
1928年に大阪・道頓堀に店舗を構え始まった街の書店。そんな長い歴史を持つ家業を継承したとき、会社は先代の代で抱えた借金に加え、バブル崩壊と震災の影響で大きな負債を抱えていた。倒産の危機が迫る中、ウイング株式会社の佐藤雅彦氏は、「書店とコンビニの融合」というアイデアで事業のバトンを受けとめ、経営をV字回復に導く。さらには、駅ナカでの催事ビジネスや最新の無人店舗運営まで展開した。常識を打ち破る挑戦の裏には、とことん従業員を大切にし、現場を支援する独自の組織づくりがあった。
銀行員からの転身と多額の負債 「複合店舗」という起死回生の策
ーーまずは、ご経歴をお聞かせいただけますか。
佐藤雅彦:
私はもともと銀行に勤めていました。東京の本店で組織を動かす仕事などを任されており、当時はそのまま銀行員としての道を歩み続けるつもりでした。その後、家庭の事情で大阪の店舗へ異動させてもらったのですが、そこで初めて、家業が非常に厳しい経営状態にあると知ったのです。さらに、1995年の阪神大震災で弊社の店舗が大きな被害を受けたことも重なり、「このままでは会社が危ない」と痛感し、銀行を退職して家業へ戻る決断をしました。
私が戻った時、会社は父親の代からの多額の負債を抱えており、まさに危機的な状況でした。当時はバブル崩壊後の不況に加え、大型書店や新古書店が台頭していた頃です。もはや従来のビジネスモデルは通用しなくなっていました。ただ本を並べてお客様を待っているだけでは生き残れません。そこで私は、新たな集客の要としてコンビニエンスストアに目を向けたのです。
ーー「書店とコンビニの融合」というアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか。
佐藤雅彦:
集客の課題を解決するため、店舗の半分を書店、もう半分をコンビニにし、レジを一つに統合するスタイルを考案しました。当時は法人がコンビニをフランチャイズ経営すること自体が珍しかったのですが、「それぞれで売上高が立つ」「相乗効果がある」「一緒にすることでコストが下がる」という複合の三原則を掲げて挑戦したのです。結果としてこの業態がお客様の支持を集め、会社を立て直す大きな契機となりました。
店舗は「移動する」もの 催事ビジネスと無人店舗への挑戦

ーー危機を脱した後、どのように事業を拡大されたのですか。
佐藤雅彦:
新たな収益の柱をつくるために、あえて店舗を持たない「催事ビジネス」を始めました。本屋は同じ場所で何十年も続くものだと言われてきましたが、私は「店舗は生き物であり、移動するものだ」と考えました。そこで、1週間や数ヶ月単位で場所を変え、駅ナカや百貨店などでプリンや和菓子などを販売する催事ビジネスを始めたのです。待ちの姿勢だった書店経営から、自らお客様のいる場所へ出向く攻めの商売へと舵を切ったことが、今日の成長につながっています。
ーー最近では「無人店舗」の領域へ進出したとのことですが、その狙いを教えてください。
佐藤雅彦:
常に世の中の変化に合わせて、店舗のあり方を更新し続けるためです。ご縁があり、某テレビ局のスタジオ内に大手コンビニエンスストアの「無人決済店舗」をいち早く導入しました。専用のカメラと商品の重さを計測する重量センサーを駆使した仕組みです。特殊な環境下での店舗運営ですが、これまでのノウハウを活かして最新のモデルに挑戦しています。
誰も見捨てない 本社主導の厚いサポートが生む「強い組織力」
ーー多角的な事業展開を根底で支える組織づくりの秘訣は何でしょうか。
佐藤雅彦:
何よりも「人」を大切にすることですね。現在、弊社には400名ほどの従業員がいますが、事業展開を支えているのは本社主導の厚いサポート体制です。他社では運営を断るような難しい立地の店舗や、少し不器用な人材であっても、私たちは決して見捨てません。本社に20名規模の管理部門を置き、現場の負担を減らしながら、一人ひとりを丁寧にバックアップしています。
ーー多様な従業員が働き続けるために、どのような工夫をしていますか。
佐藤雅彦:
ライフスタイルに合わせた柔軟な制度の導入です。アルバイトやパートだけでなく、月の労働時間を確定させた働き方などを用意しました。その結果、外国籍のスタッフや、70代の現役店長も第一線で活躍してくれています。
そのほか、24時間365日稼働するビジネスで従業員同士の結束を生み出すためにも、シフトを3つの班に分けて全社で社員旅行を実施しています。宴会の出し物は本社の人間が率先するなど、非常に情に厚い社風です。かつては事情を抱えたスタッフを会社全体で支援したこともありました。困っている人がいれば、損得抜きで助ける。そんな人間くさいつながりがあるからこそ、離職率も低く、強い組織でいられるのだと信じています。
編集後記
先代から引き継いだ莫大な負債からスタートし、書店とコンビニの融合や催事ビジネスといった斬新なアイデアで会社を再建した佐藤社長。合理的なビジネス戦略の一方で、「人がすべて」「困っている人を放っておけない」と語る姿からは、深い人間愛と義理人情が感じられた。現在某テレビ局内の最新の無人決済店舗に注力しつつも、根底には“昭和の道頓堀”での創業時代から変わらない「商いの温かさ」が脈打っているのだろう。同社のこれからの飛躍が楽しみだ。

佐藤雅彦/1987年、神戸大学法学部卒業。新卒で大手銀行に入行し、1994年に業務企画部部長代理に就任。1996年、ウイング株式会社の取締役に就任。1999年、代表取締役に就任(現任)。