
1994年の設立以来、数々の人気ゲームの企画・開発を手がけてきた株式会社マトリックス。代表取締役社長の大堀康祐は、高校時代に大ヒットゲーム「ゼビウス」の同人誌を制作、3千部を売ったという異色の経歴を持つ。かつて「ゲームセンターは『不良の温床』」と偏見を持たれた時代からゲームを愛し、全国のゲーム好きの居場所をつくるために奔走してきた大堀氏。AIの台頭やグローバル化など、激動の時代を迎えるゲーム業界において、同氏が貫き続ける「ものづくりの本質」と「心の充足」への熱い思いに迫った。
高校生がナムコ直談判 「ゼビウス」攻略本から始まるキャリア
ーーゲームに熱中されたと聞きましたが、中学時代、周囲の環境はいかがでしたか。
大堀康祐:
私が中学生に上がる頃に「スペースインベーダー」が登場し、世の中はかつてないゲームブームに沸いていました。しかし当時はゲームセンターには不良が集まることもあり、「ゲーム=不良の遊び」というレッテルを貼られてしまったのです。PTAからゲームセンターは立ち入り禁止に指定され、親達からは「勉強以外に興味を持つのはすべて悪だ」と否定される時代でした。私自身、こんなに新しくて面白い遊びが頭ごなしに否定されることに強い不満を抱いていました。同時に、日本全国に私と同じように「ゲームが好きだけど、大人からの制限があってプレイできず、肩身の狭い思いをしている人がたくさんいるはずだ」と思ったのです。
そうした制限によって楽しむ機会を奪われている仲間を救うために、ゲームの面白さを正当に伝え、同じ熱量を持つ人たちが集まれるコミュニティをつくりたいと強く願うようになりました。その情熱は高校受験にも影響し、地元の小さなゲームコーナーだけでなく、都会の大きなゲームセンターに通いたい一心で、わざわざ新宿や池袋といった繁華街を経由して通える高校を選んで受験したほどでした。
ーー「ゼビウス」の攻略本はどのような経緯でつくられたのでしょうか。
大堀康祐:
グラフィックやゲーム内容など今までのゲームとは一線を画した「ゼビウス」は発売後すぐに大ヒットとなりました。私は2週間という短期間で攻略したこともあり、ゲームセンターで周りの人から遊び方を聞かれることが多くなり、「それなら攻略本をつくってしまおう」と考えたのです。
ただ、当時はビデオゲームの著作権に関する判例が出始めた時期で、無断でつくったら後々権利関係でトラブルになるのでは?と思い「104」の番号案内で当時の開発元であったナムコの電話番号を調べ、制作の許可を取るべく直接電話をかけました。「『ゼビウス』の攻略本を出したい」と伝えると、「詳しく話を聞かせて欲しいので、一度会社に来なさい」と言われたのです。
ーーナムコではどのような話になったのですか。
大堀康祐:
攻略本の制作の許可を取りに行ったのですが、もちろん行くからには手ぶらではいけません。自分が本当にゲームが上手いことを証明するために、当時は非常に高価で巨大だったビデオカメラを借り、ゲームセンターに撮影許可を取り自分のプレイ画面を録画しました。その後、最高得点を出した録画テープと企画書を持ってナムコへ直談判に行ったのです。結果として「好きにやってよし」とお墨付きをもらい、つくった攻略本は3千部も売れました。これがきっかけで、後に商業誌の立ち上げに関わることになり、私のゲーム業界でのキャリアがスタートしました。
衣食住ではなくても「心の充足」こそが人間を豊かにする
ーー現在、会社として取り組んでいることがあればお聞かせください。
大堀康祐:
現在、弊社のオフィスが入っているビルにはゲーム会社が5社集い、クリエイターだけで200名以上が集まっており、休憩室の共有や技術交流など、会社の枠を超えた取り組みを行っています。たとえば、弊社単独で行っていたゲーム大賞をビル内の企業合同に変更したことにより、他社の人とチームを組んでプロトタイプをつくることで、新たな相乗効果や交流が生まれています。またゲーム文化保存の活動にも取り組んでいます。ゲーム産業はあまりにも急速に発展した産業であるため、黎明期の歴史があまり残されておらず、歴史の空白が生まれようとしているのです。
