※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

兵庫県神戸市に本社を構え、工業用化学薬品の製造や半導体製造装置の精密洗浄などを手がける株式会社ネオス。創業から長きにわたり、時代の変化に合わせ柔軟に事業を転換してきた。同社の代表取締役社長、葛原塁氏は38歳という若さでトップに就任した。前職での厳しい営業経験や、主力事業の衰退を目の当たりにした経験から、同社に「挑戦を称賛する文化」を根付かせた。特定の事業に依存せず、常に新しい価値を生み出す「ユニークな集団」を目指す同氏。組織マネジメントや今後の事業展望について聞いた。

前職での現場経験とネオス社員の「真面目さ」への驚き

ーーまずは、前職での経験と貴社に入社した当時の印象について教えてください。

葛原塁:
大学卒業後に塗料メーカーへ入社し、キャリアをスタートさせました。入社後は営業職として、橋梁やプラントのサビを予防する重防食塗料の販売を担当。昼夜問わず現場を駆け回る体力勝負の毎日でした。現場でお客様と深く関わりながら実践的に学ぶ面白さがありましたが、一方で当時の環境は社員教育が十分に行き届いておらず、現場で自律的に仕事を覚えていくことが求められる状況でした。私にとって初めての社会人経験だったこともあり、その時は「会社とはそういうものだ」と、それが当たり前のものとして受け止めていました。

しかし、ネオスに入社して、その認識は大きく変わりました。まず驚いたのは、社員の仕事に向き合う姿勢でした。教育研修一つをとっても、誰一人として手を抜かずに真剣に取り組んでいたことには深く感銘を受けました。このような姿勢は、一朝一夕につくれるものではありません。創業以来長い時間をかけて培われてきた、会社の確固たる社風なのだと感じています。

ーー入社してからはどのような業務を担当したのですか。

葛原塁:
生産の現場を一から学びました。最初は滋賀の工場に配属され、1年ほど、生産現場の基礎を経験しました。その後は営業職に就き、前職と同様に現場の最前線へ出向きました。当時のネオスは、お客様の課題を解決する提案型営業を取り入れ始めた時期でした。社員が新しい手法を真面目に吸収しようとする姿が、とても印象に残っています。

「永遠に続く栄華はない」 38歳での社長就任と組織改革

ーー経営の価値観に影響を与えた出来事は何ですか。

葛原塁:
ある主力事業の衰退を目の当たりにしたことです。変化に対応する力こそが企業存続に不可欠だと痛感しました。化工本部長時代に、当時の売上高上位を占める重要な取引がありました。しかし市場環境が劇的に変化し、数年のうちにその事業自体が消滅しました。どれほど好調な事業でも、長くは続かない。同じことを続けるだけでは、会社は生き残れないのだと痛烈に学びました。一方で、ネオス自体は祖父の代の船舶清掃事業から始まり、プラント洗浄、そして半導体関連へと主力事業を転換してきました。時代の変化に合わせて事業を変え、幾度の危機を乗り越えてきた歴史があります。この変化に対応する力こそが重要なのだと再認識しました。

ーー38歳で社長に就任してから組織をどう変革しましたか。

葛原塁:
自分の言葉で語りかけ、失敗を恐れず挑戦できる風土をつくる取り組みを始めました。就任当初は、自身の経営スタイルが確立できていなかったため、最初の1年間は他社の優れた経営者とお会いして教えを請いました。経営とは何かを徹底的に学んだのです。その中で決めたことが2つあります。

1つ目は、自分の言葉で話すこと。背伸びをして取り繕うのをやめ、本音で語りかけるようにしました。そして2つ目は、怒るのをやめたことです。怒っても社員が萎縮するだけで、パフォーマンス向上にはつながらないと教わったためです。人が最も力を発揮するのは「やりたいことをやっているとき」です。そこで、挑戦できる風土をつくるために「YES!NEOS活動」を始めました。これは業務に関係ない個人的な目標でも構いません。全社で宣言して挑戦し、それを称賛する取り組みです。可もなく不可もなくが一番良くない。失敗してもいいから挑戦する人を褒める文化をつくりたかったのです。

特化型市場での強みと海外展開への布石

ーー「化学品事業」と「化工事業」の特徴や強みは何ですか。

葛原塁:
世の中にないものを生み出す開発力と、長年蓄積された独自ノウハウが最大の強みです。化学品事業では、自動車産業を中心に機能性の高い製品を提供しています。弊社の強みは、世の中になかったものをゼロから生み出せる開発力にあります。お客様自身も気づいていない潜在的なニーズを現場でくみ取り、独自の製品として形にする競争力を持っています。

もう一つの化工事業は、半導体製造装置の保守などが主力です。半導体産業の黎明期から携わり、お客様と直接取引を行っています。そのため経営層の方々と直接情報交換ができ、ノウハウがあることが強力な武器です。

ーー海外展開についてはどのような展望をお持ちですか。

葛原塁:
国内市場を注視しつつ、現地の思いを理解して挑戦できる人財を海外へ送り出したいと考えています。半導体関連の化工事業に関しては、技術流出のリスクや日本市場における優位性を考慮しています。今は国内に注力し、市場の動向を見極める段階です。

一方、化学品事業はすでに中国やシンガポール、タイに拠点を持っています。今後はインドなどの成長市場への進出を視野に入れています。すべてを自社でまかなうのではなく、現地企業との連携も柔軟に検討する方針です。

海外展開で最も重要なのは人です。語学力以上に、現地スタッフの気持ちを理解するマネジメント能力が求められます。そして何より「挑戦したい」という熱意を持った人財を、海外へ送り出したいと考えています。

ーー最後に、貴社が目指す今後のビジョンをお聞かせください。

葛原塁:
経営理念に「創造・挑戦・成長を楽しみ、人生と社会に嬉しさを」という言葉を掲げ、仕事のプロセスを楽しみながら、そこから生み出される喜びを社会全体で分かち合える「ユニークな集団」であり続けることが目標です。私たちが手がけるのは専門性の高い領域ですが、確実に世の中の役に立っていると実感しています。

今後、産業構造が大きく変化したとしても、常にアンテナを高く張る姿勢が欠かせません。新しい価値を見つけ出し、生き残っていける組織でありたいと思っています。目先の利益だけを追うのではなく、社員の幸せとやりがいを追求し続けることで、結果として自然と利益もついてくるはずです。そんな会社を、これからも全社一丸となってつくり上げていきます。

編集後記

38歳という若さで老舗企業のトップに立ち、自律型の組織へと変革を成し遂げた葛原氏。その背景には、現場での経験と、栄枯盛衰の現実を直視したシビアな視点があった。「永遠に続く事業はない」という強い危機感を持つ同氏。インタビュー中終始感じられたのは、社員への深い信頼と未来への明るい展望だ。劇的な変化が続く現代において、独自の視点を武器に次の時代をいかに切り拓いていくのか。同社のさらなる飛躍が楽しみだ。

葛原塁/1975年生まれ。甲南大学法学部卒業後、大日本塗料株式会社に入社。2004年に株式会社ネオスへ入社。化工本部長、化学品本部長を歴任し、2013年に代表取締役社長に就任。就任後は、社員の挑戦を後押しする「YES!NEOS活動」をスタート。活動内容は自由、「失敗してもよい」という考えのもと、社員一人ひとりが楽しみながらチャレンジできる風土づくりに取り組む。2024年4月滋賀県内でCMを放映開始。