
創業127年を数える特殊弁メーカーの平和バルブ工業株式会社。同社の製品は、幅広い製造業の根幹をひそかに支えている。スマートフォン部品や航空機素材、印刷インクなどその用途は多岐にわたる。職人による高い技術力で「長寿命」のバルブを生み出す同社だが、決して伝統に甘んじることはない。2016年に代表取締役に就任した平林健一氏は、会社を次なるステージへと導くべく、長野工場の開所やメンテナンス事業の強化を推し進めている。自社を「老舗ベンチャー」と謳い、これまでの歴史を未来へつなげることを基本理念に掲げる平林氏。これまでの軌跡と未来への展望を追う。
現場の雑務から始まったキャリア 遅れていたIT化と営業の立ち上げ
ーー入社当初は、どのような業務からスタートされたのですか。
平林健一:
当初は機械加工に従事するのではなく、外注先への配達、製品の分解組立の補助、部品に付着した異物除去や油による洗浄など、現場に関わる雑務からスタートしました。そこから3年ほど現場で経験を積んでいく中で、少しずつ機械加工や組み立ての技術、設計理論や設計計算などを学んでいきました。
ーーその後は、どのようなキャリアを歩まれましたか。
平林健一:
入社2年目から現場仕事と並行して、スーツを着て集金などの外回りへ出るようになりました。その際、私の名字が社長と同じ「平林」であるため、訪問先では「次期社長」と見られました。当時そのような具体的な予定はありませんでしたが、こうした周囲の期待に触れるうち、私自身も社長を志す覚悟を固めていきました。結果、会社に対する改善の意見を積極的に発信するようになりました。
多くのお客様と接する中で痛感したのは、自社のデジタル化の遅れです。私はそうした現場で危機感を覚えるようになり、後に自らホームページを立ち上げました。そして、メールで連絡を取り合える環境を整えたのです。その後、人材を募り、CADの導入、CNC旋盤の導入、現在ではPCによる独自基幹システムの構築など、全社的にDX化が徐々に進みました。
ーー貴社にとって転機となった出来事はありますか。
平林健一:
良い人材に恵まれ、会社のDX化が進んだことの他に、私自身と会社の双方にとって、最大の転機となったと言えるのは営業部門の立ち上げです。私が入社した当時、弊社には専任の営業担当はおりませんでした。特殊弁は需要先が決まっていたため、外回り営業の必要性に気が付いていなかったのだと思います。しかし当時は景気が悪く、何とかしなければという思いもあり、私は当時しまい込まれていた製品カタログを手に、直接お客様の元へ足を運ぶことにしました。
ご挨拶回りをしていく中で気づいたことは、製品を長くご使用いただいている既存顧客に、弊社のこと、そして弊社の製品を認知し続けていただく難しさでした。弊社のバルブはその使用方法によって、大きなトラブルもなく30年以上安全にご使用いただける長寿命の製品です。一方で、一般弁とは異なり、その活躍の場は限定的で非常に需要の乏しいという特殊弁ならではの製品特性があります。そのため、顧客企業の担当者が代替わりすると、弊社の存在が忘れられてしまう恐れがあったのです。だからこそ、会社や製品の認知度の維持向上のためには、お客様との関係を維持しつつ、常に会社としても進化し続ける姿勢を示すことが不可欠だと痛感しました。
断らない姿勢と社会のあらゆる場面を支える確かな技術力

