※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

株式会社アルテジェネシスは、美容業界で「Ash(アッシュ)」や「チョキペタ」などの多様なブランドを展開し、圧倒的な存在感を放っている。同社を率いる代表取締役会長CEOの吉原直樹氏は、美容機器メーカーの営業という異色の経歴を持つ人物だ。28歳で美容学校へ入学し、現場の泥臭い経験から独自の経営信念を築いた。上場企業のポジションを捨て非公開化に踏み切った背景には、「美容師が一生涯輝き続ける環境をつくりたい」という強い信念があった。吉原氏の歩みと美容業界の未来を切り拓く独自戦略について話をうかがった。

記憶に残る仕事を 28歳で美容学校へ入学した覚悟

ーーまずは、キャリアのスタートについてお聞かせください。

吉原直樹:
私のキャリアの始まりは、新卒で入社した美容機器メーカーのタカラベルモント株式会社でした。入社後は営業に配属されましたが、最初は非常に苦労しましたね。結局、営業とは単にモノや技術を売るのではなく、最後は「自分という人間を売る」ことなのだと気づくまでに、2年ほどかかったのです。真面目にやっているだけでは勝てません。人間性で支持してもらわなければ営業として生き残れないと痛感しました。

ーーそこからどのようにご自身の営業スタイルを確立されたのですか。

吉原直樹:
ある著名な美容室のオープン前夜の出来事が、私の原点になっています。他社のセールスが定時で帰る中、私は仕事が終わっても帰らず、深夜になってもお店に残り続けました。そして、開店祝いの花を並べ替えたり掃除をしたりと、本来の業務ではない開店準備を手伝い続けたのです。その時、お店のマネージャーから「仕事以上の仕事をして初めて記憶に残る」と教わりました。これらの経験から、モノではなく自分自身を売り込み、相手の記憶に残るプロフェッショナルな仕事をしなければならないと強く感じました。

ーーその後、どのような経緯で美容室の運営側に回られたのでしょうか。

吉原直樹:
その後、美容室のチェーンに転職し、店舗開発などを担当していました。ただ、繁盛する店をつくるためには、自分自身も現場に立ち、仕事内容を根本から理解しなければならないと痛感したのです。そこで、働きながら28歳で美容学校に入学し、31歳で美容師免許を取得しました。周りは10代の若者ばかりで、やったこともないことをやることに対して苦痛を感じることもありました。それでも、技術が上がっていくにつれて仕事が面白くなっていくという経験を、身をもって知ることができた大切な期間でした。

ーー大ヒットブランドとなった「Ash」はどのようにして生まれたのですか。

吉原直樹:
最初は商店街の2階にある、条件の悪い小さな店舗からのスタートでした。そこで地道にチラシを配り、顧客を開拓するノウハウを蓄積していきました。やがて、業界の課題であった「優秀な美容師が育つと独立して辞めてしまう」という構造的な問題を解決するために、合理的な契約に基づいた暖簾分け型フランチャイズシステムを構築したのです。

暖簾分けを進める中で、当初は「好きな名前をつけて自分でやって」と伝えていましたが、ある店舗が「Ash」というブランドで出店したところ、それがものすごく当たったのです。その格好良さに皆が集約していき、結果として一つのブランドになっていきました。当時、美容室は外から中が見えない隠れ家的な設計が普通でしたが、「Ash」はあえてフルオープン(ガラス張り)の店舗デザインを採用しました。外から若手美容師たちが活気ある姿で働く様子が街に伝わる透明性の高いデザインは非常に格好良く、これが爆発的なヒットの大きな要因となったのです。

業界唯一の「全方位戦略」とそれを支える圧倒的な教育DX体制

ーー現在多様なブランドを展開されていることにはどのような狙いがありますか。

吉原直樹:
私たちが目指しているのは、一部のハイエンドな層だけでなく、地域に住むすべてのお客様のニーズに応える美容室です。中高生からお年寄りまで、ターゲット層や求めるサービスは全く異なります。車にたとえるなら、高級車に乗りたい人もいれば、手頃な大衆車を求める人もいるのと同じです。そのため、20代をターゲットにしたトレンド重視の「Ash」から、40代から70代向けのメンテナンスサロン「チョキペタ」まで、客層や単価が異なるブランドを網羅する「全方位戦略」をとっています。このような多様なポートフォリオを持ち、地域のすべての顧客ニーズをカバーできる点が、業界唯一の強みだと自負しています。

