
伝統的な実写撮影技術と高品質な美術部門を強みとする、株式会社角川大映スタジオ。同社は角川グループのアニメ事業と、長年培った実写のノウハウを融合させる。さらにソニーグループとの資本業務提携を通じ、新たなエンターテインメント創出拠点へと進化を遂げようとしている。その舵取りを担うのが、代表取締役社長の菊池剛氏である。かつて5人だったアニメ部門を400人規模へと成長させた実績を持つ同氏は、業界の長年の課題に正面から向き合い、クリエイターが誇りを持って働ける環境づくりに挑んでいる。日本のコンテンツ産業の未来をどう見据えているのか、その胸中に迫る。
撮影所との出会い アニメ事業へ導いた不思議な縁
ーー菊池社長のキャリアの原点についてお聞かせください。
菊池剛:
キャリアのスタートは、新卒で入社した制作会社でのテレビコマーシャルの制作でした。映像業界に入るには、当時それが一番の近道でした。実は、私が初めて一本の仕事を任されたときに、外部の利用者として使ったのが、このスタジオです。ここの美術スタッフが持つ技術のあまりのクオリティの高さに、監督やカメラマンと共に仰天したことを覚えています。それ以来、定期的にここで撮影するようになり、私にとって非常に縁の深い場所になりました。
ーーそこから、どのようにしてKADOKAWAのアニメ事業に携わることになったのですか。
菊池剛:
子どもの頃から映画が好きで、いつか映画をつくる人間になりたいという一心で、30歳でフリーランスの道を選びました。しかし、なかなか思うような成果が出せず苦しんでいた折、株式会社角川書店から声をかけていただき、入社を決意しました。当初の担当はドキュメンタリー等の映像制作でしたが、初日に「アニメでもいい?」と思わぬ提案を受けまして。未経験の分野でしたが、とにかく目の前のチャンスを掴もうと「何でもやります」と即答しました。そこから不思議なことに、アニメプロデューサーとしての道が拓けていったのです。
現場を守ることが「持続可能なものづくり」につながる

ーーアニメ事業での経験は、現在のスタジオ経営にどのように活きていますか。
菊池剛:
私は以前、KADOKAWAのアニメ事業を少人数の組織からグローバルな規模へと拡大させる役割を担っていました。市場が劇的に広がる中で私が得た最大の教訓は、コンテンツの生命線は「クリエイターの環境」にあるということです。KADOKAWAで事業を拡大していた時期も、常に頭にあったのは「現場が疲弊しては意味がない」ということでした。この考えが、今の角川大映スタジオでの経営スタイル、つまり「スタッフがプライドを持てる環境作り」に直結しています。
ーー市場の急拡大によって、新たに見えてきた課題はありましたか。
菊池剛:
グローバル市場で高い評価を得る一方で、国内の制作現場では待遇改善が著しく遅れているという現実があります。「アニメ業界は大変だ」というイメージが先行し、親御さんがお子様の就職を懸念されるケースも少なくありません。この状況を放置すれば、10年後、私たちはものづくりを続けることができなくなるでしょう。今こそクリエイターの待遇を抜本的に見直し、彼らが誇りを持って働ける環境整備へ、覚悟を持って踏み出すときだと考えています。
ソニー提携で加速する「美術×テクノロジー」の映像革命
ーーソニーグループとの提携による、具体的な取り組みについて教えてください。
菊池剛:
当スタジオ最大の強みは、熟練の美術スタッフを社員として擁し、ゼロから映画を生み出す「工房」としての機能を有している点にあります。ここにソニーグループとの資本業務提携による最先端のテクノロジーを掛け合わせることで、表現の幅を飛躍的に広げていきます。
具体的には、VFX(視覚効果)やCG技術の融合です。たとえば、カメラの手前には私たちが得意とする精巧な美術セットを作り込み、その背景側はすべて「CG」で作る。そして、その両方をスタジオ内のスタッフだけで完結させる体制です。これまでは別々の工程だったアナログな美術とデジタルな技術をシームレスに繋ぐことで、これまでにない没入感のある映像表現が可能になります。
ーーテクノロジーの導入は、クリエイターにどのようなメリットがありますか。
菊池剛:
「表現の選択肢」が圧倒的に増えることです。私たちが目指しているのは、「アニメも実写もCGも全部できる総合カンパニー」です。クリエイターが「この作品はアニメの手法が勝っている」「これは実写とVFXの融合が良い」と判断したときに、そのすべてを高いレベルで実現できる環境を提供する。テクノロジーを足すことによって、作り手の想像力を制限せず、むしろ拡張していく。そうした強烈な制作集団になっていきたいと考えています。
次世代へつなぐもの 会社を好きになる環境づくり

ーー次世代リーダーの育成については、どのようにお考えですか。
菊池剛:
リーダーという立場は重責を伴いますが、それ以上に自ら事業をつくり出す側に回る醍醐味があります。その魅力を、次世代を担う彼らにしっかりと提示していきたい。そのためにはまず、待遇改善や利益還元を徹底し、社員が心に余裕を持って働ける土壌を作ることが最優先です。誰かに言われたことをこなすのではなく、自らの意思で決断し行動できる環境をつくること。それこそが、この会社の未来を支える生命線になると確信しています。
ーーこれから業界を目指す若い世代にメッセージをお願いします。
菊池剛:
この業界は、決して平坦な道ではありません。しかし、そこで得られる充実感は、他の職業では味わえないほど大きく、何物にも代えがたいものがあると断言できます。「ものづくりが好き」という情熱さえあれば、私たちが責任を持ってプロへと育て上げる体制は整っています。学生の皆さんには、残りの時間で本気で遊び、常識にとらわれない経験を積んでほしい。その非日常的な体験が、必ずクリエイターとしての糧になります。若い才能が夢と希望を持って、安心して飛び込める。そんな魅力ある会社を築いていきたいですね。
編集後記
キャリアの原点となった撮影所のトップとして、今度は自らが業界の未来をつくり出す立場となった菊池氏。その言葉からは、アニメ事業を拡大させた時代から一貫して変わらぬ「現場への敬意」と強い信念がうかがえる。世界が日本のコンテンツに熱狂する一方で、制作現場が疲弊しているという厳しい現実がある。同氏はこの課題に正面から向き合い、「10年後も産業を持続させる」という強い覚悟で待遇改善に挑む。アニメと実写の融合により、日本のエンターテインメント産業が新たなステージへ向かうことを示唆するインタビューであった。

菊池剛/1992年に明治大学を卒業後、株式会社東北新社に入社。2004年に株式会社角川書店へ入社し、長年にわたりアニメ事業に従事する。2023年、株式会社KADOKAWA 執行役 Chief Anime Officer(CAO)に就任。2024年より株式会社角川大映スタジオ代表取締役社長を務める。アニメ、実写、ゲーム、イベントなど、多岐にわたるメディアミックス事業を総合的に統括している。