※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

スポーツ用品店の販売員からキャリアをスタートし、勤務先の経営再建を機にデータ分析の世界へと足を踏み入れた伴大二郎氏。デジタルマーケティング会社でコンサルティング組織の立ち上げを経て、合同会社db-labを設立。自社の事業だけでなく、複数の企業に参画するパラレルワーカーとして活躍している。「AIが買い物を代行するエージェントコマース時代には、データ整備とマーケティングが企業の命運を分ける」と語る伴氏に、小売業が生き残るための条件と、これからのキャリア形成について聞いた。

24歳で直面した経営危機 「データ」との出会いがキャリアを変えた

ーーキャリアの出発点として小売業を選んだ理由を教えてください。

伴大二郎:
学生時代の経験からスポーツ用品店に入社したのが原点です。スキーの競技やインストラクターをしていた縁でアルバイトを始め、そのまま就職しました。当初は人と話す接客が好きで働いていたため、デジタルやデータなどについては全く意識していませんでしたね。

ーー接客の現場から、どのようにしてデータ分析の世界へ足を踏み入れたのですか。

伴大二郎:
24歳のときに経験した勤務先の経営再建がきっかけです。売り場にいたのは1年半ほどで、すぐに本社へ異動になりました。ちょうどその頃は、勤務先が再建を行う激動の時期だったのです。立て直しの過程で、データを分析して自社の強みを見つける役割を任されました。予期せぬ形で経営や数字、顧客情報の重要性を実体験として学ぶことになり、これが私のキャリアの大きな転換点になりました。

ーーその後はどのようなキャリアを歩まれたのですか。

伴大二郎:
データを活用した小売支援ができる環境を求めて、デジタルマーケティング企業へ転籍しました。そこではポイントカードを通じた顧客情報の活用を続ける中で、自社内のデータだけでなく、インターネット上での行動データに強い興味を持つようになりました。同分野の知見を広げたいと考えてまた別の企業に転籍し、最初は分析アナリストとして経験を積みました。やがてコンサルティングの組織をつくるようになり、事業部を立ち上げていった次第です。

「補充」で終わらせない「意味のある買い物」を増やすマーケティング

ーー事業領域が変わっても、変わることのない思いについてお聞かせください。

伴大二郎:
一貫して「小売り」の支援にはこだわっていますね。というのも、買い物という行動は本来楽しいものであるべきだと思っているからです。買い物には大きく分けて2つの種類があります。水がなくなったら買うような単なる作業としての「補充をする買い物」。もう一つは、洋服や車を買うときのように、自分の未来や生活を豊かにするために買う「意味のある買い物」です。
人の生活を豊かにするものの中に「買い物」の価値を残し、意味のある買い物を増やしたいという思いが根底にあります。世の中が便利になるにつれて、意味のある買い物が減り、単なる補充作業になってしまうのは面白くありませんからね。

ーー買い物の価値を高めるために、小売企業には何が求められていると思われますか。

伴大二郎:
適正価格を探るマーケティング力と、それを裏付けるデータ整備の両軸が不可欠です。日本の企業には「良いものを安く売る」という美学があり、それが企業自身を苦しめている側面があります。良いものをつくりながらも、適切な価格で心地よく売る力が足りていません。価値を上げるには満足度を上げる必要があります。適正価格を探り、顧客体験と提供価値をそろえていくことが重要です。

エージェントコマース時代に勝ち残るためのデータ戦略

ーー今後、AIの進化によって小売業界の環境はどう変化すると予測していますか。

伴大二郎:
3年から5年後には、AIが生活に入り込み、買い物の仕方が劇的に変わる「エージェントコマース時代」が必ず来ます。何か悩みがあるときに、まずAIに聞くようになる。そのとき、データが整備されていなければ、企業はAIの選択肢にすら入らなくなります。

ーーデータ整備の遅れは、企業にどのような結末をもたらしますか。

伴大二郎:
AIやデジタル変革において、元となるデータが整っていなければ正しい答えは導き出せません。多くの企業がこの課題を放置したまま進んでおり、このままでは楽しい買い物体験が国内から奪われ、企業は顧客と一緒に年をとるだけになってしまいます。だからこそ、AI時代に勝ち残れるデータの管理方法やビジネスの仕組みに変える必要があるのです。私が今一番に考えているのは、日本企業が取り残されない未来をつくることですね。

1社に留まるのはリスク 学びを広げるパラレルキャリアのすすめ

ーー貴社だけでは解決が難しい課題に対しては、どのようにアプローチされていますか。

伴大二郎:
一企業では解決できない大きな社会課題に、他の組織と連携して取り組むために外部企業にも参画しています。自分が達成したいことは自分の会社を軸に行います。しかし、世の中のデータが整理されていないという構造的な課題は、個人の会社だけで解決するのは困難です。だからこそ、データ整備に取り組む外部企業と協力しています。

ーーこれからの時代のリスクとはどのようなものだとお考えですか。

伴大二郎:
一社にずっと留まり続けることはリスクになるといえるのではないでしょうか。AIやロボットによって人間の労力のあり方が変わる中で、自分が知識をつけ、行動を起こせる場所を複数持っておくべきです。一つの会社にいれば作業効率は良くなりますが、得られる学びの範囲は狭くなってしまいます。

ーー最後に、キャリアを築く次世代へ向けたメッセージをお願いします。

伴大二郎:
リスクを分散し、さまざまな環境へ飛び込んでみてほしいと思います。現代は、昔のような終身雇用で一社にいれば安心、という時代ではありません。急に業績が悪化したり、企業体制が変化したりすることが普通に起こります。そうしたマルチな働き方を選ぶ人が増えることで、異なる価値観が交わり、世の中に良い影響が生まれると考えています。

編集後記

「買い物は楽しいものであるべきだ」という伴氏の言葉には、デジタル全盛の時代にあっても決して忘れてはならない、商いの本質が詰まっていた。AIがどれほど進化しようとも、その裏側にあるデータを整え、買い物の「意味」をつくり出すのは人間の役割だ。複数の組織を渡り歩き、自らの可能性を広げ続ける彼のパラレルキャリアのあり方は、変化の激しい現代を生き抜くための強力な羅針盤となるだろう。

伴大二郎/1976年、千葉県生まれ。小売業を11年経験した後、2011年、株式会社オプトに入社。デジタルマーケティング組織を統括。2021年に株式会社ヤプリの専門役員を兼任しながら合同会社db-labを設立。コンサルティング事業をスタートし、株式会社顧客時間のChief CX Strategistを兼任して領域を拡大した。現在はLazuli株式会社のChief Evangelistも兼任し、商品データ起点の顧客体験向上を推進中。