
2025年7月設立のスタートアップ、VALANCE株式会社。「日本の産業をリープフロッグさせる」というビジョンを掲げ、中堅・中小企業、特に製造業が抱えるデータ活用の課題に挑んでいる。同社が提供するのは、AIが自律的に業務を動かすためのデータ基盤を構築するAI駆動型のSCMシステム(※1)だ。従来は数千万円から数億円規模の投資が必要だったカスタム開発と同等の機能を、従来の10分の1以下という画期的な価格で提供する。アクセンチュア、freee専務執行役員を経て同社を創業した代表取締役CEOの渡邊俊氏に、その事業の核心と日本の産業が秘める可能性について話を聞いた。
(※1)SCM(サプライチェーンマネジメント)システム:原材料の調達から製造、物流、販売、最終消費者に届くまでの一連の流れ(サプライチェーン)全体を、IT技術を活用して一元的に管理・最適化する経営手法およびそのためのシステム。
研究者の道を断念しビジネスへ 製造業の現場に見出した勝機
ーーまずは、キャリアのスタートからお聞かせいただけますか。
渡邊俊:
学生時代はサッカーで日本一を経験し、大学院ではニューラルネットワーク(※2)の研究に没頭していました。当時は博士課程に進んで研究者の道を目指していましたが、研究を究めるには膨大な資金が不可欠であるという現実に直面し、進学を断念しました。
そんな折、IT技術を用いたビジネスのインターンを経験したことで、スポーツ以外の領域でも自分の培ってきた知見を活かせると確信したのです。社会に出てビジネスの本質を学びたいと考え、キャリアのスタートとしてアクセンチュア株式会社を選びました。アクセンチュアで7年間戦略コンサルタントとして勤め、大企業のビジネスを俯瞰(ふかん)する貴重な経験を積みました。しかし、規模が大きくなるほど中間プロセスが肥大化し、「ビジネスの本質から遠ざかっているのではないか」という葛藤が芽生えたのです。
そんな中、出会ったのがfreee株式会社でした。「スモールビジネスを、世界の主役に。」というミッションを掲げ、社会課題の解決に愚直に向き合う姿勢に強い衝撃を受けました。机上の提案にとどまらず、自ら当事者として社会的意義のある仕事に挑みたいと考え、入社を決意しました。
(※2)ニューラルネットワーク:人間の脳の神経回路(ニューロン)を模倣した、データからパターンを学習し予測・分類するAI技術。
ーー貴社創業に至った経緯について教えてください。
渡邊俊:
freeeでは中堅企業向け事業の責任者などを務め、会社の黒字化や組織強化を牽引しました。中小企業のバックオフィス業務の効率化は大きく前進したと感じています。しかし、その一方で「本当に社会を変えることができたのか」という問いが常にありました。特に日本の産業を支える製造業の現場では、いまだにデジタル化が進んでいない現実を目の当たりにしました。この領域にこそ、日本が再び飛躍する大きな可能性があると強く感じたことが、創業の背景にあります。
最新技術の導入を阻む未整備な情報の整理

ーーAI導入における最大の問題点は何だとお考えでしょうか。
渡邊俊:
「AIを導入しても思うように動かない」という声をよく聞きますが、その最大の原因は、AIが判断するための現場データが整っていないことにあります。売上高が数十億円規模の中堅・中小企業であっても、現場には紙の請求書やFAX、メモといったアナログな情報がいまだに多く残っており、これらが分断されていることがAI活用の大きな障壁となっているのです。
だからこそ、弊社の事業の本質は単にAIを導入することではなく、AIが動くためのデータ基盤を整備することにあります。そこで私たちは、AIが参照するデータを整理・統合するという、地道ながらも最も欠かせない工程を担っています。
たとえば、ユーザーが操作する画面(UI)の開発などは、生成AIを活用する各地のシステム開発会社が行えば良いと考えています。私たちはあえて表舞台の画面開発には踏み込まず、裏側のデータベース整備に特化する。そうすることで、既存のプレイヤーと競合するのではなく、共存・協業できる独自のポジションを築いています。
ーー提供されているサービス概要と、その特長について教えてください。
渡邊俊:
弊社が提供する「VALANCE」は、中堅・中小企業向けのAI駆動型ヘッドレス(※3)SCMシステムです。SCMとは、製品の企画から販売までの一連の流れを管理し、最適化する経営手法のことです。本サービスは紙の請求書や現場の写真といった証憑書類をアップロードするだけで、AIが企業専用のSCMデータ基盤を自動で構築します。これは日本初の画期的な仕組みです。
