※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

明治安田Jリーグ百年構想リーグおよび2026/27シーズン、元日本代表の槙野智章氏を監督に招へいし、Jリーグ全体に大きな話題を振りまいている株式会社藤枝MYFC。同クラブは「超攻撃的なサッカー」を掲げ、地方クラブながら異彩を放っているが、同社を率いるのは実はサッカー未経験の経営者だ。代表取締役の徳田航介氏は、学生時代を剣道一筋で過ごし、測量会社や検査会社での勤務を経てクラブ経営に携わることになったという異色の経歴を持つ。サッカー界の常識にとらわれない数値に基づいた組織改革と、スタジアムを熱狂の渦に巻き込むエンターテインメント戦略。この2つの軸で推進する徳田氏独自の経営手腕と、これからの展望について話をうかがった。

ビジネスの「共通言語」で組織のベクトルを合わせる

ーー貴社の社長に就任された経緯をお聞かせください。

徳田航介:
私は小中高、大学と剣道に打ち込んでおり、実はサッカーに関してはまったくの未経験でした。大学卒業後は地図をつくる測量会社に入社し、5年ほど営業職を務めました。

その後、家業である株式会社静環検査センターに入社しました。同社が藤枝MYFCのスポンサーを務めることになったのが、私とクラブの関わりの始まりです。当時の私は、恥ずかしながら「藤枝にJリーグのチームがあるのか」という程度の認識しかありませんでしたが、父の「サッカーの街にあるプロチームの選手を、藤枝に本社を構える会社として応援していきたい」という思いから、本格的な支援がスタートしました。

2018年ごろに同社が前運営会社の株式を取得し、本格的に運営へ参画することになった際、フロントスタッフが不足していたこともあり、営業経験のある私に白羽の矢が立ちました。当初は「サッカーのことは分からないが、営業であれば親会社のつながりを活かせる」と手伝い始めたのがきっかけです。その後、地元の有力者である前社長の鎌田昌治氏(現・藤枝MYFC会長)からバトンを引き継ぐ形で、2021年に代表取締役へ就任しました。

ーークラブ経営の舵取りを担うにあたり、まずどのようなことから取り組まれたのでしょうか。

徳田航介:
サッカーのルールや戦術に関しては素人ですから、そこは現場を信頼し、リスペクトすることから始めました。そのうえで、私が経営者として徹底したのは「数字に基づいた共通言語」で会話することです。

最初のうちは勢いを付けたいという思いから「頑張ります」「一生懸命やります」といった精神論になりがちというイメージが私の中にありますが、それでは組織としての継続的な成長は見込めないのではと思います。「どれくらいの売上を目指し、そのために何人の集客が必要なのか」。まずは明確な数値目標を設定し、それを達成するためのプロセスを逆算して考える仕組みをつくりました。

私がサッカー界を詳しく知らなかったからこそ、感情や慣習に流されず、ビジネスの原理原則に基づいた組織づくりができたのだと思います。

「可愛い」も「超攻撃的」も、すべては熱狂のために

ーー具体的にどのようなクラブづくりを指すのでしょうか。

徳田航介:
地方クラブが生き残るためには、他と同じことをしていては埋没してしまいます。私たちが目指すのはエンターテインメントとしてのサッカーです。点を取られても意地でも取り返すような、たとえ0対0の引き分けであったとしても観客が湧き上がるような試合を見せたいと考えています。

その一環として、「明治安田Jリーグ百年構想リーグ」(※)では、あえて「可愛い」をコンセプトにしたユニフォーム展開を行いました。従来のサッカークラブが持つ「硬派」「伝統」といったイメージとは真逆のアプローチですが、これまでサッカーに興味がなかった層に振り向いてもらうための挑戦です。槙野監督の招へいも同様で、槙野氏の発信力やキャラクターは、クラブに圧倒的な注目と新しい風をもたらしてくれています。

(※)明治安田Jリーグ百年構想リーグ:2026年8月からの「秋春制」完全移行に伴い、同年2月〜6月に開催されるJ1〜J3の全60クラブが参加する特別大会。

ーー話題性で集めた注目を、どのようにしてクラブの収益や組織力に還元していくのですか。

徳田航介:
私たちは、特定の企業の決裁権を持つキーマンを狙い撃ちするような営業手法だけに頼ってはいません。重視しているのは、ファン同士の誘い合いの連鎖です。スタジアムに来てくださるお客様の中に、企業の社長や役員の方が紛れていることは珍しくありません。あるいは、熱心なサポーターが、実は地元有力企業の社員で、その熱量が社内を動かすこともあります。

だからこそ、スタッフには「一期一会」の精神を徹底させています。どれだけ試合が面白くても、運営スタッフの対応が悪ければ、その瞬間にビジネスの種は消えてしまいます。スタジアムという空間で異様なほどの熱狂とホスピタリティが揃ったとき、たまたま訪れた偶然が、スポンサー契約という必然に変わる。そうした地道な積み重ねが、組織を強くすると信じています。

地域を巻き込み、スタジアムを「非日常空間」へ

ーーJ1昇格と定着に向け、どのようなビジョンを描かれていますか。

徳田航介:
J1に昇格するためには、現在の売上高約10億円から、最低でも15億円、20億円という規模へ成長させる必要があります。そのためには、地域企業とのパートナーシップのあり方も変えていかなければなりません。単に看板を出していただくだけでなく、その企業の従業員の皆様がスタジアムに足を運びたくなるような仕掛けが必要です。

「藤枝MYFCの試合に行けば、何か面白いことがある」「スタジアムに行くと元気になれる」。そう誰もが感じるような、非日常の熱狂空間をつくり出し、地域の方々の生活の一部になること。それが、スポンサー企業への還元にもなり、クラブの収益基盤の強化にもつながると考えています。

ーー最後に、求める人材像と読者へのメッセージをお願いします。

徳田航介:
私たちは今、成長の過渡期にあります。サッカーが好きというだけでなく、ビジネスとしてこのクラブをどう大きくしていくか、そのプロセスをワクワクしながら楽しめる人と一緒に働きたいですね。スタジアムで数千人が一斉に声を上げ、感情を爆発させる光景は、他では味わえない感動があります。まだスタジアムに来たことがない方は、ぜひ一度、その熱狂を体験しに来てください。

編集後記

「サッカーを知らないからこそ、ビジネスとして冷静に見ることができた」と語る徳田氏。その言葉の端々からは、合理的な経営判断と、エンターテインメントへの熱い情熱の双方が感じられた。「可愛い」戦略や槙野監督の起用など、常識を打ち破る施策の数々は、すべて「スタジアムを熱狂させる」という一点に向かっている。異色の経歴を持つリーダーが牽引する藤枝MYFCは、これからもJリーグに新たな驚きを提供し続けてくれるだろう。

徳田航介/1985年5月20日生まれ、日本大学生物資源科学部卒。アジア航測株式会社に入社し、その後株式会社静環検査センターに入社。東京支店に配属され営業として主に官公庁からの業務に従事。3年後に経営企画室に異動し、同時期に関係性を深めた株式会社藤枝MYFCに関わる業務に携わる。その後、本格的に同社の運営に参画し、多岐にわたる業務を経験したのち、2021年4月に代表取締役に就任。