※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

茨城県は全国で唯一、県域の民放テレビ局を持たない。この地で地域密着のケーブルテレビ局として誕生したのが株式会社JWAYだ。放送技術の専門家がいないゼロからのスタートで、すべてが「手作り」だった立ち上げ期。そこから東日本大震災の試練を経て、地域に不可欠なライフラインとしての役割を確立した。現在は放送や通信の枠を越え、地域課題を解決する拠点への変革を進めている。Uターンで入社し、現場の最前線から代表取締役社長に就任した中言裕之氏に、これまでの軌跡と未来を共にする仲間への思いを聞いた。

東京でのソフト設計から一転 ゼロから作り上げた「手作り」の放送局

ーーまずは、貴社に入社された経緯を教えていただけますか。

中言裕之:
東京でソフトウェア設計に携わった後、親の介護を機に茨城へ戻りました。折しも地元初のケーブルテレビ局が開局する時期であり、縁あって入社に至ります。システム設計の経験を活かせる放送技術の仕事を想定していましたが、会社が求めていたのは「地元を知る人間としての活動」。結果として、営業、技術、番組制作まであらゆる業務に携わることになりました。

ーー東京での仕事とは全く異なる環境だったのでしょうか。

中言裕之:
東京時代は、完成されたシステムの中で顧客の要望に応える、いわば「与えられた役割を全うする」感覚が強かったように思います。一方、立ち上げ期にあるケーブルテレビ局ではすべてが手探りでした。特に番組制作を任された当初は機材が乏しく、高校野球の中継もカメラマンと私の2人体制、カメラ1台で放送を回すような状況でした。

視聴者から厳しい声をいただくこともありましたが、少しずつ機材を拡充し、画面に選手の名前を表示できるようになった時、「良くなったね」と直接声をかけていただけた。その喜びは計り知れません。与えられた役割をこなすのではなく、自らの手でゼロから放送局を作り上げていく過程の熱気は、今のJWAYを支える原動力にもなっています。

1ヶ月半の災害特番 東日本大震災で刻まれた「存在意義」

ーーこれまでの歩みの中で、特に印象的だった出来事はありますか。

中言裕之:
開局から6年が経過し、中継設備が整いつつあった時期に見舞われた東日本大震災です。発災直後、私たちは通常のコミュニティ放送をすべて休止し、1ヶ月半にわたって災害特別番組の放送を続けました。病院の診療時間、スーパーや銭湯の営業時間、給水所の場所。地域の方の生活に直結する情報を、全社一丸となって収集し、発信し続けました。

平時は地域の明るい話題を届けるのが私たちの役割です。しかし、未曾有の危機において、これほどまでに細やかな地域情報が渇望されるのだと痛感しました。「ケーブルテレビ局の存在意義はここにある」。全社員の心にその使命が深く刻まれた、会社の大きな転換点です。

テレビと通信の先へ 地域課題を解決する「拠点」へ

ーー改めて貴社の事業内容と、強みについておうかがいできますか。

中言裕之:
弊社は創業当初から、一本の回線でテレビ、インターネット、電話を利用できるトリプルサービスを展開しています。大きな強みは、お客様の自宅へ直接訪問し、顔の見えるサポートを行っている点です。デジタル機器の設定に不慣れな高齢者などに寄り添い、その場で問題を解決することで、強固な信頼関係を築いてきました。

これまでは、インターネットや放送というインフラの提供が主たる役割でしたが、お客様の要望もあり、2023年にはスマートフォンサービスの提供も開始し、合わせて高齢者向けのスマホ教室を開催するなど、お客様に寄り添ったサービスを行っています。これからも事業は次の段階へ進めていく必要があります。

ーー社会からはどういった役割が求められているのでしょうか。

中言裕之:
自社が持つインフラとメディアを活用し、「地域課題の解決」に直接寄与することです。一例として、地域で奮闘する企業や団体の魅力発信を支援し、交流人口の拡大につなげることが挙げられます。私たちにはテレビ放送のみならず、インターネット通信やSNSなど、多様な情報発信の経路があります。単なる通信サービスの提供者にとどまらず、地域の皆さまと共に課題に向き合い、街を活性化させる拠点へと進化しなければなりません。

充実した余暇と大きなやりがい 地域を変える仲間を求めて

ーー今後、どのような人材と一緒に働きたいとお考えですか。

中言裕之:
弊社は現在、原点を見つめ直しながら、未来への新たな挑戦を始めている最中です。放送・通信インフラやイベント企画など、地域との多様な接点を持つ弊社だからこそ、「この街でこんなことを実現したい」という強い好奇心を持つ方に仲間になっていただきたいですね。都市部で培った知識や経験を、手触り感のある現場で活かす。そして、地域が変わっていく過程を自らの目で確かめる。それは、他では得がたい経験となるはずです。

ーー「働き方」について取り組まれていることがあればお聞かせください。

中言裕之:
柔軟な働き方ができる点も魅力です。海が近いため、早朝にサーフィンやゴルフを楽しんでからフレックスタイム制で出社する社員もいます。東京へのアクセスも良く、余暇を充実させやすい環境が整っています。仕事の先には、地域の皆さんからの「ありがとう」という感謝の声が直接届く。自身の人生を豊かに楽しみながら、地域社会の課題に挑む。この生き方に共感いただける方を、心からお待ちしています。

編集後記

「同じ会社で一生同じ仕事をするのではなく、様々な経験を積みたい」。そう語っていた若者はUターンを経て、未開拓の地元インフラ事業にその情熱を注ぎ込んだ。一企業が自らのメディアと通信網を持ち、住民の顔が見える距離でサポートを続ける強みは、都市部の大企業には真似できない大きな価値だ。「AIに答えを求めるのではなく、AIを使って地域課題の解決に取り組む」。中言氏の力強い言葉からは、これからの地方創生を牽引する次世代プラットフォーム企業としての覚悟が窺える。JWAYでのキャリアは、自分の仕事が街の鼓動をどう変えていくのかを、最前線で体感できる貴重なフィールドとなるだろう。

中言裕之/東京でソフトウェア設計の仕事に従事した後、Uターンで2005年に株式会社JWAYへ入社。地元を知る人材として営業から技術、番組制作まで幅広い業務に携わり、開局当初からの地域密着の放送局作りに奔走する。2017年に取締役、2019年に常務取締役、2021年に取締役副社長を経て、2022年より代表取締役社長に就任(現任)。現在は地域密着企業として、放送・通信インフラの提供にとどまらない「地域課題の解決」に注力している。