
日立グループの教育・研修を担う株式会社日立アカデミー。現在、同社は従来の国内向け研修機関から、「グローバルな知の拠点」へと大きな変革を遂げようとしている。外資系企業での豊富な人事マネジメント経験を経て、変革期の日立へ復帰した川村肇氏。彼が掲げる「3本の柱」とは何か。そして、日立アカデミーがどのように進化しようとしているのか。これまでの歩みと、次世代のリーダー育成に懸ける思いをうかがった。
外資系企業での経験と「市場価値」の目覚め
ーーまずは、キャリアのスタートについてお聞かせください。
川村肇:
新卒で日立製作所に入社し、4年目に日立アメリカで1年間研修プログラムを受ける機会を得たのですが、これが多様性や異なる価値観に触れる大きなターニングポイントになりました。帰国後、当時の上司からの「自分の市場価値を考えろ」という言葉をきっかけに、外の世界との交流や自己研鑽を強く意識するようになったのです。
その後、GEの人事制度セミナーに参加したことを機に、外資系企業へ転職しました。GE、コカ・コーラ、モメンティブで人事を歴任しましたが、特にコカ・コーラ時代にはサプライチェーン統合に伴う会社の解散という困難な現場も経験し、非常にタフな環境で人事マネジメントを実践してきました。
ーー日立へ戻られた理由と、社長就任の経緯について教えてください。
川村肇:
私が当社へ復帰した当時、日立は2009年の過去最大の赤字を経て「社会イノベーションビジネス」へと舵を切る変革期にあり、これまでのグローバルな人事経験を活かせると考えたためです。日立エナジーの統合プロジェクトなどを担当した後、当時のCHRO(最高人事責任者)から「日立アカデミーのグローバル化をやってほしい」と打診されました。日立の従業員は約28万人おり、その約6割が海外で働いていますが、アカデミーの研修は大部分が国内向けでした。今後の成長に不可欠なグローバルでのリーダー輩出という命題に面白さを感じ、社長を引き受けたのです。
データと外部プラットフォームを活用した自律的キャリア形成

ーー現在、注力されている取り組みは何ですか。
川村肇:
現在、3本の柱を軸に変革を推進しています。1つ目は「グローバル化」、2つ目は「包括的な学びの推進」、そして3つ目は「プラットフォームの強化」です。職場での実践やコーチングを含めて伴走しつつ、スキルデータの可視化や外部サービスも活用しながら、社員一人ひとりが自律的にキャリアを築ける環境を整備しています。私たちがめざすのは、デジタル技術を用いて、社会インフラをアップグレードすること。そして、その価値を社会に届けることです。そのためには、部門や国境を越えて協力し合う「One Hitachi」の実現が欠かせません。自身の専門分野にとどまらず、社会全体にどう価値を出すかというホリスティックな目線を持ったリーダーを育てていきます。
ーーデータやプラットフォームを活用した、学びの支援策について教えてください。
川村肇:
私たちは、社員一人ひとりが自身のキャリアを考え、必要なスキルを自律的に高めていく働き方を支援するために、データとプラットフォームの活用を推進しています。たとえば、社内研修を受講するとそこで身についた「スキル」がデータベースに自動的に蓄積され、自分がめざすポジションに対してどのようなスキルギャップがあるのかを可視化できる仕組みを構築していきます。
また、社内のリソースだけで全てを賄うのではなく、外部のプラットフォームも積極的に導入しています。現在、グローバルで約20万人のホワイトカラー社員に向けて「LinkedInラーニング」の導入を進めており、すでに大半の社員への展開のめどが立っています。生成AIのような新しいトレンドが生まれた際、外部サービスであれば即座に無数の学習コースが提供されますが、これを社内だけでゼロからつくろうとすると何年もかかってしまい、ビジネスのスピードに追いつけません。
このような環境変化に伴い、これまで自前で研修を企画し、専門知識を教えてきた社内講師の役割も大きく変わろうとしています。一般的な知識習得が外部プラットフォームで補えるようになる中で、これからの講師には「その知識を使って何をするか」を引き出し、受講者同士の議論をファシリテートしていく新たな能力が強く求められているのです。
AI時代の人財育成と「リベラルアーツ」の再評価
ーーこれからの人財育成や求められるスキルはどのように変化していくとお考えですか。
川村肇:
AIが組織にもたらすインパクトを正しく受け止め、人と組織がどう適応していくかは、今後非常に重要なテーマになると考えています。たとえばリーダー層にとっては、生成AIのエージェントが「部下」としてチームに入ってきた際、生身の人間とAIをどのようにマネジメントして成果を出していくかという、全く新しい視点が求められます。
さらに重要なのが若手層の育成です。私が若い頃は、いわゆる「下積み」といえる地道な基礎業務を通じて徐々に仕事の経験を積んでいきましたが、今やそうした仕事は生成AIが一瞬でこなしてしまう時代です。基礎的な実務経験を積むステップが変わる中で、若手がどうやって実力を身につけ、AIの出した答えが合っているかどうかを判断していくのかは、私たちも若手と一緒になって悩んでいくべき大きな課題です。だからこそ、今後より一層重要になるのが「リベラルアーツ」だと考えています。
生成AIも人間と同じように嘘をつくことがあります。歴史から物事を読み解く力や、戦略立案、ロジカルシンキングといった教養の土台がなければ、何が正しいのか、何を優先すべきかを判断できません。これからの人財育成においては、単に最新スキルを学ぶだけでなく、こうした本質的な判断力を養い、正解のない問いについて議論し合える場をつくっていくことが不可欠なのです。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
川村肇:
「グローバルな知の拠点」への進化をめざしています。具体的には、世界中の社員が共に学ぶグローバルコーポレートユニバーシティの創設です。海外拠点の立ち上げ準備を進めており、日立グループのバリューである「和(徹底的に議論し、全員で実行する)」のプロセスを大切にしながら進めています。同時に、私たち自身が変革の只中にいるため、日立アカデミー自身の変革も求めています。学びを提供する私たちが誰よりも学び続け、変化を楽しんでいきたいですね。
編集後記
グローバル化の波とAIの台頭。激動の時代において、企業成長の鍵を握るのは紛れもなく「人」である。川村氏の語る「自分の市場価値を考える」という視点は、変化の激しい現代を生き抜くすべてのビジネスパーソンに通じる教訓だ。外資系企業でのシビアな現場経験に裏打ちされた合理性と、日立のDNAである「和」を重んじる人間味。この2つを併せ持つ川村氏のリーダーシップのもと、日立アカデミーが「グローバルな知の拠点」としてどのような進化を遂げるのか。そして、そこからどのような「One Hitachi」のリーダーたちが羽ばたいていくのか。その飛躍が楽しみだ。

川村肇/日立アカデミー取締役社長。早稲田大学政治経済学部を卒業後、1989年に株式会社日立製作所に入社し、人事を担当。1999年GE、2005年コカ・コーラ、2009年モメンティブにて人事管理職を歴任し、2012年から再び日立の人財部門にて人財開発やグローバル人財戦略推進、鉄道部門・エネルギー部門の人事を担当。ニューヨークや上海、チューリッヒでの勤務経験を持つ。2024年4月から現職。