
アメリカで生まれ、IT系スタートアップやコンサルティング会社を経て独立を果たした榊原美歩氏。彼女が現在手がけているのは、サウナ後のリラックスタイムから着想を得たという「ブラレスウェア」だ。この商品は、クラウドファンディングで瞬く間に支持を集め、多くの女性の隠れた悩みを解決している。アパレル未経験の彼女は、なぜ新たな市場を切り拓くことができたのか。開発の背景にある母からの最期の言葉や、女性が「快適性を選ぶ自由」を持つことへの強い思いをうかがった。
母の最期の言葉とフィンランドで気づいた「当たり前」の違和感
ーーまずは、事業を立ち上げようと思ったきっかけを教えていただけますか。
榊原美歩:
もともと独立してコンサルティングの仕事をしていましたが、世の中に対して何かを問うようなプロダクトをつくりたいという思いがずっとありました。そんな中、がんを患っていた母が亡くなる直前に「悔いが残らない人生がいいわね」と言われました。その言葉を聞いて、仕事に対して迷いを感じていた私は「自分が本当にやりたいことをやるタイミングだ」と強く背中を押されました。
ーーどのように「ブラレスウェア」というアイデアに結びついたのかお聞かせください。
榊原美歩:
新しい事業の種を探しているタイミングで、COOの鈴木と一緒にフィンランドへ行きました。そこで驚いたのが、ブラジャーをしていない女性が多かったことです。短い夏を開放的に楽しんでいて、サウナの後以外でもノーブラで過ごす姿が強く印象に残りました。帰国後に大好きな銭湯へ行った際、最高にリラックスしているのにまたブラジャーをつける日本の当たり前の光景に、違和感を覚えたのです。「サウナの後は汗もかくし、そのまま帰れるような服があればいいのに」と思ったのが事業の原点となる着想でした。
ーーフィンランドでは具体的にどのようなきっかけがあったのですか。
榊原美歩:
鈴木がフィンランドで「マリメッコ」の可愛い水着を買おうとした際、パッドがついておらず、バストトップが目立つことに気づきました。デザインは素敵なのに、日本人の感覚からするとどうしても気になってしまって、結局買えなかったそうです。
彼女が気にして買えなかったという原体験があったからこそ、「気にしなくてもよい」という発想には至らず、事業化に踏み出せました。欧米の人なら気にしないことでも、日本では気にする人が多い。だからこそ、締め付けないけれどバストトップは見えないという機能を持つ服があれば、私と同じように悩んでいる日本の方々に価値を感じてもらえるのではないかと考えました。
「ずっとこういう商品を探していました」予想を超えた反響と隠れたニーズ
ーー開発や販売はスムーズに進んだのでしょうか。
榊原美歩:
最初はTシャツに胸当てを縫い付けてみるなど、手探りでした。国内の縫製工場に片っ端から連絡をとりましたが、約100件断られてしまいました。そんな中、埼玉県にあるスポーツウェアの工場が「面白い取り組みですね」と興味を示してくださり、サンプルをつくってくれました。完成した試作品をクラウドファンディングの「Makuake」に出品したところ、予想をはるかに超える反響がありました。初回の300枚は26時間で売り切れ、急遽追加販売を行い最終的に約600万円の支援が集まりました。
ーーどのような反響があったのでしょうか。
榊原美歩:
驚いたのは金額以上に、「こういう商品を探していました」という熱い声が数多く寄せられました。購入層を分析すると、40代から50代の女性のニーズが非常に高いことがわかりました。加齢による体の疲れや、更年期、肌の弱さから「締め付けは嫌だけど、きちんとして見せたい」という切実な思いがあったのです。女性同士でも下着の悩みはあまり話さないため表面化していませんでしたが、実は多くの人が不快感を感じていたのだと確信し、本格的に事業化を進める決意をしました。
女性が「快適性を選ぶ自由」を持てる社会を目指して

ーー現在、お客様の声はどのように取り入れているのですか。
榊原美歩:
アンケートやオンラインでのヒアリング会を通じて、お客様の声をダイレクトに商品改良に活かしています。たとえば、パッドの形を改良して肌当たりを改善したり、バストトップを隠すための一体式プレス加工を取り入れたりと、この約2年間で5回も製品をアップデートしてきました。大企業には真似できない圧倒的なスピード感こそが私たちの強み。その機動力を活かし、お客様の要望に応え続けています。
ーー最後に、今後の目標や実現したい社会について教えてください。
榊原美歩:
これまで女性の下着といえばブラジャーがあり、その後ブラトップが登場して一般化しました。コロナ禍を経てリラックスを求める市場は拡大していますが、私たちはこの「ブラレスウェア」を「第3の選択肢」として定着させたいと考えています。日本や東アジアには、女性に対する社会的な無言のプレッシャーが、まだ根強く残っていると感じています。
だからこそ、きちんとしたい時はブラジャー、運動する時はスポーツブラ、そしてリラックスタイムには「ブラレスウェア」。女性が自分の生活シーンに合わせて「快適性を選ぶ自由」を持てる状態をつくることが重要だと考えています。今後は台湾などアジア圏への進出も視野に入れながら、より多くの女性にこの選択肢を届けていきたいです。
編集後記
「悔いが残らない人生を」。母からの言葉を胸に、自らの違和感を形にした榊原氏の行動力に圧倒された。誰もが感じていながら口に出せなかった「締め付けからの解放」というニーズを見事にすくい上げた「ブラレスウェア」。それは単なるアパレル商品ではなく、女性が自分らしく生きるための選択肢そのものだ。圧倒的なスピードでお客様の声を形にし続ける株式会社キャンプが、今後アジアに向けてどのような広がりを見せるのか、その挑戦から目が離せない。

榊原美歩/1984年マサチューセッツ州生まれ。東京学芸大学卒業後、IT系スタートアップやコンサルティング会社を経て独立し、商品企画やブランド開発に従事する。2017年に東京ビジネスデザインアワードで最優秀賞を受賞。その後、「no-bu」を立ち上げ、素肌に1枚で着られるブラレスウェアという新しい選択肢を提案する。2025年にはグッドデザイン賞を受賞。女性の暮らしに埋もれてきた違和感を起点とし、プロダクトを通じた新たな価値提案に取り組んでいる。