※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

1887年の創業以来、130年以上にわたり繊維産業を牽引してきた長谷虎紡績株式会社。同社は、企業理念である「地域との共存共栄」を受け継ぎながら、機能性繊維に強みをもったOEM事業を展開しており、宇宙ロケットに採用される特殊糸を製造するなど、その圧倒的な技術力を誇る。五代目として会社を率いる長谷享治氏は、アパレル産業が抱える環境課題に向き合っている。「素材で世界を変える」というミッションを掲げ、新たな挑戦を続ける中で培われた経営の覚悟と、次世代を見据えた組織づくりの裏側に迫る。

70歳の番頭に学ぶ 「準備」と逆風から得た経営の覚悟

ーーまずは、家業に入られた経緯をお聞かせください。

長谷享治:
私は大学を卒業後、他社を経由することなく、すぐに家業である弊社へ入社しました。入社してまず私を待っていたのは、会社のすべてを知り尽くした役員からの徹底的な指導です。当時、社内には中学校卒業から勤め上げてきた70歳の番頭のような役員がいたのですが、彼が『半世紀以上で培った経験をすべて教えたい』と言ってくれたのです。その言葉を受け、約2年間にわたり彼の隣で指導を受け、「準備の大切さ」などを叩き込まれました。

彼は毎朝誰よりも早く出社し、その日お会いするお客様に提供する情報を完璧に準備していました。また、社員の机の整理整頓状況から一人ひとりの変化を読み取り、夜遅くに届くファックスを確認しては翌朝に労いの言葉をかけるような人でした。私はそうした細やかな心配りと、ビジネスパーソンとしての立ち振る舞いのすべてを学ぶことができたのです。

ーーキャリアの中で転機となったエピソードを教えていただけますか。

長谷享治:
最大の転機となったのは、32歳の時に中国の現地子会社で「総経理(社長)」として組織運営に携わった経験です。2012年の尖閣諸島問題を契機に我々を取り巻く事業環境が激変し、最終的には2019年に工場を閉鎖して、事業を清算して撤退するところまで自ら携わりました。

私たちが現地でつくっていた自動車用カーペットは、現地の同業他社と比べても品質が良く、日系企業でありながらコスト面でも負けていませんでした。しかし、生き残ることができなかった。その理由は「中国の市場から必要とされなくなった」からです。総経理として拠点を閉鎖する痛みをまざまざと味わったことで、「どんなに品質やコスト面で優れた良い製品であっても、世の中に必要とされるものでなければ生き残ることはできない」ということを痛いほど強烈に感じました。

この原体験が、世の中に必要とされ、お客様に選ばれる会社にならなければならないと強く決意する覚悟を与えてくれました。

世界唯一の技術力と「素材で世界を変える」というミッション

ーー改めて、現在の事業内容と強みについて教えてください。

長谷享治:
機能性繊維に強みをもったOEM事業を主力としています。私たちの技術力を象徴するものが、宇宙ロケットの噴射筒に採用されている「世界一燃えにくい特殊な糸」です。3000℃から4000℃という超高温に耐え、糸ですので当たり前ですが金属よりも圧倒的に軽いという特徴を持っています。この特殊な糸を製造できるのは、世界でも私たちの工場だけです。

また、売上の約6割を占める素材事業に加えて、約4割はカーペット事業を展開しており、お客様のご要望に合わせた多様なものづくりを行っています。こうした他社には真似できない世界唯一の技術力が、弊社の事業の根幹を強固に支えています。

ーー貴社の事業に対する思いをお聞かせください。

長谷享治:
弊社は「素材で世界を変える」というミッションに、環境負荷の低い新素材の開発を通じて社会課題を解決したいという思いを込めています。アパレル産業は、世界で2番目に環境へ負荷をかけている産業です。ファストファッションなどの普及により、簡単に手頃に洋服が買えるようになったことで「大量生産・大量消費・大量廃棄」のサイクルが加速し、たったこの20年間で廃棄される洋服の量は2倍に膨れ上がりました。

この課題に向き合うため、現在は新素材を開発する企業などと協業を進めています。彼らが持つ優れた素材を、私たちが長年培ってきた「糸や生地にする職人技術」と掛け合わせます。そして、社会での実装を後押ししているのです。今後は繊維以外の領域も見据え、「素材で世界を変える」ための挑戦を続けていきます。

「地域との共存共栄」で実現 若手が躍動する組織づくり

ーー若手人材の獲得についてはどのような取り組みをされていますか。

長谷享治:
おかげさまで、弊社では毎年約10名の新卒採用に成功しており、現場の平均年齢も33歳を維持できています。この背景には、創業の原点である「地域との共存共栄」を体現し、地元との接点を積極的に創出していることがあります。たとえば、地元校の社会見学を多数受け入れて実施する「糸電話をつくるワークショップ」では、化学繊維やコットンなど5種類の素材を用い、素材による音の伝わり方や振動の違いを体感してもらっています。

また、地元のプロサッカーチームと連携し、不要なダウンジャケットをスタジアムで回収するSDGs活動も行っています。自社単独ではリーチできる人数に限りがありますが、クラブと連携することにより広く認知を獲得できるのです。幼い頃に見学へ来た子どもたちや、活動を知った20代の若者が入社を志望してくれる好循環が生まれています。

ーー今後の注力テーマについて教えていただけますか。

長谷享治:
私たちの今後の成長に向け、カギとなるのは「人への投資」と「工場の生産性向上」です。組織面については、経営幹部や次世代リーダーの育成に加え、評価・報酬制度のアップデートを急ピッチで進めています。20代の若い世代が安心して働き、「ここで自らのキャリアを切り拓きたい」と思える環境を整えることが不可欠だからです。

そして現場では、生産性向上と品質改善に向けて、経営陣自らが率先して徹底的な「整理整頓」に励んでいます。一見基本的なことのように思えますが、現場を整えるだけで工具を探すような無駄が一掃され、生産性は驚くほど向上するのです。

さらに、未来を見据えたDXや生成AIの活用も積極的に推し進めています。すでに大学と連携し、工場内のCO2排出量を可視化して具体的な削減アクションにつなげる取り組みも始まりました。環境負荷への配慮など、社会の要請に真摯に応えていく姿勢が、結果としてお客様から支持される最大の理由になると信じています。

編集後記

「どんなに良い製品でも、世の中に必要とされなければ生き残れない」。長谷社長が中国で味わった強烈な危機感は、環境課題という世界的なテーマへ挑む同社の原動力となっている。「世界一燃えにくい特殊な糸」をつくり出す圧倒的な技術力を武器に、地域と連携しながら20代の若手を惹きつける組織運営は見事だ。130年を超える歴史に甘んじることなく、常に時代に合わせて進化を続ける同社。彼らが「素材で世界を変える」未来に期待したい。

長谷享治/1980年、岐阜県生まれ。麗澤瑞浪中学・高等学校、麗澤大学卒業。2003年に家業の長谷虎紡績株式会社に入社。2019年に同社の5代目、代表取締役社長に就任。「素材で世界を変える」をミッションに業界に新風を吹き込む。