※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

日本・中国・シンガポール・ベトナムのアジア4カ国で不動産投資事業を展開する、株式会社ユニファイド・インダストリアル。海外の機関投資家を主な顧客とし、物流施設やデータセンターといった安定性の高い資産への投資開発を手がけている。リクルートコスモスでキャリアをスタートさせた後、外資系企業で専門性を磨いてきた代表取締役社長の滝沢洋氏。同氏は、ビジネスの成否を分けるのは「人」であると断言する。激動の時代を乗り越え、常にプロとして現場に立ち続けてきた同氏の目に映る、事業の本質と未来への展望を聞いた。

安定を捨て未経験の外資系企業へ飛び込んだ転機

ーーキャリアの原点についてお聞かせください。

滝沢洋:
大学の建築学科に在籍していたため、主な就職志望先は設計事務所や建設会社などでした。しかし、当時は株式会社リクルートコスモス(現・株式会社コスモスイニシア)が、古い体質の不動産業界の中で非常に革新的で面白そうだと感じ、入社を決めました。最初はマンションの設計から始まり、お客様にとって数千万円もする大きな買い物に関わる責任の重さを、プロとして徹底的に叩き込まれました。

その後、設計を数年経験したのち、用地取得や都市開発、再開発といったより深い領域に携わりました。私が入社した1986年は、バブル経済の黎明期でした。ようやく仕事の手応えを掴み始めた入社2、3年目の頃に世の中が沸き立ち、その直後にバブル崩壊を経験するという、まさに激動の時代でした。また、入社3年目にはリクルート事件、5年目にはダイエーによる会社の買収を経験するなど、まさにジェットコースターのような日々を過ごしました。

ーーその後、新たな環境へ移られた経緯をお聞かせください。

滝沢洋:
リクルート出身者は30歳くらいで独立することが多かったのですが、私は会社の危機に直面して責任ある立場を任されるうちに、気づけば30代後半になっていました。その頃は現場で自らビジネスを動かすよりも、会議への出席や部下からの報告を待つ時間が増えていた時期で、中間管理職特有の働き方に、自身の成長が止まってしまうような危機感を抱き始めていました。

そんな折、1990年代後半の金融危機を経て、日本経済は長期的な停滞期に入りました。自力での再生が困難な中で、国を挙げて海外資本を呼び込み、外の力で経済を活性化させようとする大きな動きが生まれたのです。このダイナミックな環境の変化の中で、当時取引のあった物流不動産分野の外資系企業から声をかけられたことが、転職の決定打となりました。

40歳を過ぎて初めて外資系企業へ飛び込んだのですが、日系企業とのカルチャーの違いには大きなショックを受けました。総務や経理が手厚くサポートしてくれるわけではなく、自分で動かなければ仕事が進まないこともあります。決まった報告ルールがない中で、自律的な判断で重要情報を共有するなど、より個人が自立して動くことが求められる環境だと痛感しました。

嘘や飾りが通用しない環境で磨かれる本物のプロ意識

ーー仕事における信念は何ですか。

滝沢洋:
常に「プロ意識」を持つことです。会社から給料をいただいている以上、それ以上の貢献をするのは当然だと考えています。また、チームにおいても、私の存在が周囲の仕事を円滑にし、メンバーが失敗した際には力になれるよう、貢献と責任を重視してきました。ビジネスにおける付加価値の創出も、人間関係の構築も、すべてはこのプロ意識が基盤となっています。

この意識は、厳しい環境で生き残るためにも不可欠です。たとえば、外資系企業への転職では「自分に何ができるか」という明確なアピールが求められます。また、前職の上司や同僚にバックグラウンドチェックが行われることも一般的です。つまり、その場しのぎの嘘や飾りは通用しません。日頃からプロとして信頼される仕事を積み重ねてきたかどうかが問われるのです。

ーー理想とする組織像について教えてください。

滝沢洋:
誰もが強みと弱みを持っており、完璧な人間はいません。だからこそ、経営者も含めて全員が互いに補い合い、個々の能力が最大限に発揮されるチームづくりを意識しています。

現在はシンガポールの企業との合併を経て、まだ一歩を踏み出したばかりの発展途上の段階です。だからこそ、創業者が頻繁に日本を訪れるような風通しの良さがあり、異なる専門性を持つプロ同士が対等に意見を交わせる面白さがあります。

私が理想とするのは、業界のプロたちが「この会社で働きたい」と自ら選んでくれる組織です。給与や待遇の充実はもちろんですが、それ以上に「ここなら面白い仕事ができる」「さらに成長できる」と確信できる環境を整えたいと考えています。

事業の根幹を支える人とプロに選ばれる組織づくりの追求

ーー貴社の事業内容と、その強みについてうかがえますか。

滝沢洋:
私たちは、不動産投資ファンドを運営しています。主に海外の機関投資家から資金を預かり、365日安定した需要がある、日本の物流不動産へ投資を行っている点が特徴です。現在は日本、中国、シンガポール、ベトナムのアジア4カ国で事業を展開しており、私はその中で日本の責任者を務めております。

事業における最大の強みは、何よりも「人」そのものであると確信しています。私たちは工場や特別な権利を持っているわけではありません。土地を見つけ、建物を企画し、関係各所と交渉して事業を組み立てていきます。それら全てを行っているのは「人」に他なりません。最終的に生み出される「物」の価値や競争力を支えているのは、人のプロフェッショナルな能力だと確信しています。

ーー今後の事業展望についてお話しいただけますか。

滝沢洋:
現在、弊社は日本・中国・シンガポール・ベトナムのアジア4カ国で、約5000億円規模の資産を運用する不動産投資プラットフォームを構築しています。しかし、私たちは現状に満足しているわけではありません。この基盤が成熟していく今後5年の間には、さらに拠点を数カ国追加し、アジア全域で事業拡大を目指します。

この事業拡大の目的は、単なる規模の追求ではありません。成長のフィールドを広げることで、次世代を担うメンバーに、国境を越えた活躍の機会や成功事例を共有し合える環境を提供したいと考えています。自らも成長し、組織の成長を加速させる。そんな志を持つプロフェッショナルな仲間と共に、アジアを代表するプラットフォームを築き上げていきたい。それが私の描く未来です。

私たちはまだ完成された組織ではありません。だからこそ、会社を一緒につくり上げていく面白さがあり、若手でも大きな裁量を持って働けます。失敗を恐れずに挑戦し、そこから学んで成長したいという意欲のある方に、ぜひ仲間になっていただきたいです。

編集後記

自身の成長が止まることへの危機感から、40歳で未知の領域へ踏み出した勇気が道を切り拓いた。貢献を当然とする強固なプロ意識と、事業の成否を分けるのは「人」であるという確信が滝沢氏を突き動かしている。完璧な人間がいない現実を認め、互いの弱みを補完し合うことで強固な集団をつくり上げる姿勢には、確かな説得力がある。嘘や飾りが通用しない世界で培われた実直な知見は、自立した歩みを志す者に大切な示唆を与えるはずだ。

滝沢洋/1963年神奈川県生まれ。京都大学卒業後、株式会社リクルートコスモス(現・株式会社コスモスイニシア)に入社し、約20年設計、不動産開発などに従事。2005年外資物流不動産投資のAMBプロパティーコーポレーション(現・株式会社プロロジス)に移り、以降外資複数社にて物流、商業施設、太陽光発電、学生寮などの多様な不動産に関わる。2023年にUIBグループに参加し、日本事業の責任者となる。