※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

東京23区を中心に、ビール1本から送料無料・即日配達というサービスで成長を遂げてきた「なんでも酒やカクヤス」。現在、持株会社である株式会社ひとまいるの代表取締役社長を務めるのが前垣内洋行氏だ。同社は、上場準備やコロナショックの巨額赤字など数々の修羅場を乗り越え、現在は酒類にとどまらない新たな物流プラットフォーム構築に挑んでいる。「常に変わり続ける」姿勢を持つ同社が、なぜ今社名を変え、有償配送やコールドサプライチェーン構築に乗り出したのか。前垣内氏に変革の裏側と未来への展望をうかがった。

出店ラッシュと上場準備から学んだ「お客様第一」の経営信念

ーーまずは入社当時はどのような状況だったのでしょうか。

前垣内洋行:
私が入社した2002年頃は、ちょうど東京23区を半径1.2キロの円で埋め尽くすような出店ラッシュの真っ只中でした。当時の私は経理職として入社したのですが、出店ペースに経理処理が全く追いついておらず、事務所の奥には書類が入ったビニール袋の山ができているような状態だったのです。大変な日々でしたが、凄まじい成長期に入社したことが私にとって最初の転機になりました。

その後、会社が規模を拡大していく中で、私たちのチームには「いつでも上場できる会社にするための体制をつくる」というミッションが与えられました。そこで経理や財務、経営企画にも携わりながら、統制を含めた体制構築に奔走することになったのです。未経験のことばかりでしたが、会社とともに大きく成長することができました。

ーー特に印象に残っていることは何ですか。

前垣内洋行:
佐藤会長のそばで働けたこと、そして近くで経営の実態を見させていただいたことは非常に大きかったですね。一番心に残っているのは、「サービスをつくる時に、最初からコストを考えると絶対につまらないものができる」という教えです。「まず、お客さんがどうして欲しいのか?という願いを叶える目線からサービスをつくり、うまくいった後に算盤を合わせればいい」という考え方を学びました。この「お客様第一」の姿勢は今の経営にも強く根付いており、私たちが常に変わり続けてこられた理由でもあります。

コロナショックの巨額赤字を乗り越えアフターコロナを見据えた「攻め」の投資

ーー2020年に取締役に就任されましたが、コロナショックはどのように乗り越えられたのですか。

前垣内洋行:
取締役に就任し、さらに責任を持って取り組むようになった矢先に直面した未曾有の危機でした。飲食店の営業規制により売上高が一気に減少し、当時の飲食店向けの売上高は2割にまで落ち込んだのです。毎月1億円以上、年間で20億から30億円規模の赤字が出る状況が2年ほど続き、心理的な安定を保つのが本当に大変でした。

しかし、苦境の中でも確信がありました。飲食店向けの需要がなくなる一方で、個人の家庭向けの出荷が4割ほど増えていたのです。「コロナが収束すれば必ず飲食店の需要は戻る」と考え、赤字を出しながらでも、あえて23区の繁華街地域に20拠点ほど出店を加速させ、飲食店が戻った時にも対応できるようにお届けを安定化させる体制を整えたのです。

ーー守りに入るのではなくあえて攻めの姿勢を貫かれたのはなぜでしょうか。

前垣内洋行:
居酒屋にとっては、弊社の供給が止まれば商売そのものが立ち行かなくなる。それほど重要な役割を担っているという供給責任を、私たちは常に自覚していました。その供給責任を果たすとともに、配達体制を逆に強化することで、アフターコロナに備えました。ライバル企業が人を減らしたり車を手放したりして規模を縮小して乗り切ろうとする中、私たちは体制を拡大して乗り越えたため、その後の配達サービスにおいて圧倒的な差を生むことができたと考えています。

社名変更の真意と「酒」以外の柱を立てる次世代の物流戦略

ーー社長へ就任された当時、業界内はどのような状況だったのですか。

前垣内洋行:
コロナショックを経て、消費者の意識や行動が大きく変わっていました。たとえば、二次会や三次会まで参加する習慣が減り、「大人数での宴会は必ずしも必要ない」ということに多くの方が気づき始めたのです。