ーー多様な店舗を展開する上で技術やサービスの質はどのように担保しているのでしょうか。

吉原直樹:
技術の平準化と向上を目的に、自社でアカデミーを運営しています。弊社には年間300名の新卒と200名の中途採用者が入社してきますが、彼らが日本トップクラスの技術を体系的に学べる環境を整えています。私はもともと美容師を目指してこの世界に入ったわけではありませんでした。そのため、技術の世界で「自分が一番だ」というようなプライドがなく、どこへでも頭を下げて勉強に行くことができたのです。外部の優れた技術を持つ方々に頭を下げて教えを請い、自社のアカデミーにそのノウハウを取り入れてきました。この高い教育力を維持する圧倒的な体制があるからこそ、多店舗展開が可能になっています。

ーーその他DXなど現在推進されている取り組みはありますか。

吉原直樹:
美容業界のイノベーションの多くは、予約サイトなど外部からもたらされたものです。私たちはそれに素早く対応し、ネット予約への完全移行を進めました。また、現在ではキャッシュレス決済比率が75%に達しており、いずれは100%に達するものと考えています。昔は電話対応や1円単位の現金のやり取りでレセプションの負荷が非常に高く、ストレスの多い業務でしたが、ネット予約やキャッシュレス決済への完全移行などのDXによってその業務を大幅に削減しました。結果として、美容師が本来の技術やサービス、お客様とのコミュニケーションに集中できる環境を生み出し、高い収益性を両立させています。

20歳から80歳まで美容師が一生涯輝ける「生涯美容師」構想

ーー今後のビジョンとして掲げられている「生涯美容師」とはどのような構想でしょうか。

吉原直樹:
美容師が20歳から80歳まで、一生涯現役で働き続けられる場をつくることです。たとえば、子育てでブランクができた方や、年齢を重ねた美容師が、若いトレンドを追い続ける「Ash」で働き続けるのは難しい場合があります。そこで、年齢に応じた再教育(リカレント教育)を行い、「チョキペタ」のような同年代のお客様が多いサロンで働ける仕組みをつくりました。働き方もフルタイムだけでなく、スポットワークなど柔軟に対応しています。

ーーその仕組みは顧客側にとってもメリットがあるのでしょうか。

吉原直樹:
美容室はお客様が「きれいになりたい」というポジティブなモチベーションで訪れる場所です。お客様にとっても、自分の悩みや感性を分かってくれる美容師が担当することは大きな安心感につながります。たとえば、60代のお客さまが今のトレンドを追う若い子に「髪が薄くなった」といった相談をするのは、少し気が引けることもあるでしょう。しかし、同年代の美容師であれば、同じ目線で悩みを共有し、寄り添うことができます。

ーー今後、海外展開などの予定はありますか。

吉原直樹:
現在、プライベートブランド「ennic(エニック)」など、こだわりの製品を自社で開発しています。特にスキンケアラインはできる限り天然由来成分でできており、100%ナチュラルのこだわりが評価され、著名なホテルなどにも導入いただくまでになりました。

また、これとは別に「etra Sauce (エトゥーラ ソース)」という縮毛矯正剤も自社で開発しており、将来的にはこの製品を武器に、タイなどアジア圏への進出も視野に入れています。アジアの人々はクセ毛の方が多いものの、経済的な理由などからまだ需要が顕在化していない地域もあります。今後、各国の経済水準が上がり、私たちの高品質な製品や技術への需要が高まった際、自社製品を深く理解し使いこなせる社員(インストラクター)が数多くいることは、大きな強みとなるでしょう。日本の優れた美容技術と製品をパッケージ化し、グローバル市場で戦える体制を整えつつあります。

ーーあえて上場を廃止し、非公開化を選択された理由をお聞かせいただけますか。

吉原直樹:
私たちの会社は18年間上場していましたが、上場企業の論理である管理の優先や肩書きへのこだわりが、現場の活力を奪い、イノベーションを起こす素地を失わせていると感じたのです。美容業界は変化が早く、老舗になるほど陳腐化しやすいというリスクがあります。常に新しい事業や技術の革新を起こし続けなければ生き残れません。上場企業の論理に縛られず、現場の活力を最大化するため、意図的に非公開化(MBO)を選択しました。今後はよりスピーディに現場への投資やデジタル改革を進め、古い業界構造を中から変え続ける姿勢を示し、現場で働く美容師たちが誇りを持てる会社であり続けるために、これからも真のイノベーションを追求していきます。

