
就職氷河期にベンチャーキャピタルへ入社し、その後、外部企業の財務責任者を経て起業を果たしたECH株式会社の井関貴博氏。創業後は大口顧客との契約終了や外部環境の急激な変化など、幾多の困難に直面した。しかし、その都度「次の手」を打ち続け、自社ブランドによる直接販売という現在の強みを確立する。自身の成功から「社員の幸せ」へと動機を変化させた。AI時代に向けた新たな成長を描く同氏に、事業の軌跡と未来への展望を聞いた。
「お金を稼ぎたい」という思いからベンチャーキャピタルへ そして財務責任者を経て起業の道へ
ーーまずは、起業されるまでのご経歴をお聞かせください。
井関貴博:
1999年の就職氷河期に、「東京でお金を稼ぎたい」という思いを抱いてベンチャーキャピタルに入社したことが始まりです。当時、経済的な自立を目指していた私は、アメリカのMBAホルダーの就職先ランキングを調べました。そこで上位にあった投資事業に興味を持ち、新卒募集をしていた国内のベンチャーキャピタルに入社しました。
ーーベンチャーキャピタルではどのような業務を担当していたのですか。
井関貴博:
ベンチャーキャピタリストとしてフロント業務を担当していました。具体的には、投資先の発掘から上場やM&Aに至るまで企業に伴走する役割です。入社3年目のころには大きな利益を生み出すなど実績を重ねていましたが、徐々に自身の会社を立ち上げたいと考えるようになります。
ちょうどその時期に、投資先であったIT企業から上場に向けたCFO(最高財務責任者)として参画してほしいとの打診を受けました。当時は事業会社での就業経験がなかったため、一度事業側で経営に携わるのも良いと考え、転職を決断。財務責任者として上場を果たすまでの約2年半、経営の中枢で企業が成長するプロセスを経験しました。その後、成長著しいITとECの分野に着目し、現在の会社の起業に至りました。
相次ぐ失敗と逆風をバネに確立した「自社ブランド」という強み

ーー現在の事業に至るまでのターニングポイントを教えてください。
井関貴博:
大口の取引先から契約を打ち切られたときのことです。創業当初は自社で商品を企画せず、他社の通信販売サイトを運用して収益を分配する事業モデルでした。しかし、売上高が数億円規模に成長したタイミングで、最大の取引先との契約が終了したのです。
このとき企業間取引ならではのリスクを痛感し、自社サイトで独自のブランドを販売する方向へと大きく舵を切りました。もし運用代行が順調に続いていたら、現在の自社ブランド事業は生まれていなかったでしょう。
ーー会社が大きくなっていく過程で、壁にぶつかった経験はありますか。
井関貴博:
これまで何度か直面しています。先ほどのターニングポイントでお話しした大口取引先との契約終了の直後も、本当に苦しい時期でした。打開策として自社システムの開発や飲食事業などを立ち上げましたが、それらは失敗に終わってしまったのです。
しかし、その中で始めた自社ECでのサプリメント販売が軌道に乗り、会社は大きく成長しました。ところが2019年頃、今度はサプリメントの広告展開が困難になる事態に見舞われます。そこで私たちはシャンプーや化粧品の分野へと事業をシフトし、結果的に2021年に発売したクリームシャンプーの大ヒットへとつなげることができました。困難な状況に陥ったときこそ冷静に原因を分析し、決して立ち止まることなく「次の手」を打ち続けてきたことが、現在の成長につながっています。
社員への還元を原動力にグループ売上500億円を目指す
ーー現在、仕事に向き合う上で大切にされていることは何ですか。
井関貴博:
家族や社員など、周りの人を幸せにすることです。私自身、起業の動機の一つに「お金持ちになって母親を楽にしたい」という思いがありました。それが、上場などを経てまとまった資金が入ったことにより、実家の喫茶店を改装するなど、当初の目的を達成できたのです。それ以降、自分のためにお金を稼ぎたいと本気で思うことはなくなりました。
現在のモチベーションは、社員にいかに還元するかという点にあります。自分のためだけに頑張り続けるのは限界がありますし、何より楽しくありません。だからこそ、会社の利益は社員の待遇向上や、豊かな経験を積むための機会として積極的に還元していきたいと考えています。社員には仕事だけでなく、プライベートや仲間との時間も充実させてほしいのです。そのような環境で満たされた気持ちで働くことで、社員が家族や友人、そしてお客様に対しても優しく接することができる。そうした優しさが波及し、当社を起点として社会全体に温かい思いが循環していくような組織でありたいと願っています。
ーー最後に、今後の展望をお願いします。
井関貴博:
事業面では、AIの進化にいかに対応するかが最大の勝負になります。業務のあり方が劇的に変わる中、最新技術を活用できるかが明暗を分けるでしょう。時代の変化に合わせて戦術を変えつつも、顧客に寄り添う姿勢は変わりません。「ずっと長く使われ続けるブランド」を維持・構築することが目標です。組織としては、私が60歳になるまでにグループ全体で500億円規模の売上高を目指しています。単一の会社で大きな会社にするのではなく、分社化してそれぞれに社長を置いて任せる方針です。この体制のもと社員と伴走しながらグループ全体の拡大を推進していきたいと考えています。
編集後記
幾多の困難を乗り越え、常に「次の手」を打ち続けてきた井関氏の姿勢に感銘を受けた。自社ブランドの確立やAI時代を見据えた事業展開など、時代の変化に柔軟に対応する同社の強みがうかがえる。また、社員への還元を通じて社会に温かい思いを循環させようとする経営哲学は、これからの企業に求められる理想のあり方だろう。グループ全体で500億円の売上高を目指すという大きな目標に向かって、社員と伴走しながら成長を続ける同社の未来が楽しみだ。

井関貴博/1975年1月、高知県生まれ。早稲田大学卒業。大和企業投資株式会社に入社。5年間勤務した後、ユナイテッド株式会社の取締役CFOに就任。2006年、ECH株式会社を創業し、グループ経営を行う。また社外取締役や顧問活動にも携わっている。