従来のシステムと比較した強みは大きく4点あります。第一に、高いセキュリティ性です。機密情報を外部のAIに渡さないプライベートな環境を提供しているため、機密保持が厳しい製造業の現場でも安心して導入いただけます。
第二に、究極のシンプルさです。操作は「ファイルのアップロード」と「チャットで聞く」だけ。ITに不慣れな現場の方でも、マニュアルなしですぐに使いこなせるメリットがあります。
第三に、導入スピードの速さです。高額なコンサルティングや数カ月に及ぶ要件定義は不要。AIが自動で仕組みを構築するため、変化の速い市場環境に合わせて、即座にデータ活用を開始できます。
そして第四に、圧倒的な低コストです。これだけの価値を実現しつつ、費用は従来の10分の1以下である月額数万円からに抑えました。これまで資金面でDXを断念していた中小企業にとっても、リスクを最小限にして挑戦できる環境を整えています。
(※3)ヘッドレス:ユーザーが操作する画面(フロントエンド)を持たず、システムの中核となる機能だけを提供する方式のこと。
高度な知性と現場感覚を兼ね備えた組織像
――貴社では現在、どのような人材を求めていらっしゃいますか。
渡邊俊:
私たちが求めているのは、環境の変化に合わせて自らも変化し続けられるハングリー精神を持った人です。私自身、幼少期からサッカーで厳しい競争環境に身を置き、常に進化を求められてきました。AI技術は日進月歩で進化しており、今のスキルが明日も通用するとは限りません。だからこそ、過去の成功体験に固執せず、学び続けられることが重要です。
社内では、よく「知的格闘家」という言葉を使っています。高度な知性と、泥臭い現場課題をやり遂げる執着心の両方を持っている。そんなプロフェッショナルたちが集まる組織でありたいと考えています。
また、AI時代だからこそ、顧客と向き合う現場では人間力が問われます。機能や技術が平準化していく中で、最終的に選ばれるのは「この人と一緒に仕事をしたい」と思われるような、非言語的な魅力を持った人間だと信じているからです。
――貴社の今後の戦略とビジョンをお話しください。
渡邊俊:
まず戦略についてですが、私たちは徹底してヘッドレスというポジションを貫きます。これは、あえてUIの開発を行わず、裏側のデータ基盤の整備に特化するというものです。もしUIまで含めて全てを自社で提供してしまうと、既存のSIerや商社、銀行といったプレイヤーと競合してしまいます。しかし、データ基盤に徹することで、彼らと競合するのではなくパートナーとして協業関係を築くことができます。それぞれの強みを活かし合うことで、よりスピーディーに、より多くの企業へ価値を届けることができるからです。
そして、その先に描いているビジョンが、「日本の産業をリープフロッグさせる」ことです。リープフロッグとは、カエル飛びのように、途中の段階を飛び越えて一気に最先端へ到達することを意味します。これまでDXが進まなかった企業でも、データ基盤さえ整えば、AIを活用して一気に業界の最前線へ躍り出ることが可能です。私たちはそのための土台を提供し、日本の産業が再び世界で輝くための力になりたいと本気で考えています。
編集後記
AIの活用が叫ばれる昨今、多くの企業がその華やかな側面に目を奪われがちだ。しかし、渡邊氏の話は、AIという強力なエンジンを動かすために、燃料となる「データ」の質と供給路の整備がいかに不可欠であるかを浮き彫りにする。最も地道で、最も重要な「データ基盤」の整備に特化するという戦略には、現場を知り尽くした経験に基づく確かな先見性が感じられる。日本の産業の根幹を支えるこの挑戦が、どのような未来を創出するのか、その展開に期待したい。

渡邊俊/1984年埼玉県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。アクセンチュア株式会社を経て、freee株式会社に入社。同社ではSmall事業、SMB事業、会計事業、パートナー事業の各責任者を歴任し、専務執行役員CBOとして事業成長を牽引した。大学院時代、ニューラルネットワークの研究開発に従事していた経験を背景に、AI時代の新たな事業を創造すべく、株式会社VALANCEを創業。