
日本で生まれ、幼少期をデンマークで過ごした甲斐ラース氏。15歳で帰国後、就職活動では日本の企業文化との違いに挫折を味わうも、その特異な背景を武器に外資系企業の立ち上げやトップを歴任した。2024年、デロンギ・ジャパン株式会社の代表取締役社長に就任。圧倒的な製品力を背景に、「失敗を恐れない」心理的安全性の高い組織づくりを推し進めている。日本に新たなコーヒー文化を根付かせ、人々の生活に「Better Everyday(より良い毎日)」を提供しようと挑む甲斐氏に、軌跡と今後の展望をうかがった。
日本社会での挫折を乗り越えゼロからの組織立ち上げへ
ーーまずはご自身のキャリアの原点について教えてください。
甲斐ラース:
私は日本生まれですが、母の再婚を機に幼少期からデンマークのコペンハーゲンで育ちました。現地のローカルな環境で育ったため、私の第一言語はデンマーク語です。15歳で日本に帰国して日本語を学び始めましたが、大学卒業後の就職活動では大変苦労しました。当時は就職氷河期だったこともあり、日本の企業の型に合わない私は「どう扱えばいいかわからない」と敬遠され、散々な結果だったのです。しかし、卒業後にデンマークの企業であるコロプラスト株式会社の社長と出会ったことが大きな転機となりました。「あなたのような両方の文化がわかる人を探していた」と言われ、日本と本国をつなぐ架け橋として採用されたのです。
ーーその後は、どのようなキャリアを歩まれたのでしょうか。
甲斐ラース:
コロプラスト時代の同僚がバング&オルフセンの日本法人(バング&オルフセン ジャパン株式会社)を立ち上げることになり、初期メンバーとして誘われました。実は学生時代に本社へ履歴書を直接ファックスしたこともあるほど、憧れの企業だったのです。
立ち上げ期は本当に何もない状態から始まり、オフィスの準備から修理システムの構築、物流の手配まで、裏方の実務をすべて担い、ゼロから会社を立ち上げる経験を積みました。一から会社がどうつながって動いていくのかを肌で学べたこの経験が、私の経営の基盤になっています。2005年には同社の社長に就任し、その後、再度コロプラストの社長などを務めました。しかし「やはり家電が好きだ」という強い思いから、2024年にデロンギ・ジャパン株式会社の代表取締役社長に就任しました。
人を介して成し遂げる組織変革と圧倒的な製品力

ーー貴社の強みはどこにあるとお考えですか。
甲斐ラース:
最大の強みは、創業者の情熱と圧倒的な製品力です。「世界一のものをつくりたい」という創業者ジュゼッペ・デロンギの強い思いが、50年以上の歴史を持つオイルヒーターや全自動コーヒーマシンといった世界シェアトップの製品群を支えています。私たちの根底には、単なる家電販売ではなく、製品を通じて「Better Everyday」というライフスタイルそのものを提供する確固たる指針があり、それが会社の柱となっています。

ーー社長就任後、組織づくりにおいてどのようなことに取り組まれたのですか。
甲斐ラース:
「経営とは人を介して仕事を成し遂げること」という信念のもと、社長がすべてを判断するのではなく、明確な目標を共有し、社員を信頼して権限を委譲することが重要だと考えています。就任直後、私はまず全社員に向けて「たくさん失敗しましょう。失敗から学んで良い会社にしよう」というメッセージを発信しました。
また、部門長に対しても、自分の部署だけでなく隣の部署にも目を向けるよう促しました。部門間の壁、いわゆるサイロ化を取り払い、社員が失敗を恐れずに挑戦できる、心理的安全性の高い組織づくりを進めています。
新たなコーヒー文化を創り日本人の時間価値を高める

ーー今後の事業展開やビジョンについてお話いただけますか。
甲斐ラース:
今後の展開として、大きく2つの軸があります。
1つ目は、コーヒー市場の文化そのものをつくることです。日本ではまだドリップコーヒーが主流ですが、ご自宅で豆から挽いた本格的なエスプレッソベースのコーヒーを楽しむという習慣を定着させたいと考えています。そのために、市場の教育や認知拡大に注力し、実際に製品の素晴らしさを体験していただく機会を積極的に設けています。
2つ目は、マルチブランド戦略の推進です。デロンギブランドに加え、2020年にグループ入りした「ニュートリブレット(nutriBullet)」など、グループ内の多様なブランドを日本市場に導入拡大していく構想です。
ーー最後に、会社としてどのような存在を目指していきたいですか。
甲斐ラース:
私たちが提供したいのは、単なる家電ではなく、製品を通じて得られる豊かな時間や生活の質の向上です。朝、家の中に良い香りが漂うだけで、忙しい日本人の生活の質や時間の価値が高まり、一日のモチベーションが大きく変わります。30年後も「デロンギがあってよかった」と言われる社会に根付いた会社を目指しています。そして、社員が「自分の会社がこの豊かな世界をつくったんだ」と誇りを持てる企業へと成長させていきたいですね。

編集後記
インタビュー中、甲斐氏からは「楽しく仕事をしよう」というオープンでポジティブな空気が常に感じられた。いわゆる“昭和のワンマン経営者”の威圧感は一切なく、社員一人ひとりの自律を重んじる現代的なリーダー像そのものである。オフィスに漂う毎朝の挽きたてコーヒーの香りが社員のモチベーションを高めているというエピソードも印象深い。心理的安全性と圧倒的な製品力を両輪に、同社が日本の家庭にどれほどの「豊かな時間」をもたらしてくれるのか、これからの挑戦から目が離せない。

甲斐ラース/1973年神戸生まれ。上智大学卒。15歳までデンマークで過ごす。日本語、英語、デンマーク語を話すトリリンガル。グローバルなバックグラウンドを活かし、大学卒業後はヘルスケア、オーディオ機器、自動車輸入などさまざまな業界での拠点の立ち上げに参画。営業やマーケティング、アフターサービス、ロジスティックスなどの分野に精通。2024年1月よりデロンギ・ジャパン株式会社に入社。