
SAPIX小学部、SAPIX中学部、代々木ゼミナールなど中学受験から大学受験まで幅広くカバーし、日本の教育業界を牽引するSAPIX YOZEMI GROUP。同グループは、単なる合格実績の追求にとどまらず、生徒一人ひとりと学校との最適なマッチングを重視し、入学後の豊かな学校生活までを見据えた指導を信念に掲げている。創業者の祖父から事業を継承し、グループを率いる共同代表の髙宮敏郎氏は、銀行員として社会人の一歩を踏み出した経験を持つ。外部の視点を持つ同氏が、激動の時代において見据える教育の本質とは何か。AIが進化する未来だからこそ、重要になるという「アナログな価値」とは何か。合格の先にある豊かな学校生活までをデザインする、同グループの真髄に迫る。
金融で学んだ社会人の基礎と祖父の一言で決意した家業への転身
ーー社会人としての最初のキャリアについてお聞かせください。
髙宮敏郎:
代々木ゼミナールの創業者は私の祖父です。私は長男の長男として生まれたこともあり、小学生のときから将来は学園を継ぐ意識がありました。就職にあたって家族から何かを言われることはなく、まずは他の業界で勉強するほうがよいだろうと考え、就職活動を始めました。
あるとき、金融機関に勤める先輩から「金融機関はお金の流れを通じて世の中を勉強できる」という話を聞き、金融業界に興味を持つようになります。最終的には、体育会の部活の先輩方が多く在籍し、最初にご縁をいただいた三菱信託銀行株式会社(現・三菱UFJ信託銀行株式会社)へ入社しました。
ーー銀行員としてのご経験で、特に学びになったことは何ですか。
髙宮敏郎:
信託銀行はメガバンクに比べて従業員数が少なく、一人ひとりの守備範囲が広いため、多くのことを学びました。特に23歳で不動産部門に在籍していたときには、弁護士と接する機会も多く、コンプライアンスに対する意識が強く刷り込まれました。また、誰が読んでも誤解が生じない文章の書き方を徹底的に鍛えられました。トラブル対応も含め、社会人の基礎を培ったと感謝しています。
そうして仕事に慣れてきたころ、80歳を過ぎた祖父から声をかけられました。今思えば、祖父は自身の年齢を考え、私との時間を急いだのかもしれません。ちょうど担当していたプロジェクトが終わる節目でもあったため、銀行員生活に区切りをつけ、2000年4月に代々木ゼミナールへ入職しました。
民間唯一の救援船で被災地へ 創業者が遺した危機管理のDNA
ーーこれまでの経営において、どのような出来事が特に印象に残っていますか。
髙宮敏郎:
東日本大震災と新型コロナウイルスへの対応は、非常に困難な局面として記憶に残っています。特に震災時は、東北の校舎やスタッフが被災しました。さらに東京でも計画停電への対応など、深刻な状況に直面しました。しかし、そうした混乱の中でも私たちは即座に支援へと動きました。
震災発生直後、茨城県の大洗港から仙台港へ救援物資を輸送する船が出ました。その際、乗船したのは自衛隊と日本赤十字社、民間企業では私たちだけです。あの時、全社一丸となって難局に立ち向かった経験は、今も強く心に残っています。
ーーそうした貴社の組織としての強さはどこからきているとお考えですか。
髙宮敏郎:
創業者の祖父は、陸軍での経験から危機管理意識の高い人でした。そのDNAは、いざというときに踏ん張る力として組織に根付いています。祖父は常々「教育を提供する上で、生徒の皆さんが安心して学べる環境は何よりも重要である」として、安全対策には一切の妥協を許しませんでした。その思いは校舎設計にも表れており、非常に堅固な構造に加え、札幌校には当時北海道ではまだ珍しかった免震システムをいち早く導入しました。
「生徒の安心・安全を第一に考える」という創業者の精神が脈々と受け継がれているからこそ、いざという時に迷わず行動できるのだと思います。
偏差値偏重を脱し「好き」を創出 AI時代に見直されるアナログの価値

ーーグループ全体の強みはどのような点にありますか。
髙宮敏郎:
中学受験から大学受験まで、各分野の専門家がいる点が強みです。最近は、海外の大学へ進学を希望する生徒も増えており、私たちはそうした多様なニーズに応える体制を整えています。私たちの特徴は、国内外を問わない「引き出しの多さ」です。
一般の留学エージェントは、海外の学校には詳しいものです。しかし、日本の学校とのネットワークは必ずしも多くはありません。その点、私たちは国内外の学校とも長年のつながりがあります。以前、コロナ禍でアメリカへの留学を断念せざるを得なくなった生徒がいました。その際、私たちは国内の国際教育に特色のある学校をいくつか紹介しました。結果的に、その生徒に合う進学先を見つけることができました。国内外の学校と深く連携しているからこそできるサポートです。今後も、数値に表れない各校の魅力を伝えていきたいと考えます。
ーー教育事業において、グループ全体で大切にされていることは何ですか。
髙宮敏郎:
進学先の学校を、生徒自身が心から好きになれることです。偏差値だけで学校を選び、入学後に違和感を抱いてしまうのは、生徒にとっても学校にとっても不幸なこと。私たちは、こうしたミスマッチを一つでも多くなくしたいと考えています。そのため、校風や伝統といった文化を具体的にお伝えします。事前にカルチャーを知ることで、入学後の後悔を防げるからです。
ーーこれからの時代に求められる教育のあり方についてどのようにお考えですか。
髙宮敏郎:
教育業界において、DXやAIの活用は避けて通れないテーマです。ペーパーレス化や、データの収集・分析を進める必要があります。蓄積したデータをAIで分析すれば、最適な課題を提案できます。一方、AIの進化により「本人の実力」の定義が難しくなります。AIが作成したレポートと、本人の力の区別がつかないからです。そうなると、道具を遮断するアナログな試験が有効になります。「紙と鉛筆による一発勝負」の従来型入試の価値が、むしろ見直される可能性もあるでしょう。
情報が溢れる時代だからこそ、最後は「誰が言うか」が問われます。信頼の礎となるのは、人とのつながりで得たアナログな経験です。私たちは、次世代が社会で羽ばたくための支援を続けていきます。
編集後記
銀行員時代、社会人の基礎を徹底して叩き込まれた髙宮氏。教育という情緒的な側面を持つ事業において、同氏が持ち込んだのは緻密な論理と厳格なコンプライアンス意識である。この客観的な視点が、グループに新たな信頼の軸を与えている。また、偏差値のみを追わず、生徒と学校の文化的な相性を追求する姿勢は、教育の本質といえる。受験という枠組みを超え、一人ひとりの人生に寄り添い、共に未来をデザインしていく。同グループが描き出す次世代の教育の姿から、今後も目が離せない。

髙宮敏郎/1974年東京都生まれ。1997年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、三菱信託銀行株式会社(現・三菱UFJ信託銀行株式会社)に入社。2000年、学校法人高宮学園代々木ゼミナールに入職。同年アメリカ・ペンシルベニア大学へ留学し、教育学博士(大学経営学)を取得。帰国後、財務統括責任者を務め、2009年より現職。学校法人高宮学園代々木ゼミナール副理事長、SAPIX小学部などを運営する株式会社日本入試センター代表取締役副社長も兼務。「教育はサイエンスであり、アートである」をモットーに、これからの時代を担う子どもたちの教育を支える活動を行っている。