
食品から宇宙におよぶ多彩なトレーディング事業をベースに、次世代を見据え、ICTソリューション事業との融合による付加価値の創出を目指す「ハイブリッド商社」の兼松株式会社。1889年の創業以来、130年以上受け継がれてきた「創業主意」を羅針盤とする。昨年は若手・中堅社員主導で「Mission・Vision・Values」を策定。時代に合わせた組織のアップデートに余念がない。グループ一体で新ビジネスの創出に挑む同社の代表取締役社長である宮部佳也氏に、これまでの歩みと未来へのビジョンを聞いた。
人との「ご縁」から始まった商社人生と危機を乗り越えた先の組織づくり
ーーまずは、貴社に入社された経緯を教えていただけますか。
宮部佳也:
きっかけは大学時代に海外へ留学していたときのことです。その際、現地で兼松の方に大変お世話になり、帰国後の就職活動中に、たまたま隣のビルを訪れたついでにアポなしでご挨拶にうかがいました。すると、その方はフランクに対応してくださり、「うちに来いよ」と声をかけてくれたのです。もともと海外で働きたいという思いがあり、兼松ならではの風通しの良さも魅力に感じたため、この不思議なご縁に身を任せて入社を決めました。
入社後は、念願だった海外でのビジネスに携わり、シリコンバレーやシカゴへの赴任を経験しています。最初の駐在先であるシリコンバレーで2年ほど過ごした後、シカゴへ異動になりました。
赴任中に携わったオートバイ部品の取引は、40年近く経った今でも続くビジネスへと成長を遂げました。途中で半導体を扱う時期もあったものの、海外の最前線でビジネスのダイナミズムに直接触れられた当時の経験は、今の私のキャリアにおける重要な基盤となっています。
ーーご自身や会社にとって大きな転換点となった出来事は何でしたか。
宮部佳也:
1999年から始まった大規模な構造改革です。当時は経営状況が厳しく、事業規模を大幅に縮小せざるを得ない非常に大変な時期でした。しかし、その苦しい時期を乗り越えられたのは多くの取引先をはじめとする周囲の皆様が助けてくださったからです。「昔、兼松さんにはお世話になったから」と言って手を差し伸べてくださる姿を見て、これまでの長い歴史の中で、先輩たちがどれほど真摯にお客さまとビジネスに向き合い、強固な信頼関係を築いてきたのかを深く知る機会となりました。先輩方が遺してくれた財産の大きさを、身をもって実感した出来事です。
ーーこれまでのキャリアで特に印象に残っていることは何ですか。
宮部佳也:
シカゴへの2度目の赴任から帰国した際に携わった、新事業を立ち上げた経験ですね。帰国してから間もなく全社的な組織再編が行われ、それまで別々の部隊で扱っていたオートバイ・自動車部品や自動車の輸出、さらには航空機など、「乗り物」に関する事業をすべて1つに集約した「車両・航空部門」が新しく誕生しました。私はその新部門の責任者に任命され、組織を大きく育てるというミッションを与えられたのです。
商社の仕事は、自分1人の力では完結しません。人に動いてもらい、周囲に助けられて初めて成り立つものです。周囲と協力しながらゼロから組織を大きく育てたこのときの経験は、経営者となった今の私の大きな糧となっています。
グループ一体で新ビジネスをつくる 「相手の立場に立つ」経営哲学
ーー現在、注力されている取り組みについて教えてください。
宮部佳也:
社長就任以来、最も重要な方針として掲げているのが「グループ一体経営」です。弊社のグループには多様な事業があり豊富なリソースが存在しますが、それを使い切れていない課題があったのです。そこで、グループ全体のリソースを掛け合わせて一体感を持った組織をつくるため、社長直轄の「グループ成長戦略推進室」を立ち上げました。まずは、各部門やグループ会社が持つ2万社以上の顧客基盤に対して、GXやDXなどお客さまごとに抱える課題の解決に役立つソリューション提供、いわゆるクロスセルからスタートしました。
しかし最終的な目標は、グループのリソースを掛け合わせて「次の時代に役立つ新たなビジネス」を立ち上げることです。商社は永遠に同じビジネスが続くわけではなく、常に新しい商売をつくり出さないと生き残れません。だからこそ、今の持ち場にこだわらず、新しいことに挑戦し続ける体制を整えています。
ーー経営者として、ご自身が最も大切にされているお考えは何ですか。
宮部佳也:
