※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

幼い頃から転勤族として全国を巡り、多様な文化に触れてきた藤田浩治氏。現役の声優でもある同氏は、大手IT企業で18年にわたりシステムエンジニアを務め、そのうち10年間は労働組合の本部執行委員や分会長を務めた異色の経歴を持つ。現在、株式会社アル・シェアの代表として「声が空間を変えていく。」をモットーに、声優が生涯活躍できる新しい仕組みづくりに奔走している。同社が展開する「表現力の研修」は多くの企業から注目を集める。なぜITのスペシャリストが声優事務所の経営を手がけたのか。AI時代における声の可能性と、これからのビジネスに必要なコミュニケーションのあり方に迫った。

転勤族の経験とIT企業での学びが経営の礎に

ーー現在の経営のルーツとなるご経験があれば教えてください。

藤田浩治:
生まれは仙台ですが、父の仕事の都合で群馬、名古屋、大阪など、約3年ごとに転勤を繰り返していました。これまでに十数回の引越しを経験しています。当時から転勤をワクワクしていた私にとって、さまざまな地域で異なる文化や特性を肌で知ることができたのは大きな財産です。この経験は、現在の仕事の仕方や、地方展開を見据えた経営の考え方にも色濃く反映されています。

ーーその後、どのようなキャリアを歩まれたのでしょうか。

藤田浩治:
中学生の頃からアニメとコンピュータが大好きで、高校時代にはすでに声優の道を志していました。ただ、当時は声優になるには東京へ出るという一択しかなく、親にナイショで声優を目指すために千葉にある大学の情報学部へ進学することに。そこから19歳で本格的にITと声優の勉強を同時にスタートさせました。

それから30年、結果的に現在も声優とITエンジニアの両方を現役で続けています。IT業界ではフルスタックエンジニアとして働きつつ、NTTグループの労働組合で本部執行委員や分会長を10年の間に経験する機会にも恵まれました。そこで巨大組織の「誰が欠けても存続する仕組み」を学べたことが、現在の経営に大きく活きています。

突然の事務所解散からの再起と 声優自らが運営する自律型組織の構築

ーー現在の会社を設立された経緯についてお聞かせください。

藤田浩治:
実は、私が以前所属していたのは、日本で最初に株式会社として設立された同人舎プロダクションで、業界の黎明期を築いた伝統ある声優事務所でした。しかし、代表が亡くなったことで突如解散が決まってしまったのです。私自身はただの一所属の声優であり、自分が社長になるなんて全く考えていませんでした。しかし、47年続いた歴史ある場所をなくしたくない、仲間たちの居場所を守りたいという一心で、解散決定からわずか3ヶ月で新会社「アル・シェア(同人舎の社名でスタート)」の立ち上げを決意しました。

ーー設立直後から事業は順調にスタートできたのでしょうか。

藤田浩治:
いえ、引き継ぎは一切できなかったため、全くのゼロからのスタートでした。当初は私と副社長を含めてわずか8人でしたが、現在は270名を超える規模まで成長しました。カリスマが去れば終わる組織ではなく、大企業で学んだような「仕組み」として継続し、スタッフも声優も安心して生涯現役でいられる組織をつくることが、私の使命だと思っています。

ーー貴社の理念と組織の独自性についてお聞かせいただけますか。

藤田浩治:
弊社のモットーは「声が空間を変えていく。」です。そして最大の特長は、会社の事業の多くを声優自らが担う自律型組織である点です。驚かれるかもしれませんが、270名以上の所属に対し、事務系の専従スタッフは役員を除くとたった2名。これは私がフルスタックエンジニアとして社内システムを自身で構築し、徹底的に自動化・効率化しているからです。

採用やイベント運営、企業研修の講師なども声優が担当します。「セカンドスキルを活かして、本業の声優業を伸ばす」という考え方で、全員がプレイングマネージャーのように動いており、協力的な文化が根付いています。

AI時代に求められる「表現力の研修」と声の無限の可能性

ーー最近注力されている事業について詳しく教えてください。

藤田浩治:
日本人の84%が自分の声にコンプレックスを持っているという調査結果があります。人前で話すことや、感情を乗せてコミュニケーションを取ることに苦手意識を持っているのです。実は、声優を志す若者の中にも、もともとは人見知りだったり、コミュニケーションが苦手だったりする人が少なくありません。しかし、養成所で適切な訓練を受ければ、見違えるように喋れるようになります。このノウハウを一般企業向けに展開したのが「声の表現力研修」です。

たとえば、上司は熱意のつもりでも、部下には威圧的なパワハラに聞こえてしまうといったすれ違いは、声の出し方が原因であることが多いのです。私たち声優が第三者視点のプロとして声の表現力を指導することで、社内のコミュニケーション不全を解消し、離職率の低下や営業成績の向上に貢献しています。

ーーAIが進化する中で声優の役割はどう変わっていくとお考えですか。

藤田浩治:
情報をただ伝えるだけの音声は、確実にAIに代替されていくでしょう。しかし、だからこそ「感情を乗せて人の心を動かす」という超アナログな領域の価値が相対的に高まっていくと考えています。たとえば、商業施設の入り口で声優が明るく声をかけるだけで、売上高が40%も上がった事例があります。

また、「日本語の豊かな感情表現」という無形資産を、コンテンツとともに世界へ輸出していく構想も持っています。声にはまだまだ無限の可能性が秘められているのです。企業の中にある「声」に関わる課題は、私たちがすべて解決できると自負しています。

ーー共に働きたい人物像と今後の展望についてお話いただけますか。

藤田浩治:
声優業は決して一人では成立しません。一つの作品を作るために、他の共演者やスタッフと協力できる「協調性」のある方と一緒に働きたいです。周りへのリスペクトを持ち、チームとしてよいものをつくろうとする姿勢が何よりも大切です。今後の展望としては、現在拠点のある東京、福岡、札幌間の連携を深めつつ、最終的には47都道府県すべてに拠点を展開したいと考えています。地方創生に関わりながら、誰もが地元にいながら生涯声優としてご飯を食べていける。そんな業界の新しい当たり前を、私たちがつくっていきます。

編集後記

ITエンジニアとしての論理的思考と、声優としての豊かな表現力。一見相反する2つの要素を高度に融合させている藤田氏の経営手法には驚かされた。AIの台頭を脅威とするのではなく、人間ならではの「感情」と「空気感」の価値を再定義し、新たなビジネスチャンスへと昇華させている。声優たちが自ら組織を動かし、日本中の企業のコミュニケーション課題を解決していく。アル・シェアが築き上げる新しいエコシステムは、エンターテインメント業界のみならず、あらゆるビジネスに革新をもたらすだろう。

藤田浩治/1975年生まれ、愛知県出身。1998年帝京平成大学情報学部卒業。学生時代の1997年より株式会社同人舎プロダクションに声優として所属。声優歴30年。並行で伊藤忠テクノソリューションズ株式会社に入社、NTTコムエンジニアリング株式会社、NTT労働組合コミュニケーションズ本部、株式会社シオンステージに在籍。2012年4月、株式会社アル・シェアを設立し、代表取締役社長に就任。