かつてインベーダーゲームなどをつくっていた世代はすでに80歳を超えており、彼らの功績やオーラルストーリーに触れられなくなる前に動かなければなりません。ゲームを「プログラムが遊べる」状態で保存するだけでなく、当時の人たちの思いやパッションをきちんと残したいと考えています。また最終的には、私たちがやらなくても国や公的機関等が引き継いでくれて、バトンを渡せればいいなとも思っています。
ーー昨今話題のDXや生成AI関連についてはどうお考えでしょうか。
大堀康祐:
DXに関して言えば、ゲームで培ったナレッジやノウハウを一般的なアプリ開発などにも転用できると考えています。たとえば、アプリのボタンを押した時に、ただ音が鳴るだけでなく、色が変わるといった視覚的なフィードバックを返すのは、ゲーム業界ではごく当たり前のことです。ユーザーにとっての「遊び勝手」は「使い勝手」とイコールであり、コンピュータを通じて「楽しい」「便利だった」と言ってもらえる「物づくり」も我々の事業領域にしていきたいですね。
また、AIに関しても積極的に活用していくべきだとポジティブに捉えています。便利なAIを使わないというのは、今から大阪に出張するのに、飛行機や新幹線を使わず歩いて行くようなものです。現在は著作権などの権利関係をクリアにし、機密保持のための運用フローを確立させている段階なので、本制作には活用できていません。しかし、初期開発などでは多用しており、提案書のイメージイラスト作成などにAIを使うことで、以前なら3日かかっていた作業が数時間に短縮され、圧倒的なスピード感でアウトプットを出せています。AIを上手く活用することで、我々のような規模の会社でも世界と十分に戦えるようになると確信しています。
ゲームは「心の栄養」 世界中の心を充足させるものづくり

ーーゲームの存在意義についてどのように考えていますか。
大堀康祐:
極論を言えば、ゲームは「衣食住」ではありません。なくても困らない「なくてもいい産業」だと言われることもあります。しかし、人間は他の動物と違い、「衣食住」だけでは満たされない生き物です。「心」があり、そこが充足しなければ、いかにご飯を食べて代謝していても本当の意味で満たされることはありません。ゲームは、その「心」を満たすための一つの重要な糧(かて)だと思っています。
ーー最後に、今後の展望についてお話しください。
大堀康祐:
近年では、特定のゲームを遊ぶことで未病の段階から病気を防ぐといった、デジタル薬のような事例も出てきています。デジタルのデータの集まりであっても、ゲームは人を楽しませ、心の充足をもたらす素晴らしい物・仕事と理解し、ゲーム制作に情熱を持って取り組める人と一緒に働きたいですね。今後は、日本の市場だけでなく、世界にもきちんと通用する「ものづくり」をしていきたいと考えています。国籍や性別に関係なく、同じ思いを持つ仲間たちと、新しい技術であるAIなども柔軟に取り入れながら、世界中の人々に「楽しい」「ありがとう」と言ってもらえる価値を引き続き生み出し続けていきます。
編集後記
「ゲームは衣食住ではないが、心を満たすために必要だ」という大堀氏の言葉には、長年エンターテインメントの最前線で闘い続けてきた者だけが持つ、強い説得力があった。高校時代に重いビデオ機材を担いで企業に直談判したという圧倒的な熱量は、今も全く衰えていない。制限され、肩身の狭い思いをしていたゲーム好きを救いたいという原点。そこから始まり、AIの活用やグローバル化にも果敢に挑む同社の姿勢は、日本のコンテンツ産業にさらなる活力を与えてくれるだろう。

大堀康祐/1966年東京都生まれ。伝説的ゲーム「ゼビウス」で日本初の1000万点を達成し、攻略誌の執筆などを通じてゲーム業界へ。1988年サイトロン・アンド・アート株式会社に入社。1994年に株式会社マトリックスを設立。代表作「アランドラ」シリーズなど数々の名作を世に送り出し、開発会社としての地位を確立。2016年には「ゲーム文化保存研究所」を設立し、経営の傍らゲーム文化の継承と保存に情熱を注いでいる。