一番は「相手の立場に立って物事を考える」ことです。現在、私たちはVisionとして「ソリューションプロバイダーになる」と掲げていますが、最適な解決策を提供するためには、お客さまやパートナーが抱える「本当の課題」を見つけなければなりません。相手の立場にならなければ課題は見えませんし、一人では仕事は完結しません。この姿勢こそが、“商社パーソン”として、そして経営者として、最も重要なことだと考えています。
130年受け継がれる「創業主意」とハイブリッド商社の強み

ーー数ある総合商社や専門商社の中で、貴社の強みはどこにあるとお考えですか。
宮部佳也:
幅広い分野で展開する伝統的なトレーディング事業と、そこで培われた強固な顧客基盤が最大の強みです。社員が日々さまざまな業界の現場に足を運び、そこで得た生の情報をグループで集約すれば、次に世の中で何が起こるかが見えてきます。
加えて、システム開発から保守・メンテナンスまでワンストップで担うICTソリューション事業の存在も強みです。ICTソリューション事業と、電子・デバイス事業で従業員の約7割を占めているため、投資家の方々には「ハイブリッド商社」とご説明しています。深いITの知見を生かしてあらゆる業界のお客さまのデジタル化を推進し、AI活用といった現代の経営課題を解決できる人材がそろっている点が、現在の大きな武器となっています。
ーー時代に合わせた強みがある一方で、変わらない強みは何でしょうか。
宮部佳也:
最も根本的な強みは、130年以上前から受け継がれる創業主意「わが国の福利を増進するの分子を播種栽培す」にほかなりません。これはどんな時代にあっても、迷ったときにどちらに進むべきかを示してくれる、兼松の普遍的な羅針盤といえます。1999年の構造改革の際、私たちが持ち直すことができたのは、この創業主意がベースにあったためでした。
この精神は現在のビジネスにも直結しています。たとえば食料分野において、私たちは「食の安定供給」をテーマに掲げ、産地の多角化や新しい調達ルートの開拓に加え、再生農業の促進を継続的に進めています。これは、昨今の異常気象や地政学的なリスクにより、特定の国から輸入できなくなる事態が起きているためです。食卓を守るために安定的な供給網を構築することは、目先の利益を目指したビジネスではなく、国益と社会の福利に貢献する私たちの重要な使命だと捉えています。
ーーその伝統を、20代などの若手社員へどのように伝えていますか。
宮部佳也:
創業主意は明治時代の言葉であるため、特に若手社員にとっては自分ごとに捉えづらく、浸透しにくいという課題がありました。そこで数年前、若手・中堅社員が自主的にプロジェクトチームを立ち上げ、創業主意をMissionとして、現代の言葉にアップデートしました。彼らがMission策定にあたり、古くからの取引先や、さまざまな階層の従業員に兼松についてインタビューしたところ、「いい人が多い」「利益一辺倒ではない」といった意見が多く寄せられました。一橋大学の兼松講堂や神戸大学の兼松記念館など、先輩たちが社会に寄贈してきた歴史もその一端です。時代は変わっても、創業主意のDNAが知らぬ間に脈々と受け継がれていることを感じ、非常に嬉しく思いました。
社会課題を解決するソリューションプロバイダーへの進化
ーー今後のビジョンについてお聞かせください。
宮部佳也:
現在のVisionとして、「効率的かつ持続可能なサプライチェーンの変革をリードするソリューションプロバイダー」を掲げています。これは特定の分野にとどまらず、持続可能な社会の実現に向けて、世の中のあらゆる課題に対して解決策を提供できる存在になりたいという意思表示です。
そのための具体的な一歩として、IT領域における共通基盤の構築を急いでいます。現在データベースを共通化し、AIを駆使して新たな「デジタルトレーディングプラットフォーム」の開発を進めているところです。この新しいプラットフォームが確立できれば、自社の業務効率化だけでなく、将来的には、お客さまにも利用していただける革新的なソリューションへと育てていけると考えています。
ーー社会課題の解決に向けた、グループ会社の具体的な事業を教えてください。
宮部佳也:
