
茨城県に拠点を構え、発電所や官公庁などに向けて計測機器やシステムの提供・保守事業を展開する東洋計測株式会社。同社を率いる代表取締役社長の和田厚氏は、20代の頃に就職先の企業で生死を彷徨う大事故を経験し、それを機に家業へ戻る決意を固めた。その後も社員の相次ぐ退職などの困難に直面したが、「他責」ではなく「自責」として捉える自己研鑽の精神で幾多の壁を乗り越えてきた。同社が1991年から毎日欠かさず続ける「環境整備」は、単なる清掃の枠を超え、社員の「気づく力」と「やり切る力」を養う根幹となっている。和田氏の歩みと、独自の組織づくりの真髄に迫る。
生死を彷徨う事故が教えてくれた自らの「使命」
ーーまずは、貴社へ入社されるまでの経緯についてお聞かせいただけますか。
和田厚:
大学卒業後は大手電機メーカーに就職し、プラント系の部門に配属されました。しかし入社して丸1年が経った頃、仕事中に大きな事故に遭ったのです。救急車で運ばれ、「このまま死んでしまうのではないか」と覚悟するほどの事態でした。そんなタイミングで、自身の死生観や今後の人生について深く見つめ直しました。その際、「実家の会社に戻って家業を継ぐことこそが、自分の使命であり人生観なのかな」と直感したのです。幸いにも一命を取り留め、その後は会社に配慮していただきましたが、人生の大きな転機を経て気持ちが固まったこともあり、怪我が治癒した約1年後に退職し、弊社へ入社しました。
ーー入社された当時、社内はどんな状況でしたか。
和田厚:
私が入社した直後に、新規事業として立ち上がっていた制御システム部のメンバー全員が退職するという事態が起きました。当時はインターネット普及の黎明期でしたが、彼らが構築した社内ネットワークの管理者が不在となってしまったのです。パソコンにエラーが表示されても、問い合わせる相手がいません。ある時、プリンターが出力されずメーカーに問い合わせたところ、販売元と製造元の間でたらい回しにされました。しかしこの経験を通じて、近い将来ITの導入で困る人が必ず増えると直感したのです。そこで自ら知識を身につけ、官公庁へパソコンを導入する提案など、3年ほどかけて地道な営業活動に取り組みました。
「他責」を捨て「自責」と自己研鑽で道を切り拓く

ーーその後、事業は軌道に乗ったのでしょうか。
和田厚:
徐々に成果は出たものの、事業が軌道に乗り始めた頃に新たな社員が離職してしまうなど、困難は続いていました。しかし、この出来事が私にとって大きな転機となります。それまでは目の前の問題を周囲の環境や時代のせいにしていましたが、「他責」にしていても状況は変わりません。矢印を自分に向け、「自責」として捉えなければ何事もうまくいかないと気づかされたのです。
ーーそこから、どのようにご自身を変えていったのですか。
和田厚:
経営や人間性を学ぶ場へ積極的に足を運ぶようになりました。そこで特に感銘を受けたのが、京セラの稲盛和夫さんが語っていた「誰にも負けない努力をしているか」という教えでした。当時の自分を振り返ると、まだまだ努力が足りないと痛感させられたのです。心を入れ替えた私は、昼間に営業活動を行い、夜は事務処理や提案書の作成に打ち込みました。さらに自身の人格向上のため、深夜まで勉強にあてる毎日を送るようになります。圧倒的な行動量を重ね、逃げずに徹底的に自分と向き合った当時の経験が、今の私の土台になっています。
1日30分の「環境整備」が諦めない心と気づく力を育む

ーー貴社の強みである「環境整備」について教えてください。
和田厚:
「環境整備」は1991年から続けている取り組みです。内容としては毎日30分間、社員全員で社内の「磨き込み」を行うものなのですが、これは単なる清掃作業ではありません。「捨てる」ことから始め、残ったものを使いやすく整理整頓する活動です。実は「不要なものを捨てる」という判断は非常に難易度が高いものです。この判断ができるようになると、仕事の効率や質が劇的に向上します。
ーー環境整備は社員にどのような変化をもたらしますか。
和田厚:
変化は確実に生まれます。毎日30分間、一つのことをやり続ける。これにより、困難な課題にも諦めずに挑む精神や、手を抜かずにやり切る力が身につきます。3年、5年と継続するうちに、日常の業務でも「気づく力」や「判断力」として発揮されるのです。私たちが扱うのは、発電所など高い精度が求められる現場です。環境整備を通じて研ぎ澄まされた感覚が、小さな違和感やリスクへの気づきにつながります。それがお客様への「安心・安全・満足」の提供に直結しています。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせいただけますか。
和田厚:
「品格のある会社」を目指しています。同業他社が多数存在する中で、「東洋計測は一味違う」と評価されるような、独自性のある企業でありたいのです。また、現在社内で実施している経営シミュレーションを通じた教育を、今後は地域の企業や子どもたちにも広げたいと考えています。数字を根拠に意思決定を行う訓練です。この経験を通じて、子どもたちが将来社会に出た際の判断基準を養う手助けができれば嬉しいです。事業の成長に留まらず、人づくりを通じた地域貢献も果たしていきます。
編集後記
「他責を捨て自責で生きる」。言葉にするのは容易いが、幾多の試練を前にそれを徹底し続ける和田氏の姿勢には、自己研鑽に裏打ちされた本物の強さが滲んでいた。同社を支える「環境整備」もまた、単なる美化活動ではなく、人の心と感覚を研ぎ澄ます独自の教育システムとして機能している。「品格のある会社」を目指し、人づくりを通じて地域に新たな価値を提供しようとする同社の未来が楽しみだ。

和田厚/1968年神奈川県生まれ、神奈川工科大学卒。大手電機メーカーを経て1994年に東洋計測株式会社へ入社。2012年に同社代表取締役社長に就任。