
2024年にアパレルブランド立ち上げから10周年を迎え、年商数十億円、70名体制へと成長した『AMERI VINTAGE』。運営元であるB STONE株式会社を率いる黒石奈央子氏は、わずか30万円の貯金から独立を果たした。かつてがむしゃらに第一線に立ち続けた黒石氏は今、出産を機に次世代を育て、仕事を任せる組織へと同社の経営の舵を大きく切っている。「社長になりたかったわけではない」と語る同氏が、いかにしてチャンスを掴み、独自のブランド世界観を形づくってきたのか。徹底して「人」を重んじる組織文化と、見据える未来の展望に迫った。
何者でもなかった時代とチャンスを「掴む力」
ーーブランド立ち上げから10年を振り返り、現在の率直なお気持ちをお聞かせください。
黒石奈央子:
私が前に出るフェーズから、人を育てて活躍する場所をつくるフェーズへと視点が大きく変わりましたね。立ち上げ当初は、とにかくがむしゃらに私が第一線に立って走ってきました。しかし、出産を経験し、産休中に業務をスタッフに任せてみたのです。そのとき「1から10まで私が見なくても、みんなちゃんと動いてくれるんだ」と気づきました。いかに次世代を育てていくかという視点へシフトしたのです。
ーーもともと独立への強い思いがあったのでしょうか。
黒石奈央子:
最初から明確な軸があったわけではありません。実は大学生のころ、歌手になりたくて音楽事務所を頼った時期もありました。現実を知ってその夢は諦めましたが、新卒として就職するためにあえて留年し、自分探しの旅に出たこともあります。
その後、縁あって入社したアパレル企業での経験が、結果的に今の経営やクリエイティブの礎になっています。入社当時、その会社は立ち上げ直後で仕事が整備されていませんでした。そのため、ウェブのバナー制作から店舗の外壁デザイン、空間づくりまで、人がやらないような周辺業務を私がすべて引き受けていたのです。デザインも未経験から独学で学びましたが、そのときに培った「ゼロからつくり上げる経験」が今に生きています。
ーー起業に至った経緯はどのようなものでしたか。
黒石奈央子:
自ら探しに行き、出会った人からのチャンスを逃さず乗っかる「掴む力」が、私の道を拓いてくれたのだと思います。会社員として働きながら、「次のステップに行きたいけれど、何がしたいかわからない」と葛藤していた28歳の頃、知人から「ヴィンテージショップをつくりたいから、一緒にやらないか」と誘われたのです。そのとき、「私の世界観で服をつくるのは楽しそうだ」と直感しました。社長になりたかったわけではないのですが、当時の貯金は30万円しかなかったものの、そのチャンスに飛び乗って独立に至ります。
普通すぎないバランス感覚と「Ameri」の強み

ーーブランドの最大の強みは、どこにあるとお考えですか。
黒石奈央子:
ヴィンテージとオリジナルを融合させたり、さまざまなジャンルを組み合わせたりするハイブリッドなスタイリング提案です。コンセプトに「NO RULES FOR FASHION」を掲げています。日本のブランドはカジュアルや女性らしさといった“分類”に縛られがちですが、もっと自由にファッションを楽しんでほしいという思いがあります。枠にとらわれない提案こそが、私たちの強みです。
ーークリエイティブにおいて、絶対に妥協しないポイントは何ですか。
黒石奈央子:
「普通すぎない、でも奇抜すぎない」という絶妙なバランスです。日本では「目立ちたくはないけれど、他の人と一緒は嫌だ」という方が多くいらっしゃいます。だからこそ、一見普通に見えても、生地に深くこだわっていたり、背中の細部にひと工夫あったりするデザインを大切にしているのです。
つくり手はどうしても独自性を追求しすぎてしまうところがあります。しかし、私は「世の中の人が今、何を求めているか」を客観視することが得意です。このバランス感覚があるからこそ、経営とプロデュースの両方を担えているのだと思います。
