
物流業界の最前線で汗を流す経営者たち。彼らが抱える苦悩を独自のビジネスモデルで解決する若き起業家がいる。株式会社運送社長支援の創業者、伊藤優樹氏だ。中学生のころから日給5000円の現場仕事に従事し、その後飛び込んだ営業の世界ではトップセールスに登り詰めた伊藤氏。20歳で起業を果たした同氏は、現在、軽貨物運送業界における画期的な仕組みを構築している。なぜ自らの足で稼ぐのではなく、社長たちを支援する道を選んだのか。その背景には、壮絶な原体験と徹底した合理主義があった。
お金が選択肢を奪う原体験から生まれた「起業」への執念
ーーまずは、幼少期のお話からお聞かせください。
伊藤優樹:
私の両親は朝から夜まで働きづめで、家には誰もいない環境でした。両親はいつもお金が原因で喧嘩をしていて、最終的には離婚することになったのです。また、祖父が脳梗塞で倒れた際、お金がなくて手術ができなかったことがありました。お金がないだけでこれほど生活が困難になるのかと痛感し、中学生のころには「サラリーマンになってはダメだ」「起業する」と決意したのです。当時学校へは、給食のチャイムが聞こえたら食べに行き、食べ終わればすぐに家に帰ってビジネス書を読み漁るような日々でした。
ーーその後、早くから社会に出られたのですか。
伊藤優樹:
中学校時代から、日給5000円で屋根の防水シールを打ち込む現場仕事に従事していました。転機となったのは、14歳のとき、友人と二人で遭ったバイク事故です。私は左手首の負傷だけで済みましたが、友人は植物状態になってしまいました。そのとき、「体が資本の仕事は、いざというときにできなくなる」と悟りました。そこから社会の仕組みを学ぼうと、モノを売る営業の世界に飛び込むことにしたのです。
10社を渡り歩きノウハウを吸収 そして20歳での独立
ーー営業の世界ではどのようなご経験をされたのでしょうか。
伊藤優樹:
営業の世界に飛び込んだ私が最初に従事したのは、Wi-Fiや光回線のテレアポ営業で、1日に200〜300件電話をかける日々を送っていました。その結果、全国に1400人ほどいたオペレーターのなかで、常時2位の成績を収めることができたのです。私は「20歳で起業する」というタイムリミットを決めていたので、ひとつの会社に長く留まるのではなく、半年ごとに会社を変えてノウハウを吸収し、自らの糧にするという行動を意図的に繰り返していました。
ーー20歳で起業後、どのような経緯で運送業に関わるようになったのですか。
伊藤優樹:
2019年に最初の事業を立ち上げました。当初はそれまでの経験を活かして訪問販売を行っていましたが、転機となったのは障害を持った友人の存在です。彼は車の免許を取り、Amazonの配達員としてしっかりと稼いでいました。それを見て、「軽貨物運送という業界は、たとえハンディキャップがあっても努力次第で高い収益を得られる、夢のある場所だ」と確信し、軽貨物運送事業に可能性を感じたんです。そこで私は、単に私が現場に出るのではなく、営業時代に培った集客のノウハウを活かしてドライバーを組織化する側に回りました。そして、たった10ヶ月で160人のドライバーを集めることができたのです。
リスクを背負う社長が報われる「丸投げ」の仕組み

ーーそこから現在の事業へとどのようにつながるのでしょうか。
伊藤優樹:
軽貨物事業を進める中で気づいたのは、誰よりもリスクを背負って仕事に打ち込んでいるにもかかわらず、正当に報われていない社長があまりにも多いという現実です。社長こそが誰よりもいい思いをするべきだと思い、私たちが代わりに「手離れの良い」軽貨物運送事業の立ち上げをサポートするサービスを始めました。
ーー改めて、現在の具体的な事業内容を教えてください。
伊藤優樹:
主に3つの事業があります。1つ目は、会社売却を見据えた事業立ち上げを支援する「M&Aクエスト」です。将来的に会社を売却(M&A)する前提で、軽貨物運送事業の立ち上げをサポートするサービスです。次にドライバー(運転職)採用のプラットフォームである「ドライバーバンク」。そして、求人運用や社長がするべきではない雑務などを弊社に委託していただく「ドラ秘書リモート」です。「運送経営をまる投げ」できる仕組みやサービスを長期で構築し展開していきます。同じモデルを展開している同業他社は他にありません。
属人性を排除し業界に「なくてはならない」存在へ
ーー今後の会社の目標や展望をお話いただけますか。
伊藤優樹:
私が理想としているのは、属人性を徹底して排除した組織なので、人への依存ではなくプラットフォームづくりに注力しています。現在、ウェブ版のプラットフォームの公開に向けて動いており、これが本格的に動き始めれば採用も強化していきます。出身企業や性別などは問わず、意欲の高い「いいやつ」にぜひ来てほしいですね。
ーー数年後の未来像はどのように描いていますか。
伊藤優樹:
近い将来、3年以内には事業を譲渡することも見据えて、価値のある会社をつくっています。そのときに、会社が運送業界、ひいては日本にとって「なくてはならない」存在になっていること。それが私の目指す社会における弊社の存在意義です。
編集後記
「お金がないことで選択肢が狭まる」。幼少期の強烈な原体験が、伊藤氏の桁外れな行動力と合理性の源泉となっている。自身の痛みを乗り越え、現在は、リスクを背負う経営者を勝たせるための唯一無二の仕組みを提供している。属人性を排除し、プラットフォームとして物流業界の課題解決に挑むその眼差しは、数年後の大きなゴールをはっきりと捉えていた。若き連続起業家が描く未来図から、今後も目が離せない。

伊藤優樹/1999年7月23日生まれ。中学校卒業後、営業会社を10社ほど経験し、2019年に個人事業主として開業。その後、2022年10月に株式会社LPUを設立、代表取締役に就任。2024年9月に株式会社運送社長支援を創業。今後その他法人3社にも注力していく。