※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

ベアリングや建設機械などに不可欠な鍛造リングの製造を手掛ける近江鍛工株式会社。小径から5メートルを超える大径まで幅広い要望に応えている。切断から加工までを敷地内で完結させる「自社一貫体制」を強みとしており、国内外のメーカーから多数の取引実績を有する。代表取締役社長の坂口康嗣氏は、大学卒業後に商社で営業の基礎を叩き込んだ後、家業の近江鍛工へ合流した。社長就任後は、評価制度の統一や労働環境の改善、ASEANを中心とした海外展開など、次々と組織改革を進めた。商社時代に培った地道な営業経験が、現在の経営にどう生きているのか。同氏の歩みと見据える未来に迫った。

アパレル志望からの転換 商社で培った地道な営業の基礎

ーーまずは、大学卒業後のご経歴から教えていただけますか。

坂口康嗣:
大学卒業後は、商社に就職しました。もともと将来的には家業を継ごうと考えていたのですが、まずは全く違う業界を経験してみたいという思いがあり、当初はアパレル業界を志望していました。しかし、実際に受けてみると非常に倍率が高かったのです。そこでいろいろと先行きを考えた末、最終的に鉄鋼を主体とする総合商社を選んだのです。

ーー商社ではどのようなご経験をされましたか。

坂口康嗣:
新規開拓の営業を担当し、営業に必要な体力と精神力を身につけました。東京、大阪、名古屋の主要拠点を回り、毎日外回りと新規開拓のための営業電話を続ける日々は、ドラマで見るよりも愚直で地道なものでした。上司から「とにかくお客様のところへ行くように」と背中を押されて回り、帰社しては「また次に行かなければ」と足を動かし続けたのです。しかし、その経験のおかげもあって営業活動への抵抗感がなくなりました。

また、建築金物を問屋へ卸すだけでなく、知名度向上のために自ら主導して展示会に初出展する機会もありました。当時は新人の身でありながら、「どんなものか分からないから勝手にやっておけ」と裁量を与えてもらいました。その場で日々の売上に直結したかは分からないものの、一定の手応えを得ることができたと感じています。この4年間を通して、飛び込み営業以外の開拓手法も習得できたのは大きな収穫でしたね。

移動時間の無駄を省く合理性と信頼を生む「即答」の精神

ーーその後、家業へ入った当初はどのような業務を担当したのですか。

坂口康嗣:
最初の半年間は現場で製造業務を担当し、まずは目の前の仕事に向き合いながら会社や現場の状況を把握していきました。その後、営業部門への異動を経て、既存のお客様への対応と並行しつつ、空き時間を活用して新規開拓を進めました。

ーー新規開拓において、何か工夫されていたことはありますか。

坂口康嗣:
心がけていたのは、移動時間を省くことと素早い返答ですね。移動時間は何も生み出しません。そのため、既存顧客への営業ルート上にある企業を目がけて、新規開拓を実施するようにしました。遠方へ行くより、同じ時間で複数軒回ることができるからです。また、営業活動で最も重視したのは、「即答」です。多少見積もりが高くても、最速で回答すればお客様の印象は向上し、結果として仕事も円滑に進みます。要望に確実に応え続けることが、信頼獲得の秘訣だと考えています。

評価制度の統一と労働環境の改善 そして自社一貫体制の強み

ーー社長就任までの経緯と、就任後の社内改革について教えてください。

坂口康嗣:
営業部門や工場長などの管理職を経て、社長に就任しました。就任後は、主に3つのことに注力してきました。まず「工場内の労働環境改善」です。熱中症対策として除湿や風通しを工夫し、現場の社員が快適に作業できる環境づくりを進めました。

そして次が「社内評価制度の統一」。以前は各工場の工場長によって評価にばらつきが生じていました。そこで、誰が見ても納得できるよう達成基準を明確に定め、全社共通の仕組みへと見直しました。この新制度は運用を始めてまだ1年ほどですので、時代の変化に取り残されないよう、今後も毎年少しずつ改善を重ねていく方針です。

最後が「仕入先の拡大」です。新しい取引先や仕入先を広げることにも率先して取り組み、常に変化し続ける世界情勢の影響などにも対応できるよう、事業の基盤をより強固にするためのネットワーク拡大を進めてきました。

ーー改めて、貴社の事業内容と強みについて教えてください。

坂口康嗣:
事業内容は、ベアリングや建設機械などに用いるリングの製造です。規模や業界を問わず、多様な企業様と取り引きしています。そして弊社の最大の強みは、「自社一貫体制」です。鉄の仕入れから切断、機械加工、配送までを敷地内やグループ内で完結させています。工程ごとに外部企業へ依頼すると、輸送費や移動時間が発生しますが、ここに付加価値はついてきません。無駄を省き、コスト削減を突き詰めた結果、現在の一貫体制が完成したのです。

ASEANから世界へ 最終製品に近づきグループ全体で高みを目指す

ーー海外展開にも注力されているとのことですが、詳しくお聞かせいただけますか。

坂口康嗣:
これまでは国内の展示会にのみ出展していましたが、現在はASEANなどの東南アジア地域を中心に、海外の展示会にも積極的に参加するようになりました。すでにアフリカ以外の地域には取引先があるものの、今後はさらに現地のローカル企業との取引を拡大していく狙いがあります。

展示会以外にも、現地の知人のつながりを頼りに営業へ回るなど、自ら現地へ足を運んで開拓を進めてきました。しかし、相手が必ずしも英語を話せるわけではないため言葉の壁にぶつかり、訪問先が増えてもすぐには売上に直結しないのが実情です。世界を相手に事業を展開し、足しげく顧客のもとへ通うためには、語学力を含めたコミュニケーション能力を持つ営業人材が不可欠だと考えています。現在は、地元の大学で日本語を学んだ東南アジア出身の方の採用も進めており、ある程度の人数を揃えて組織体制を強化しながら、海外市場の開拓を加速させていく方針です。

ーー最後に、今後の展望をお聞かせいただけますか。

坂口康嗣:
完成品に近いメーカー様とのお取り引き増加と、グループ全体の売上高拡大です。また新規開拓では、より最終製品に近い企業様にアプローチします。最終製品に近い位置にいるほど、今後の生産計画などの情報が早く得られるからです。さらに今後は、自社単体での活動に留まらず、後工程を担うグループ会社とも連携を深めていく考えです。社員全員で切磋琢磨し、成長し続ける組織を構築していきたいと思います。

編集後記

「移動時間は何も生み出さない」。その徹底した合理主義は、ルート営業の効率化だけでなく、最大の強みである自社一貫体制にも根付いている。商社での地道な営業経験と、無駄を削ぎ落とす経営手腕。この二つを併せ持つからこそ、歴史ある組織の中にいて改革を断行できるのだろう。国内の強固な地盤を足がかりに、東南アジアをはじめとする世界市場へどう打って出るのか。同社とグループ全体のさらなる飛躍に期待したい。

坂口康嗣/1974年、滋賀県生まれ。大学卒業後、阪和興業株式会社に入社し、4年間の修業期間を経て2002年、近江鍛工株式会社に入社。