
高等専門学校を卒業後、大手放送局の海外報道部門という異分野から衣装制作の世界へ飛び込んだ株式会社Elbeso代表取締役の髙倉公美氏。大手劇団やショーの衣装から、メンズアイドルのステージ衣装、さらにはシニア世代を輝かせる「わたしの人生写真館」まで、行動力と情熱で多様なプロジェクトを牽引している。なぜ未経験からプロの衣装家へと転身できたのか。人を感動させるクリエイティブの源泉とは。国内外で躍進を続ける同氏に、独自のキャリアとビジネスの展望を聞いた。
大手放送局から衣装制作の世界へ 直感と縁で切り拓いたキャリア
ーーまずは、衣装制作の道に入った経緯を教えていただけますか。
髙倉公美:
衣装制作を始めたきっかけは、趣味でライブに着ていく服をリメイクしたことです。もともとは高専で情報処理を学び、卒業後は放送局の関連会社の海外報道部門に就職しました。しかし、不規則な勤務形態で友人と休日が合わず、一人で過ごす時間が増えました。そこで自分のための服づくりを始めたところ、その面白さに目覚めたのです。
次第に本格的な知識を求めて休日に専門家のもとへ通い、パターンづくりを学ぶようになります。そして未経験ながら大手劇団などの衣装を手掛ける制作会社に直談判し、まずは放送局に勤めながら、休日にその制作会社に通って2ヶ月ほど現場を経験させてもらいました。その後、放送局を正式に退職し、衣装制作の世界へと本格的に飛び込んだのです。
ーーどのような事業からスタートしたのですか。
髙倉公美:
個人事業主として長く活動し、独立後は年に2回のオーダー会(受注会)を10年ほど続けました。特に印象的だったのは、初めてCMの衣装制作を手掛けたときのことです。街中で偶然出会った人が広告代理店に勤務しており、「衣装をつくってみないか」と声をかけてくれたのが始まりでした。このような人との出会いや縁に恵まれ、実績を積んできました。その後、バンクーバーやニューヨークのファッションウィークに参加するようになり、海外との取引を円滑に進めるために法人化しました。
ーー仕事をする上で、大切にしている言葉や考え方は何ですか。
髙倉公美:
ゲーテの「自分の胸から出たものでしか人の心はつかめない」という言葉です。自分自身の内なる情熱を形にしたものでなければ、人の心を動かすことはできません。だからこそ、何かを制作する際は既存の作品を模倣するのではなく、自分の中で咀嚼し「これなら面白いものができる」と確信できることにのみ集中しています。衣装単体ではなく、着る人、背景、音楽などすべてが混じり合って初めて感動が生まれると考えています。
メンズアイドル衣装から全身タイツまでチームで生み出す創造力

ーー現在、貴社ではどのような事業を展開されていますか。
髙倉公美:
自社で展開しているのは「衣装制作」と「映像制作」の2つの事業です。私が衣装制作を担当し、もう一人の創業メンバーが映像制作を担当しています。これらは完全に別の事業として動いていますが、映像制作の依頼があった際には、衣装も含めて自社内で完結できる体制を整えています。
ーー衣装制作における貴社の強みを教えてください。
髙倉公美:
最大の強みは「衣装なら何でもつくれる」ことです。戦隊ものから子ども番組、さらに独自のノウハウが必要な全身タイツまで幅広く対応できます。私一人ですべてを抱えるのではなく、各分野に特化した職人たちとチームを組んでいることも大きな武器です。
現在、特に依頼が多いのはメンズアイドルの衣装です。メンズ特有の動きやすさと華やかさを両立させるため、専門のパタンナーと組んで制作しており、踊りやすくて見栄えのする衣装を提供できるので、高いリピート率につながっています。「メンズアイドル衣装ならElbeso」と認知していただけるよう、日々品質を追求しています。
シニア世代を輝かせる「わたしの人生写真館」
ーー「わたしの人生写真館」とは、どのようなプロジェクトですか。
髙倉公美:
これは「綺麗な遺影を撮りたい」という思いからスタートした事業です。私たちがロンドンやニューヨークのコレクションで発表した前衛的なデザインの衣装は、実はシニアの方々の体型にとてもよく似合います。そこにプロのヘアメイクやカメラマンの技術が加わることで、全く新しいアート作品が生み出されるのです。
ーー参加された方からは、どのような反響がありますか。
髙倉公美:
「自分がこんな服を着るなんて」と最初は驚かれますが、撮影が始まると皆さんとにかく生き生きとした表情に変わります。「もう一度モデルをやりたい」「華やかだった時代を思い出した」と、日々の生きがいにしてくださる方も多くいらっしゃいます。私たちはこの取り組みを単なる記念撮影ではなく、一つの「アート作品」をともにつくる体験として位置づけています。
今後は写真展を開催し、家族間で感想を共有したりして、参加者同士が交流できるサロンのようなコミュニティの役割も担っていきたいですね。シニア世代が新しい自分を発見して輝ける場を、これからも提供し続けたいと考えています。
3Dプリンターが拓く未来と海外への再挑戦
ーー今後の展望や、目標について聞かせてください。
髙倉公美:
国内外に向けて、さらに活動の幅を広げていくことです。その一環として、現在も英語でのプレスリリース発信やSNSを通じた情報発信を継続して行っています。また、技術的な目標としては、5年後までに3Dプリンターを本格的に活用したいと考えています。3Dプリンターで独自のパーツを制作し、衣装表現の幅をさらに広げた上で、再びニューヨークやロンドンでショーを開催したいですね。
現地のスタイリストとつながり、海外アーティストの衣装を手掛けることが大きな目標です。エンターテインメントの仕事だからこそ、お客様が「これにならお金を払いたい」と心から思える、ワクワクするものをつくり続けたい。ビジネスとしても成長させながら、チームで新しい景色を見に行きたいと考えています。
編集後記
「自分の胸から出たものでしか人の心はつかめない」。その言葉通り、髙倉公美氏のキャリアは自身の直感と熱量によって切り拓かれてきた。放送局から未経験で衣装の世界へ飛び込み、海外のファッションウィークを経験。さらにシニア向けの新たなサービスまで生み出す行動力には目を見張るものがある。デジタル化が進む現代において、人の心を動かすのはつくり手の真っ直ぐな情熱なのだと感じた。3Dプリンターという新たな技術を手に、同社がどのようなエンターテインメントを世界へ発信していくのか。今後のさらなる飛躍に期待したい。

髙倉公美/福岡県生まれ。久留米工業高等専門学校卒業。NHKテクニカルサービスに入社するも、洋服づくりの魅力にとりつかれ、松浦亘氏のもとで服づくりを学ぶ。退社後、『Satomi, el beso』を立ち上げ、個人向けオーダーメイドからアーティストの衣装まで、東京で20年のキャリアを築いた。2023年に株式会社Elbesoとして法人化。数々のテレビコマーシャル、舞台、企業の制服など幅広い分野で活躍。