
保育士として長年現場に立ち、現在も子どもたちと向き合う傍ら、独自視点の育児グッズを展開する株式会社エミナル。代表の脇谷由香氏が開発した『Hug育バッグ(抱っこ用バッグ)』はECサイトで高い評価を獲得している。なぜ、これほどまでに数多くの親たちに支持される商品を生み出せたのか。その大きな要因は、元消防士の夫・脇谷健太郎氏と二人三脚で追求した「安全性と密着感」への妥協なきこだわりにある。そして、その開発の原点には、脇谷氏自身が出産経験を通じて直面した、仕事と育児の両立に対する切実な思いがあった。育児に余裕と笑顔を生み出すための同社の思いと、その展望に迫る。
自分の子を預けて他人の子を見る葛藤 保育士の壁を越える起業への道
ーー起業に至る前はどのような仕事をされていたのですか。
脇谷由香:
姉が幼稚園の先生をしていたこともあり、昔から保育の仕事は身近でした。そのため、私も大学の生活支援学科では保育や福祉を学び、卒業後は保育園に就職しました。現場で働く中で、子どもたちの成長を見守るだけでなく、背後にある保護者支援の重要性に強い関心を持つようになりましたね。
ーーその後、起業をされたのはどのようなきっかけがあったからですか。
脇谷由香:
保育園で働く中で、自分が親になる前は、「ご両親はもうちょっと子育てを頑張れるのでは」と思うことがありました。しかし、私自身が妊娠と出産を経て自分が親の立場になると、考えが一変したのです。世間の親たちがすでにどれほど無理をして頑張っているのかを痛感しました。
同時に、保育士としての「壁」にもぶつかりました。自分の子どもを保育園に預けながら、仕事では他人の子どもを見ている。その状況に「何のために仕事をしているのか」という葛藤が生まれ、「もっと自分の子どもに時間を費やせる在宅の仕事がしたい」と夫に相談しました。すると夫が、個人でできる輸入ビジネスの本を勧めてくれたのが、起業の最初のきっかけです。
「本当の抱っこ」を追求 保育士と元消防士の知見を融合した唯一無二の商品
ーーオリジナル商品である『Hug育バッグ』の開発経緯と、その強みを教えてください。
脇谷由香:
最初は輸入販売からスタートしたのですが、次第に「もっとお客様のニーズに寄り添いたい」という思いが強くなり、オリジナル商品の開発を手がけるようになりました。
私たちのHug育バッグの最大の強みは、私自身も一人のユーザーとして同じ悩みを抱えていたからこそ、既存製品に対するお客様の不満を徹底的に解消できた点です。従来の製品は荷物が入らず、肩や腰が痛くなりやすいという課題がありました。また、子どもが座る部分が床に対して平行な「ただの椅子」になっており、不自然な姿勢になりがちでした。私たちが開発したHug育バッグは、座面をあえて斜めに設計しています。これにより親の体と子どもがぴったりくっつく「本当の抱っこ」に近い密着感を生み出しました。子どもにとって、安心できる状態で愛情を満たされることは非常に重要です。親が楽になるだけでなく、子ども自身が「心地よく抱っこされている」と感じられるデザインにこだわりました。
ーー元消防士である旦那様の知見は、どのように製品に反映されていますか。
脇谷由香:
夫は前職で16年間、消防士をしていました。そのため、日常のちょっとした危険や安全面に対して非常に厳しい視点を持っています。一般的なヒップシートは耐荷重20kgのものが多い傾向にありますが、小学校入学前の子どもは20kgを超えることもあり、ギリギリのラインを攻めるのは危険だと考えられました。そこで私たちは商品の強度を追求し、耐荷重30kgの試験をクリアできるように設計したのです。また男女兼用のデザインにしたことで、父親の育児サポートグッズとしても支持されています。
育児に余裕を 選択肢を増やし笑顔の循環を生み出す
ーー商品開発を進めるうえで、大切にしている考え方はありますか。
脇谷由香:
SNSなどを見ると、「こうしなければ」と理想の育児法に縛られ、自分を責めて落ち込んでしまう母親が多いと感じます。私は、頑張ることは素晴らしいけれど、力を抜ける部分は抜いてほしいと思っています。育児に余裕が生まれれば、子どもと触れ合う純粋な時間が増え、見方も変わります。
だからこそ、弊社は「育児に余裕を生む」をテーマにしています。私たちが提供するグッズが「便利なものに頼るのもひとつの方法」という育児の選択肢になれば嬉しいです。社名の「エミナル」には、「笑みになる」という意味が込められています。親に余裕ができれば、それは笑顔となって子どもに伝わります。そして関わる人すべてが笑顔になっていくような循環を生み出したいのです。
日本の育児を支え海外へ 関わるすべての人を「笑み」にする挑戦

ーー最後に、今後の展望についてお話いただけますか。
脇谷由香:
直近では、お客様が実際に商品を手に取って試着できる機会を増やしたいです。そのためマルシェや展示会への出店など、オフライン展開を強化していきたいと考えています。また、30代から40代前半のファミリー層に向けた新商品の開発や、既存商品のブラッシュアップも継続します。
中長期的には、海外市場への展開も進めていきます。すでに台湾でのクラウドファンディングなどを実施しています。日本の質の高い育児グッズは、少子化が進んでいない海外でも必ず需要があると確信しています。これからも「育児に余裕を生む」という思いを軸にブレることなく進みます。ヒップシートの分野でトップを目指し、関わる全員が「笑顔になる」会社を築いていきます。
編集後記
「子どもを預けて他人の子どもを見る」という保育士ならではのジレンマ。その悩みに真っ正面から向き合い、自らの手で理想の育児環境を具現化しようとする脇谷氏の行動力には、揺るぎない信念が宿っている。流行りのノウハウではなく、保育現場で培った「子どもの心を満たす」視点と、元消防士の「命を守る」視点。この2つがかけ合わされた商品は、単なる便利グッズを超えた「親子の絆を深めるツール」として機能している。育児の正解が多様化する現代において、株式会社エミナルは「力を抜くための選択肢」を提示し続けている。同社の存在は、多くのファミリーにとって欠かせないお守りとなっていくはずだ。

脇谷由香/1989年埼玉県生まれ。東洋大学ライフデザイン学部生活支援学科を卒業後、保育園に勤務。2021年に株式会社エミナルを設立し、輸入販売を経てオリジナル商品開発へ。育児の“余裕”を生むHug育バッグ「DDiccho」を開発。現在も保育現場に立ちながら、子育て支援と商品づくりに取り組む。