女性リーダーの登用とAIに代替できない美容師の誇り

ーー多様な働き方を推進する中で、女性の活躍についてどのようにお考えですか。

吉原直樹:
美容業界は働く人の約6割が女性であるにもかかわらず、男性の視点だけで経営してしまうと、どうしても発想の段階で失敗してしまいます。そのため、弊社では役員の半数を女性にすることを一つの挑戦として掲げています。グループ全体の役員(監査役除く)約30名のうち、女性の割合は2割程度にとどまっています。

女性が6割を占める職場だからこそ、女性がさらに活躍し、経営層に入っていけるような発想や環境づくりが必要です。一昔前は、女性の成功者というと衣服や装飾品、メイクなどで自己表現をする方が多いイメージを持たれがちでしたが、今は違います。しっかりとしたマネジメント力や知性を持ち、経営者として周囲から尊敬される女性がたくさん出てきています。政治や労働組合のトップにも女性が増えているように、インテリジェンスを持ち、しっかりとしたマネジメントができる女性経営者が評価される時代です。現場の最前線だけでなく、経営の意思決定の場でも女性が輝ける組織をつくることが重要だと思っています。

ーーこれから先の時代、美容師という職業の価値はどのように変化していくとお考えですか。

吉原直樹:
AIの進化によって、税理士や弁護士といった高学歴の人たちが就くような仕事がなくなると言われていますよね。一方で、美容師やヘアメイクといった仕事は、AI時代にも残る仕事のトップ3に入っているのです。その最大の理由は、直接お客様の髪に「触れる」仕事だからです。さらに、お医者さんに行くのが病気などのネガティブな理由であるのに対し、美容室に行くのは「白髪を染めてきれいにしたい」「来週の卒業式に向けてきれいにしたい」といった非常にポジティブなモチベーションですよね。この「触れる」ことと「ポジティブな感情」に関わる仕事は、AIには代替できない素晴らしい仕事です。

お客様に寄り添い続けることで、美容師が一生涯プライドを持って働ける環境を整えていく。それが結果として、離職を防ぎ、長く豊かに暮らしていける職業の確立につながると信じています。

ーー最後に、貴社の今後のあり方についてお聞かせいただけますか。

吉原直樹:
日本の生産年齢人口が減ると悲観的に言われますが、後ろ向きに考える必要はないと思っています。昔は60歳が定年でしたが、今は70代になっても働きたいという人が過半数いるのです。そうした方々が楽しく働ける環境さえあれば、生産人口としての期間は10年から15年も延びることになります。シニア層が稼いで消費し、税金を払えば、若い人たちの負担も減りますよね。キャリア40年の美容師であれば、どんなお客様が来ても対応できる素晴らしい技術と経験を持っています。年齢を重ねてもスペシャリストとしての生きがいを持ち、プライドを持って働き続けられる「生涯美容師」の仕組みは、これからの日本のあり方を支える重要なモデルケースになると信じています。

編集後記

美容業界の最前線を走り続ける吉原氏の言葉には、徹底した「現場主義」と「人への投資」への信念が貫かれていた。他社のセールスが定時で帰る中、一人残って掃除を手伝ったという泥臭い原体験が、現在の洗練された組織運営の基盤となっている。そして、上場企業のステータスを捨ててまで現場の活力を選んだ決断力は、真のイノベーションを追求するリーダーとしての覚悟そのものだ。年齢を問わず美容師が輝き続ける「生涯美容師」構想と、世界を見据えた新たな挑戦が、これからの美容業界にどのような波紋を広げていくのか、同社の今後の飛躍から目が離せない。

吉原直樹/1956年神奈川県生まれ。埼玉大学卒業後、タカラベルモント株式会社に入社。その後、美容室チェーンに転職し、店舗開発や店舗運営を手掛ける。1986年に美容室を開業。1988年に有限会社アルテを設立。美容師の独立支援「暖簾分け型FCシステム」を構築し、首都圏中心に「Ash」ブランドを出店。2004年店頭登録。美容室やアイサロン等をM&Aによりグループ化し業容を拡大。2022年に非上場化し、事業構造改革を図る。