また、酒類市場全体も縮小傾向にあります。これまでは酒税法の改正や運賃高騰といった外部環境の変化に対応するため、自社物流センターを立ち上げるなど、会社を変化させてきました。しかし今回は、こうした消費者の変化に対応すべく、より長期的な目線で「お酒以外の事業の柱」を立てる必要性があると考えています。そのため、抜本的な「事業再編」を行っており、その第一フェーズとして、持株会社の社名をカクヤスグループから「ひとまいる」へと変更しました。

ーー「ひとまいる」という社名にはどのような思いが込められているのでしょうか。

前垣内洋行:
一つは、弊社の社員が自らお届けにあがる「人が参る」という意味。もう一つは、物流の要である「ラストワンマイル」の和風な表現です。いつまでも「カクヤス」という名前だと「酒屋」のイメージが強すぎるため、思い切ってひらがなの「ひとまいる」に変え、新しい物流企業へと変わっていく決意を込めました。

ーー具体的にはどのような新しい取り組みをされているのですか。

前垣内洋行:
「なんでも酒やカクヤス」の最大の強みは、23区内であれば365日、ビール1本から送料無料でお届けできるきめ細やかな物流網と、それを支える自社システム、そして自社社員による配達クオリティです。このインフラを活かし、他社の商品を弊社のネットワークで運ぶ、有償配送のテストを進めています。

また、有償配送のノウハウを持つ会社をグループに迎え入れ、グループ会社「ひとまいるロジスティクス」としての連携を深めています。さらに、事業再編の第一フェーズとして、平和島の物流センターに冷蔵・冷凍・パーシャル温度帯に対応した倉庫管理の設備を新設し、飲食店からのニーズが高いコールドサプライチェーンの課題解決にも取り組んでいます。

世界最大手のECサイト出身チームも驚く「伸びしろ」 DXとAIによるシステム刷新

ーー今後の注力テーマとして挙げられているDXやAI活用についてお聞かせください。

前垣内洋行:
現在は開発部隊が「二正面作戦」でシステムの刷新に取り組んでいます。一つは、システムの抜本的な刷新です。従来の基幹システムは拡張性が乏しく、新しいサービスを導入しようとしても柔軟に対応できない課題がありました。そこで現在は、外部の最新ツールや新しいビジネスモデルとも迅速に連携できる、拡張性の高いシステムへのつくり替えを進めています。これにより、さまざまなサービスに対してスピーディーに対応できるようになります。

さらに、物流センターの発注業務においては、過去のデータを活用したAIによる需要予測を導入しています。これまでほぼ人の手による人海戦術で行っていた業務ですが、AIを活用した結果、適正な在庫量を維持しつつ欠品を劇的に減らすことに成功しました。世界最大手のECサイトで開発を行っていたチームが弊社に加わっているのですが、彼らから見ても「まだ人海戦術でやっているのか」と驚かれるほど、弊社の物流にはDXによる圧倒的な伸びしろがあると感じています。

ーー物流事業において、貴社ならではの特徴があれば教えてください。

前垣内洋行:
弊社の物流の大きな特徴は、平和島にあるマザーセンターから、東京23区内に配置した約250の拠点に対して毎日配送を行っている点です。すでに確立されたこの太い物流網に他社様の商品をプラスオンして運ぶ形になるため、弊社としては追加のコストがほとんどかかりません。そのため、物流事業としては後発であっても、コスト面で他社様に十分なメリットを提示できると考えています。

また、飲食店向けのお酒の配達では、お届けするだけでなく使い終わった空容器(リターナブル容器)を引き取るという作業が日常的に発生します。つまり、お届けする「動脈物流」だけでなく、拠点に回収して戻る「静脈物流」の双方が走っているのです。この仕組みを応用し、現在テスト導入いただいている企業様の中には、本社便のように書類を静脈物流で持ち帰るといった活用をされているケースもあり、多種多様な可能性が広がっています。

