
1966年の創業以来、独立系システムインテグレータとして日本のIT産業を支えてきた株式会社CAC Holdings(以下、CAC)。その中で、新規事業開発を担う子会社が株式会社CAC identityだ。同社は今、従来の受託開発の枠を超え、自社プロダクトを生み出す企業への変革を推し進めている。導入したのは、事業進捗に応じて報酬が決まり、事業売却時にはその利益の10%を責任者個人に還元するという「リーグ制」だ。安定基盤を持つ企業がなぜ、起業家さながらの環境を社内に構築するのか。「脱・SI」の旗を掲げ、安定に甘んじない挑戦者集団を牽引する代表取締役社長の中西英介氏に、改革の全貌と未来への展望を聞いた。
ITへの興味ゼロから始まったキャリア「自分で取りに行く」マインドの原点
ーーまずは、貴社に入社された経緯から教えてください。
中西英介:
実は当初、IT業界には全く興味がありませんでした。当時はITバブルの最中で、ソフトバンクの孫正義氏が「これからインターネットが世の中をすべて変える」と熱弁を振るっていた時期です。私はシステム開発のことはよく分かりませんでしたが、「新しいもの好きな私に向いているかもしれない」。そんな直感に突き動かされて、この業界に飛び込むことを決めました。
入社の決め手となったのは、当時CACが上場を控えていたことです。「上場直前の企業であれば、得られる刺激も大きいはずだ」という、今振り返れば非常にシンプルな動機でした。しかし、入社後のプログラミング研修では周囲の経験者との実力差に愕然とし、「とんでもない場所に来てしまった」と後悔したことを覚えています。
ーーその後、どのような経験を積まれたのでしょうか。
中西英介:
当時のCACはシステム開発が主流でしたが、私は保守・運用部門に配属されました。そこで株式会社リクルートに常駐したことが、大きな転機となったのです。現場ではパートナーという垣根を超え、経営層への提案まで求められるなど、非常に多くのことを経験させてもらいました。
ある時、大手コンサルティング会社とのコンペがありました。相手は一流のコンサルタント。しかし、最終的にお客様が選んでくれたのは私たちでした。「私たちが一緒に仕事をしたいのは、現場を知り抜いているCACだ」と言ってくれたのです。その言葉が本当にうれしく、私の仕事の原動力になりました。ネームバリューよりも、現場で積み重ねた信頼を見てくれたからです。思えばリクルート時代に「すべてを自分で取りに行く」ことの大切さを学びました。
一度でもチャンスをスルーすれば、次はもう巡ってこないかもしれません。それがチャンスかどうかは、やってみるまで分からないものです。だからこそ、私は今でもすべてのチャンスを逃さず、全力で取りに行く姿勢を貫いています。
市場評価がすべて、シリコンバレー流「リーグ制」での事業創出

ーー貴社の強みはどこにあるとお考えですか。
中西英介:
弊社の強みは、長年培ってきたシステム開発の技術基盤に、AIや感情解析といった最先端技術をかけ合わせられる点にあります。ゼロからプロダクトをつくる際、ITという盤石な土台があるため、スピーディーに形にできることが大きな武器です。
現在、私たちは22もの事業を同時並行で展開していますが、中でも大きな成長の兆しを見せているのが4つの主要事業です。具体的には、面接対策AIアプリ「カチメン!」、音声感情解析AI「Empath(エンパス)」、プロIT人材伴走型支援サービス「WithGrow(ウィズグロウ)」、そしてスマート養殖×金融サービス「FairLenz(フェアレンズ)」などです。これらはいずれも、単なるシステム提供ではなく、社会課題を解決し、世の中にインパクトを与えることを目的としています。
ーーそうした新規事業を次々と生み出すための仕掛けが何かあるのでしょうか。
中西英介:
弊社では「リーグ制」という独自の仕組みを導入しています。日本企業の新規事業は、シリコンバレーなどのスタートアップと比べ、成功率が非常に低いのが現状です。その要因は、撤退基準が曖昧で、市場評価よりも社内政治が優先されがちな点や、既存事業の延長で投資判断を行ってしまう点にあります。
そこで、Jリーグの昇降格システムをモデルに、事業の進捗を明確なステージで区切ることにしました。市場に出して、顧客にどれだけ受け入れられたかという「市場検証」の結果のみで、所属するリーグが決まる仕組みです。昇格すれば予算も報酬も増えますが、成果が出なければ容赦なく降格や撤退となります。
この制度の目玉は、事業責任者へのインセンティブ設計にあります。将来的に事業を売却した際、売却益の10%を事業責任者に還元するルールを設けています。会社が資金を出す安全な環境にいながら、成功すれば起業家さながらのリターンを得られる。この環境を用意することで、社員の野心に火をつけています。
SIerの限界を超える 日本発のイノベーションを世界へ
ーー今後の展望についてお聞かせください。
中西英介:
生成AIの登場により、コードを書くだけの仕事は急速に代替されていくでしょう。これまでのシステムインテグレート(SI)業界のように、海外製ソフトウェアを導入したり、仕様書通りのシステムをつくったりするだけでは生き残れない時代です。
私が目指すのは、2030年までに100億円規模の事業をつくり出し、日本から世界へイノベーションを発信できる企業になることです。かつて日本がお家芸としていた「ものづくり」の精神を、デジタル領域で復権させたい。「脱・SIer」を掲げ、自社プロダクトで勝負できる強い組織をつくることが私の使命です。
ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。
中西英介:
「AIに仕事を奪われる」と悲観するのではなく、「AIを使えばもっと面白いことができる」と捉えてほしいですね。AIは、私たちがこれまで解決できなかった課題を突破するための強力なパートナーです。使い古されたやり方に固執せず、新しい技術を面白がりながら、とりあえずやってみる。そんな好奇心旺盛な人たちと共に、次の時代のスタンダードをつくっていきたいと考えています。
編集後記
「すべてを自分で取りに行く」。中西氏の言葉には、リクルートの現場で揉まれ、数々の修羅場をくぐり抜けてきた実業家としての凄みが宿っていた。大企業の資本力を持ちながら、シリコンバレーのようなハングリーさを組織に埋め込む「リーグ制」は、日本のSI業界が抱える閉塞感を打ち破る一つの解になるかもしれない。AI時代の波を脅威ではなく好機と捉え、楽しそうに未来を語るその姿に、日本発のイノベーションがここから生まれる予感を強く感じた。

中西英介/1974年神奈川県生まれ。株式会社CACに入社し大手人材情報サービス企業など顧客のIT企画立案などに携わる。2022年に持株会社CAC Holdingsの執行役員に就任。新規事業開発部門立ち上げ、2025年には新規事業開発部署を分社。株式会社CAC identityを設立し代表に就任。脱SIerを標榜し事業の多角化、M&A、創造的経営人材の育成などCACグループに持続的成長をもたらす活動に注力している。