GXに資する事業として、兼松サステック株式会社が一つの例です。この会社は木材の保存処理加工の技術を持っており、JR高輪ゲートウェイ駅や、国立競技場に使用された木材を手掛けています。さらに、その技術を応用し、鉄筋やコンクリートの代わりに、防腐・防蟻処理を施した木材を建物の杭として活用する「環境パイル工法」と呼ばれる事業を展開しています。これは、木の杭で「地中に森をつくる」ことで、CO2削減効果も生まれる環境に優しい工法であり、弊社では脱炭素社会に貢献する非常に重要な取り組みとして捉えています。
世界を舞台にした挑戦とイノベーションを支える「人」

ーー今後の「海外展開」における具体的な戦略を教えてください。
宮部佳也:
今後の海外ビジネスは、「食料分野」と「ICTソリューション分野」の2軸で拡大を図ります。まず食料事業については、これまで国内市場向けの輸入が中心でしたが、今後は海外での展開も積極的に広げていく予定です。
また、ICTソリューション事業の海外戦略もさらに強化します。現在は中国、タイ、インドに拠点を構え、主に日系企業の海外進出を支援するビジネスが中心です。しかし、世界中でサイバー攻撃の被害が深刻化している今こそ、我々がトレーディングで培った海外ネットワークを活かすチャンスです。日系企業にとどまらず、現地のローカル企業に対しても、直接ICTソリューションの一分野であるサイバーセキュリティのサービスを提供していくフェーズにきていると考えています。
ーーイノベーションの創出については、どのようなアプローチをされていますか。
宮部佳也:
専門組織を通じた新技術の探索と実装です。弊社では、シリコンバレーにイノベーション探索を専門に行う「Kanematsu Ventures Inc.」を立ち上げています。そこで見つけた新しい技術やビジネスの種に対して「グループ成長戦略推進室」が受け皿となります。弊社のネットワークを使って社会に実装していく取り組みは、長年続けているものです。
受け継がれる「信頼」の風土とゼロからビジネスをつくり出す商社の醍醐味
ーー次々と変革を推進する上で、「人材」についてはどのようにお考えですか。
宮部佳也:
採用と育成は最重要テーマの一つですね。特にデジタル領域やサイバーセキュリティなどの専門性を持った人材の獲得が急務です。ただ、兼松の根本的な魅力は、「いい人が多い」ことに尽きると感じています。また「仕事がしやすい環境」があることも魅力です。当社グループは長いお付き合いの取引先が多く、40年来のお客さまも多数いらっしゃいます。私たちが困ったときに助けてくださる方もいらっしゃいますが、それは先輩たちが長年築いてきた信頼関係と、人情味のある風土の賜物であり、当社グループの代えがたい財産だと感じています。
ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。
宮部佳也:
商社はゼロから自分たちでビジネスをつくり上げる面白さと厳しさがある場所です。特定の工場や自社の技術だけに縛られることがないため、時代の変化に合わせて柔軟に事業の形を変えられます。常に新しい領域へどんどん挑戦していくことができるのです。だからこそ、与えられたものではなく、自らの手で新しいビジネスをつくり出したい。そのような熱意を持った方に、ぜひ来ていただきたいですね。 これからも、社会の課題を解決しながら、ともに新しい歴史をつくっていける仲間をお待ちしています。
編集後記
130年以上の歴史を持つ兼松株式会社だが、その根底には常に新しいことへ挑戦し続ける「創業主意」の精神が息づいている。宮部社長のお話をうかがい、伝統と革新を掛け合わせた「ハイブリッド商社」としての強みは、社員一人ひとりが現場で築き上げてきた信頼関係と、人情味あふれる企業風土にあるのだと強く感じた。20代などの社員主導で策定された「Mission・Vision・Values」が示すように、時代が変わっても同社のDNAは確実に次世代へと受け継がれている。社会課題を解決する「ソリューションプロバイダー」として、食料の安定供給から最先端のICTビジネスまで、世界を舞台に躍進を続ける同社の飽くなき挑戦はこれからも続く。

宮部佳也/1959年1月21日、東京都生まれ。南カリフォルニア大学土木工学部卒業。兼松江商株式会社(現 兼松株式会社)に入社し、電子部品やバイク・自動車部品のトレーディングに従事。2度のシカゴ駐在、電子機器部長を経て、2014年、常務執行役員(車両・航空部門担当)に就任。2018年に取締役専務執行役員、2021年6月より現職。