※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

1988年の創業以来、Tシャツ等のプリント事業を主軸としてきた株式会社トランパックジャパン。二代目、代表取締役の中島正人氏は、法人受注中心だったビジネスモデルを刷新し、一般消費者向けオンライン販売(EC)へ舵を切った。「タイダイ染め」ブームを牽引するなど既成概念に縛られない改革の根底にあるのは、「どうすればできるか」を考える可能思考だ。独自のキャリアを歩んできた中島氏に、その信念と改革の裏側にある真意を問うた。

泥臭い営業で培った「折れない心」と商売の本質

ーー家業を継ぐ以前のキャリアについてお聞かせください。

中島正人:
幼い頃から父の背中を見て育ち、「いつか社長になりたい」という漠然とした思いがあったため、父の会社には入らず独立する道を選びました。そして22歳の時、知人と共に人材派遣会社を立ち上げました。ただ、いきなり経営が軌道に乗ったわけではありません。20代は経営者としてだけでなく、一人の商人として足腰を鍛える「修行の期間」でもありました。

その修行時代の中で、特に強烈に記憶に残っているのが、独立前の21歳の時、初めて就職した競馬予想ソフトの営業職です。電話帳リストを片っ端からかけ続け、競馬愛好家に一本100万以上もするソフトを売り込む。今振り返れば、非常に泥臭い仕事でした。

ーー当時の経験は、現在の経営にどのように活きているのでしょうか。

中島正人:
培われたのは強靭なメンタルと、商売の基礎体力です。何百件電話をかけても、大半は門前払い。それでも受話器を置きませんでした。「どうすれば興味を持ってもらえるか」「どうすれば信頼を得られるか」を必死に考え続けたのです。「自分という人間を信頼してもらい、価値を届ける」。この体験こそが、私の行動指針である「まずはやってみる」という姿勢の土台となっています。

妻の協力の元、市販の染料を使い自宅のお風呂場で始まった「タイダイ染め」革命

ーー貴社に入社された後、どのようなことから着手されましたか。

中島正人:
入社当時は、アパレル会社の注文をメインに、企業ユニフォームやノベルティ制作といった法人案件が売上高の大半を占めていました。しかし、個人の発信力が強まる時代の流れを鑑み、一般のお客様に向けたオンライン販売への転換を決断したのです。その中で生まれたヒット商品が「タイダイ染め」でした。海外では流行の兆しがありましたが、日本国内で本格的に取り組んでいる業者は皆無に等しい状態でした。

ーー未開拓の市場に対し、どのようなアプローチをとられたのでしょうか。

中島正人:
動機は単純です。「誰もやっていないなら、うちがやる」。まさに直感でした。すぐに妻に相談して、市販の染料を購入し、自宅のお風呂場で見よう見まねで染め始めてもらいました。専用の設備もノウハウもありませんでしたが、「とりあえず形にしてみる」ことから始めたのです。妻の協力もあり試行錯誤の末に完成したサンプルを自社サイトに掲載したところ、予想を遥かに超える反響がありました。著名なアーティストやアパレルブランドからのオファーも舞い込み、事業の柱へと成長しました。「設備がない」「経験がない」と諦めていたら、現在の弊社の強みである加工事業は存在しなかったでしょう。

原宿ショールームに込めた「手触り」へのこだわり

ーー実店舗は開設されているのでしょうか。

中島正人:
デジタルの時代だからこそ、お客様と直接触れ合える「リアルな場」が不可欠だと考え、原宿にショールーム兼実店舗を構えました。トレンドの発信地である原宿に拠点を置くことで、単なる商品の受け渡し場所ではなく、偶発的な出会いが生まれるコミュニティスペースを目指したのです。弊社を知らない方がふらりと立ち寄り、Tシャツの質感やプリントの技術に触れていただく。それがファンづくりへの第一歩です。

ーー店舗づくりにおいて、特にこだわった点はありますか。

中島正人:
お客様の心が躍るような空間づくりを意識しました。工場のような無骨なインダストリアルデザインと、洗練された雰囲気を融合させています。ここではプリントの相談だけでなく、実際に素材を見て、触れることができます。ネット上のやり取りだけで完結させるのではなく、対面でのコミュニケーションを通じて「トランパックジャパンにお願いしたい」という信頼関係を築く。一人ひとりのお客様を大切にしたいという、私の意志の表れでもあるのです。また、セルフプリントスペースも完備し、お客様が自らプリントできるスペースも完備しています。

「可能思考」で未来をつくる仲間と共に

ーー仕事をする上で、大切にされている信念やポリシーはありますか?

中島正人:
私が常に意識しているのは、「可能思考」です。これは、どんな困難な状況でも「どうすればできるか」を考える姿勢のことです。世の中には、やる前から「予算がない」「時間がない」「こういう理由でできない」とやらない理由を並べる方、そして自分の固定観念から外れることを恐れる方が多いと感じますが、それでは何も変わりません。まずはやってみる。走りながら考える。もし失敗したら、そこで修正すればいい。そのスピード感こそが、変化の激しい時代を生き抜く唯一の方法だと信じています。

ーー今後の展望と、求める人物像について教えてください。

中島正人:
今後はDXやAI技術を積極的に取り入れ、業務効率化と新たな付加価値の創出に挑みます。目指す頂は、Tシャツ製作において誰もが真っ先に「トランパックジャパン」を想起するブランドとなることです。そのために必要なのは、私と同じく「可能思考」を持った人材です。指示を待つだけの姿勢では通用しません。「こんな挑戦をしてみたい」「こうすればもっと良くなる」と自ら手を挙げ、失敗を恐れずに前進できる方と共に、新たな歴史をつくっていきたいと考えています。

編集後記

妻の協力の元、市販の染料を使い自宅のお風呂場で始まった「タイダイ染め」事業の誕生秘話は、中島氏の経営スタイルを如実に物語る。緻密な計算よりも、まずは一歩を踏み出す行動力。その「可能思考」が、老舗企業の枠を超えたイノベーションを次々と生み出している。熱く語るその姿からは、商売を心から楽しみ、次なる一手を楽しげに構想する「起業家」としての静かな情熱が溢れていた。

中島正人/1983年神奈川県横浜市生まれ。22歳で知人と人材派遣会社を大阪で設立。その後、横浜にて別法人の人材派遣会社を代表取締役として設立。2008年、父が創業したプリント会社の代表取締役に就任。2015年、関連会社として染色をメインとする染色会社を設立。