会社は「人」 素直さが信頼と成長を分ける
ーー貴社が大切にしている文化や求める人物像はどのようなものでしょうか。
黒石奈央子:
徹底して人の部分、つまり人格を重視しています。どれだけ能力が高くても、「素直さ」がなく周囲に悪影響を与える人は、組織全体を崩壊させかねません。だからこそ、そのような人は置かず、素直で頑張り屋なスタッフを全力で守るのが私の役割です。
ーー「素直さ」とは、具体的にどのような行動を指すのでしょうか。
黒石奈央子:
仕事でミスをしたときや指摘を受けたときに、言い訳をせずにそれを素直に認められるかどうかです。誰にでもミスはありますが、重要なのはその後です。「いろいろな事情があってできなかった」のなら、どうすればできるようになるのか。忙しすぎるなら断るなど、改善のための代案を出せるかが問われます。自分の非を認め、プライドを捨てて改善できるかどうかが、仕事を任せられるかどうかの分岐点になります。
ーー次世代のリーダー層には、どのような素養を求めていますか。
黒石奈央子:
自分の狭い職務枠にとらわれず、会社全体を「自分ごと」として広い視野で見られることです。たとえば「このデザインをどう戦略的に売るか」「ウェブ販売とどう連携するか」など、全体最適を考えられる視点です。
そして何より、誰から見ても「あの先輩は誰よりも頑張っている」と応援される「人格者」であることが重要だと考えています。上が努力する背中を見せなければ、絶対に下はついてきません。
権限移譲とクリエイティブに集中できる環境づくり
ーー現場のスタッフが働きやすい環境づくりについてはどのようにお考えですか。
黒石奈央子:
スタッフが本来するべき仕事に集中できる組織体制へと変革し続けています。組織が大きくなるにつれ、付随する作業が膨らむという課題も出てきました。そこに対しては、顧客対応にチャットツールを導入するなど、AIやデジタルの力を積極的に活用しています。人間がすべきこととそうでないことをしっかり分別し、スタッフが創造的な仕事に最大限の時間を注げる環境に投資しています。
ーー今後の展望や、これからの仲間に提供できる機会についてお聞かせください。
黒石奈央子:
今後一番手放していきたいのは、これまで私が担ってきたSNSでの発信や、ブランドの顔としてのディレクターのポジションです。これらを次世代に委譲し、スタッフの中から影響力のある存在を生み出して任せていきたいと考えています。
また、社内のスタッフが手がける新しいブランドの立ち上げも現在計画中です。ファッションに限らず子ども服や別分野など、多角的なプロジェクトが次々と控えています。この新しい立ち上げのワクワク感を、ぜひ一緒に味わってほしいですね。
編集後記
「社長になりたかったわけではない」と黒石氏は語る。しかし、何者でもなかった時代に人がやらない周辺業務を引き受けた経験が、今の同氏を支えている。創造性の根底にある「世の中を客観視する力」は黒石氏ならではのもので、非常に印象的だった。また、ミスを認める「素直さ」を最重要視する組織論にも誠実さが感じられた。特定個人のカリスマ性に依存する段階から脱却し、B STONE 株式会社は次々と新しい事業とリーダーを生み出していく。同社のワクワクするような挑戦の数々がどんな景色を見せてくれるのか、期待もひとしおだ。

黒石奈央子/立命館大学経営学部卒業後、大手アパレルブランドのVMDを経て、独立。2014年10月、オリジナルブランド「Ameri」やヴィンテージアイテム等を取り扱うセレクトショップ「AMERI VINTAGE」を立ち上げ、代表取締役兼ディレクターを務める。2025年1月〜「Ameri上海久光店」をオープン。同年4月には、Ameriに続く2つ目のブランドとなるファッションブランド「ELCHELE」を発表。同年10月には、子ども服ブランド『my little bugs』を立ち上げる。