった現地の加工工場です。現地で直接フリーズドライ化や原料加工ができるようになったことで、常温保存が可能となり、廃棄ロスを減らすと同時に、輸送時の重量を大幅に軽量化できたため、コストの削減と安定供給体制の両立も実現しています。
「自前主義」で目指す 未来のバイオベンチャー像

ーー市場を拡大していくための具体的な戦略をうかがえますか。
三井信:
これまでは「知る人ぞ知る存在」でしたが、これからはその価値を広く浸透させていく段階に入ります。展示会に出展すると、レモンが甘くなる体験をしたお客様から驚きの声が上がり、黒山の人だかりができるほどの反響をいただくことも少なくありません。
今後は、健康食品だけでなく、化粧品やワイン、お茶など、さまざまな商品ラインナップを展開していく予定です。すでに韓国や中国、ドバイなど海外からの引き合いも多く、グローバル市場への挑戦も始まっています。
ーー将来的な事業の展望と、理想とする企業の姿についてお聞かせください。
三井信:
将来的には研究から原料生産、製品製造、販売まで、すべてを自社で完結できる体制を構築したいと考えています。私が経営モデルとして目標としているのは、株式会社ユーグレナです。彼らのように一つの素材を起点に、バイオ燃料まで生み出すような多角的な展開を理想としています。
現在は製造を協力会社に依頼していますが、いずれは自社でラボや工場を持ち、研究から製品化までを一貫して手がけることで、自分たちの手で新たな価値を創造していきたい。それが実業家としての私の決意です。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。
三井信:
ミラクルフルーツは、単に「味が変わる」だけの果物ではありません。糖尿病で食事制限がある方や、健康を気遣うすべての方に「食の喜び」と「健康」を届けることができる、希望の果実です。そして、この事業が成長することは、フィリピンの子供たちへの支援にも直結します。
私たちは、この「奇跡の果実」を通じて世界中に希望と笑顔を届けるために、これからも挑戦を続けていきます。食の常識を塗り替え、より多くの人生に彩りを添えていく。この小さな一粒に込めた弊社の思いが、世界の未来を変えると信じています。
編集後記
「酸っぱいものが甘くなる」という魔法のような体験。その裏には、創業者の「病気と貧困を救いたい」という深い慈愛と、それを永続させようとする三井氏の冷静な経営手腕があった。研究者から「研究すればするほど、驚きでしかない」と言わしめるこの果実には、健康や食のあり方を根本から変える大きな力が秘められている。フィリピンの広大な農園から始まるこの挑戦の先に、どのような未来が待っているのか。世界の常識を覆す日もそう遠くないかもしれない。

三井信/1973年大阪府出身。広告代理店の営業を経て、1997年、専門工具通販会社株式会社エイシン取締役副社長に就任。2008年、工具専門店株式会社ツール王国設立。ミラクルフルーツ事業の創業者である中村憲司より事業を継承し、2021年に株式会社ミラクリングループ、株式会社ミラクリンラボ、一般社団法人ミラクリンを設立。現在に至る。