ーー飲食店の課題に対しては、どのようにアプローチしていますか。

前垣内洋行:
大手チェーン店様にはメーカーの営業担当がつきさまざまな情報が提供されますが、弊社の主要顧客である個人経営の飲食店には担当者がつかず、トレンドや新商品の情報が行き届きにくいという「情報の非対称性」が存在しています。そこを埋めるため、毎年5月に池袋のサンシャインシティ 文化会館ビルで大規模な展示会を開催し、酒蔵様やワインインポーター様などをお招きして個人飲食店とお引き合わせする場を形にしました。展示会ではお酒に限らず、レジのツールやコンサルティング支援など飲食にまつわるさまざまな課題解決のワンストップでの提案を行っています。

また、資本業務提携を結んでいる株式会社ミクリードの食材も提供し、実際にお酒を飲み、食事をしながら新メニューを選んでいただける実践的な場という位置づけです。今後は、弊社が自社で持っている販促、受注、配達指示から請求決済までの一連のシステムインフラを他社様にもマーケットプレイスとして開放していくための開発にも着手した次第です。これにより、自前のシステムを持たない企業様にも弊社の資産を活用していただき、業界全体の発展に貢献したいと考えています。

酒類業界の持続可能性を高め地域の願いを叶える企業へ

ーー既存の酒類事業については今後どのように展開していくのでしょうか。

前垣内洋行:
私たちは「酒類業界の持続可能性」を高めるため、供給と需要の両面から改革を進めています。まず「供給サイド」では、他社様の商品を運ぶ有償配送によって全体の物流量を確保し、業界の物流網そのものを維持することを目指しています。一方で「需要サイド」では、酒文化を次世代につなぐための需要喚起が欠かせません。たとえば日本酒は、その風味を活かしつつソーダで割ることで、アルコール度数をビールに近い7度程度に抑える「酒ハイ」という飲み方を提案しています。これにより、日本酒に馴染みのなかった層にも「食中酒」として楽しんでいただける機会を創出しています。

また、元日に搾り上げたばかりのお酒を元日中に食卓にお届けする「元日初搾り」のような、物流機能を活かした鮮度感のある体験も提供しています。こうした真摯な取り組みを続けることで、「安売り」のイメージを払拭し、多くの蔵元様から新たに特約契約をいただけるようになるなど、生産者様と飲食店をつなぐ強固な架け橋へと進化を遂げています。

ーー最後に今後の展望や目指す会社像についてお聞かせいただけますか。

前垣内洋行:
私たちは「地域の皆様の願いを叶えること」を大切に考えています。コロナショックで感染した方にキットが配られた際、本来であれば弊社のようなきめ細やかな物流網を持つ企業が担うべきだったのではないかと感じました。将来的には、ただ物を運ぶだけでなく、本当の意味で地域の皆様のお役に立てる会社になりたいと考えています。「ひとまいる」という新しい看板のもと、常に変わり続けながら、お客様に新たな価値を提供し続けてまいります。

編集後記

前垣内氏へのインタビューを通して強く感じたのは、変化を恐れず、むしろ変化を力に変える圧倒的な推進力だ。出店ラッシュの波に揉まれ、コロナショックという未曾有の危機の中で巨額の赤字に直面しながらも、決して守りに入ることなく「お客様の願い」に応えるための投資を続けた姿勢には、揺るぎない経営信念が宿っている。酒類配送で培った「ラストワンマイル」の圧倒的な強みを武器に、有償配送やコールドサプライチェーンといった新たな領域へ踏み出す同社。「カクヤス」から「ひとまいる」への社名変更は、単なるリブランディングではない。地域社会に不可欠なインフラ企業へと進化を遂げ、持続可能な未来を切り拓いていく同社の飛躍が楽しみだ。

前垣内洋行/1972年5月16日生。埼玉県出身。2001年国士舘大学院政治学研究科憲法学専攻修了。卒業後の2002年、株式会社カクヤス(現・株式会社ひとまいる)に入社。財務経理部門の執行役員として、グループ内事業再編や新規上場業務に尽力。2020年に株式会社カクヤスグループ(現・株式会社ひとまいる)取締役に就任後、M&A業務を中心に従事。2023年6月代表取締役社長に就任。2024年6月より代表取締役社長 兼 CEOを務める。