ーー社長就任以降、どのような経営方針を掲げられているのでしょうか。
平林健一:
「多様な案件を受けられる会社になること」を第一に掲げました。そのために、お客様からのご相談は基本的に断らず、まずは社内で検討します。以前は、主力製品であるタンクバルブ以外の案件に関しては、基本的にお断りしておりました。しかし、わざわざ弊社へ連絡をくださるのは、頼りにしていただいている証拠です。ご期待に応えるべく、一度お引き受けした上で明確な回答を示す体制へ切り替え、「弊社ならここまで対応可能です」と誠実にお伝えするようにしました。
ーー貴社の製品は、具体的にどのような場面で使われているのでしょうか。
平林健一:
弊社のタンクバルブは完全受注生産であり、職人の手作業によって丁寧に製造しています。石油化学の素材産業向けが主な需要先で、製品自体は表舞台に出ませんが、用途は多岐にわたります。たとえば、スマートフォンに欠かせない電子部品や半導体関連素材、自動車や航空機に用いられる先端素材や樹脂系の素材、世界中で使用されるインク、こうしたものの製造ラインに使われています。さらには、製紙、医薬、食品など様々な業界分野においてもその活躍の場を広げております。このように、幅広い製造業の根幹で弊社の特殊タンクバルブが稼働しているのです。
ーー同業他社と比較した際の、貴社ならではの強みはどこにあるとお考えでしょうか。
平林健一:
長年培ってきた高い技術力を背景とした「壊れない」品質の高さです。私たちは長年、独自の高い基準でものづくりを続けてきたため、それが特別なことだとは認識していませんでした。しかし、バルブの耐久性や液漏れに関する様々なご相談を受け、弊社の製品をお使いいただく中で、確かな耐久性が最大の差別化ポイントだと再認識しました。お客様の生産設備を安全の一助となる耐久性に加え、細かな要望に応える柔軟な対応力も、弊社の大きな強みだと考えています。
「売って終わり」からの脱却 「老舗ベンチャー」として目指す未来

ーー事業目標以外に、組織づくりにおいて注力していることは何でしょうか。
平林健一:
社員が「平和バルブ工業で働いてよかった」と心から思える会社にすることです。労働環境の改善にあたっては、経営陣の主観だけで決めることはしません。社員から直接「会社をこうしたい」という意見を挙げてもらうようにしています。そして、その声に柔軟に対応するよう心がけています。実際に、現場の声から育休や産休の制度を整備し、他にも多様なライフスタイルを支援する各種手当も新設しました。127年の歴史を持ちながらも、現状に満足せず変化を続けていきます。
私たちは自らを「老舗ベンチャー」と謳っています。「老舗」の安心と「ベンチャー」の革新、時代が変わっても「温故知新」を地で行く、そういった会社であり続けたいという思いから生まれた言葉です。会社とは、一部の人間ではなく全員でよくしていくものです。技術の習得には長い年月を要しますが、共に悩み、率直に意見を交わします。長く働き続けられる組織を一緒に築いていける仲間と出会えることを願っています。
ーー会社として目指している今後の姿について教えていただけますでしょうか。
平林健一:
先日、長野工場を開所しました。長野工場は修理・メンテナンス事業の強化をその目的のひとつにしています。これにより、さらに迅速で手厚い対応が可能になりました。製品を「売って終わり」にするのではなく、サービス全般で支える事業へと転換し、長寿命なバルブのメンテナンスを通じて、企業価値を高めていきます。
創業127年という歴史は誇りであると同時に、未来への責任でもあります。これまで積み重ねてきた「信頼」をさらに積み重ね、この歴史を次世代へと繋げていくことは使命とも言えます。長野工場の開所は、過去の延長ではなく、これからの100年を見据えたいわば「第二創業」の第一歩であると私は考えております。
編集後記
創業127年という長きにわたる歴史に甘んじることなく、常に顧客と社員のために進化を続ける平和バルブ工業。インタビューを通じて印象的だったのは、平林氏の「断らない姿勢」と地道な営業努力だ。それらが顧客との間に強固な信頼関係を生み出しているのは間違いない。また、社員のリアルな声に真摯に耳を傾け、制度や労働環境を柔軟にアップデートしていく姿勢も魅力的である。高い技術力と変革を両立させる同社は、これからも日本のものづくりの根幹を力強く支え、さらなる飛躍を遂げていくに違いない。

平林健一/1978年東京都生まれ、成城大学卒。2002年同社入社、2016年同代表取締役に就任。2024年より一般社団法人日本バルブ工業会バルブ部会幹事就任。同法人のHPにはエッセイも掲載。