※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

生活用の塩の供給や備蓄などを手がける公益財団法人塩事業センター。製塩技術、分析技術、塩と食に関する研究開発や、塩の文化や歴史などの人文学的な調査研究も行っており、塩業界を代表する機関として、社会に広く貢献している。

代表理事を務めるのは、日本たばこ産業株式会社(JT)で海外勤務などを経験し、同機関へ2015年に企画部長としてやってきた深澤元博氏だ。「入職当初は多くの苦労があった」と語る深澤氏に当時のエピソードと今後実現したいことを聞いた。

中期経営計画や人事評価制度がないことに驚き、社内改革に着手

ーー塩事業センターで働くことになった経緯や、入職時の印象を教えてください。

深澤元博:
塩事業センターはJTの塩事業部門を引き継ぐ形で始まった機関で、JTで働いていた私は企画部長として入職することになりました。

JTと組織風土が似ており馴染みやすく感じた一方、JTではすでに変更・廃止された規程や規則が残っており、変化を好まない組織だという印象を持ったことを覚えています。

職員の印象は、真面目で優しく優秀な一方で、積極性に今一つ欠けているというふうに感じました。ただ、消極的なのは職員たちが悪いのではなく、組織の構造に問題があると思いました。

JTで長年勤めてきた人たちが弊センターへ来て、彼らが役員・管理職などのポジションに就き、会社の方針などをすべて決めるといった流れができていたのです。また、彼らの指示を聞くだけで社内の業務が回るようになっていたため、どうしても社員たちは指示待ちの傾向になってしまっていました。

また、最も驚いたのが、中期経営計画や人事評価制度がなかったことです。公益法人であっても目標と評価は必要ですから、入職直後から中計と評価制度の導入検討について、私が音頭をとってプロジェクト体制で進めてきました。

人財育成の視点から組織を変革。4年のときを経て新たな評価制度を導入した

ーー入職後、特にどういった点に苦労しましたか。

深澤元博:
最も苦労したのが、人事評価制度の見直しです。私はJTで人事評価制度の構築に関わったことはなかったので、見直しの際は経験豊富なコンサルの意見も参考にしながら制度設計を組み立てました。そのため、正直なところ「職員たちは受け入れてくれるだろう」という自信がありました。

しかし、2017年下期から導入しようと調整していたある日、職員たちから大反発を受けて、導入が大幅に遅れることになったのです。

反対の理由は、職員たちにもローンや子どもの教育への支払いがあり、評価が変わることで減給されると困るといったものでした。

説明をしたものの納得してもらうことはできず、議論は平行線のまま。完全に行き詰ってしまい、当時の代表理事に「自分が責任を取って会社を辞める」と伝えるほどの状況になりました。

ーーどのようにしてその壁を乗り越えたのでしょうか。

深澤元博:
今までは評価制度という「ツール」の導入にこだわっていましたが、人事制度を総合的に捉え、時間がかかっても人財育成の視点から組織の変革にアプローチしようと方針を変更しました。

この人財育成の一環として打ち出したのが、「考動人財」です。「考動」には「自ら考え自ら行動する(自律化する)」こと、「人財」には「職員を有益で大切な宝と考える」ことをメッセージとして込めました。

また、評価制度・職級制度・報酬制度の三位一体での制度改革に着手するとともに、良好な組織風土構築に向けた相互理解プログラム研修なども実施。合計4回の説明会を開き、4年以上かかって、ようやく新人事制度に基づく評価制度を導入でき、今ではすっかり定着して、職員たちがもともと持っていた高い潜在能力が発揮できるようになったと考えています。

とても大変でしたが、私の会社人生の中で最も貴重な経験だったと感じています。

暮らしに欠かせない「塩の価値」を伝える発信活動に力を入れていく

ーー改めて、事業内容を教えてください。

深澤元博:
塩事業センターは、「食塩」などの生活用の塩の供給・備蓄業務などを手がける公益財団法人として、離島や過疎地を含め、弊センターと契約した全国の販売店を通じて、これらの生活用の塩を誰でも購入しやすい価格で販売しています。

また、塩に関する調査研究も行っており、たとえば小田原にある海水総合研究所では、塩づくりの効率化、塩の品質に関する研究や塩・海水・にがりを対象とした受託分析を実施しています。

ーー今後の展望を聞かせてください。

深澤元博:
大きな展望は、塩の価値向上に向けた施策を打ち出していくことです。

昨今、少子高齢化の影響や減塩意識の高まりなどから、塩の需要が減っていくことが予測されます。また、塩は人々の生活に不可欠で、代替性のない食品であるにも関わらず、高血圧などの疾病の原因になるとされ、「塩=悪者」というイメージを持つ人も少なくありません。

こうした現状の中、塩の製造、輸入、流通に携わる業界や、塩のユーザー等の関係業界が一致団結し、塩に対する理解促進施策の検討を2016年から開始。その事務局機能を、弊センターが担うことになりました。

その中で生まれたのが、「ひとりひとりにちょうどよく たのしくかしこく “塩を知り塩と暮らす”」をキーワードに掲げ、塩について理解を深めてもらうための活動です。

この活動は「塩と暮らしを結ぶ運動」略称「くらしお」と称しており、塩の機能・効用など、塩の大切さや塩の歴史や文化の発信に加え、ポスターの掲示、ウチワの配布、さらにイベントで塩飴を配るなど、熱中症対策としての塩分補給の重要性などを訴えてきました。

また、公式サイトでは塩を使った料理のレシピなども紹介しており、日常で使える塩のお役立ち情報なども公開しています。

こうした活動にも今後力を入れ、人々の暮らしや生命維持に欠かせない塩の大切さを伝えていきたいと思っています。

編集後記

職員との対話を重ねることで自身の考え方を見直し、根気強く説明することで評価制度をつくり直すことができた深澤代表理事。大変な出来事だったと語る一方で「貴重な経験にもなった」という言葉からは、同氏のポジティブな人柄が垣間見えた。

大きな苦難を乗り越えた同氏なら、塩の価値向上という目標にも前向きに取り組み、多くの人が抱える「塩=悪者」というイメージを払拭してくれるはずだ。

深澤元博/1959年東京都出身。1983年に東京大学農学部農業経済学科卒業後、日本専売公社(現:日本たばこ産業株式会社(JT))に入社。JTでは主にたばこの原材料調達や営業等に携わり、米国と英国での8年半の海外勤務も経験。2015年に企画部長として公益財団法人塩事業センターに入職。2016年に理事、2018年に常務理事を経て2020年6月に代表理事に就任。