※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

学生時代の挫折を救ってくれたのは、活気あふれる居酒屋での「ご縁」だった。東京・新宿を中心に炉端焼き店を展開する株式会社國屋の代表取締役を務める國利翔氏は、その原体験から「信用は無形の財産なり」という座右の銘を胸に、飲食業界の新しい組織づくりに挑んでいる。社員に求めるのは、仕事の技術ではなく「人として当たり前のこと」を徹底する人間力だ。全国の生産者と強い絆を結ぶ「一品一社」の仕入れ体制や、独立した仲間たちと同じ志をもって総和で目指す大きな構想、そして日本の食文化を世界へ発信する挑戦について、思いを聞いた。

どん底の自分を救った「ご縁」と「長に成る」という決断

ーー飲食業界に入ったきっかけをお聞かせください。

國利翔:
一番のきっかけは、どん底だった私を拾ってくれた居酒屋の代表との「ご縁」です。私自身、就職活動がうまくいかず、私生活でも挫折を味わって深く落ち込み、ボロボロになっていた時期がありました。そんなとき、ある活気に満ちた居酒屋を訪れ、そこで当時の代表から「これから独立して店をやるから一緒にやらないか」と声をかけていただいたのです。その言葉に深く救われた私は、「この人のようになりたい」と強く思い、飲食の道へ進むことを決意しました。

ーー飲食店の経験はどのように積んだのでしょうか。

國利翔:
社員として「長に成る」覚悟を決めたことが、その後の土台となりました。働くにあたり、代表から「成長したいなら、おさ(長)に成れ」と教わりました。「成長」という字を逆から読むと「長に成る」になります。「店の鍵を任せられるのは、アルバイトと社員のどちらだと思うか」と問われ、責任を持つことが一番の成長につながると気づかされたのです。そこから学生でありながら社員として働き始め、8年間の修業を経て独立しました。

私は幼少期に祖母から「信用は無形の財産なり」という言葉をもらいました。誰かから信用され、必要とされる存在でありたい。「自分に出会って人生が変わった」と言ってもらえる人間を目指して、今も行動しています。

仕事の技術より“人間力” 当たり前を徹底する「國屋塾」

ーー人材育成において人間力を重視する理由は何でしょうか。

國利翔:
仕事のやり方や技術を教える前に、「人として当たり前のこと」を徹底する方が重要だと考えているからです。弊社では、挨拶や掃除、整理整頓、時間厳守といった「当たり前徹底6項目」を設けています。たとえば「正しい箸の持ち方を知っているか」といった根本的なところから伝えます。いくら仕事ができても、遅刻や挨拶ができない人より、不器用でも礼儀正しく約束を守る人の方が、「共に働きたい」と思えるはずです。時間はかかりますが、誰からも応援される人間力を育てることを大切にしています。

ーー貴社独自の取り組みについて教えていただけますか。

國利翔:
「國屋塾」というものを運営しています。ここでは、技術や知識を与える場ではなく、自分自身を内観し、本当にやりたいことを見つけるための場です。自分の生い立ちやルーツを振り返り、過去から現在、そして未来へと一本の線を通す作業を行うのです。

飲食業は、生活環境の変化によって離職を選ばざるを得ない場合があります。しかし、どの職場に行っても信頼される人間力を身につけていれば、場所を問わず活躍できるはずです。飲食業界に対する厳しいイメージを払い拭き、誰もが憧れる業界へと変えていくことを目指しています。

「一品一社」のこだわりと同じ志で目指す未来

ーー仕入れにおける「一品一社」を心がける背景にはどのようなものがありますか。

國利翔:
生産者の方々と直接やり取りを重ね、強固な信頼関係を築くためです。通常であれば、数社の総合卸売業者と取引すれば大半の食材はそろいます。しかし弊社では、肉や魚、野菜などをそれぞれの専門の生産者から直接仕入れており、現在の取引先は100社以上にのぼります。「玉ねぎならこの方」「鶏肉ならこの方」と、一品ごとにやり取りをしているのです。管理の手間はかかりますが、それでも日頃から「共に生きる」という理念のもとでつながっているからこそ、食材が不足したときにもお互いに助け合える関係性が生まれています。

ーー今後の事業拡大について、どのような構想を描いていますか。

國利翔:
自社の店舗展開だけでなく、同じ志を持つ仲間全体の総和で目標を達成したいと考えています。会社としての売上高目標は掲げていますが、それを弊社だけで達成しようとは思っていません。独立して事業を起こすメンバーや、私たちが展開する塾やマルシェなどの別事業も含め、いろいろなことに取り組みながら全員の力で到達できればよいのです。

先日、社員旅行で私の地元である山口県の松下村塾を訪れました。そこで学んだ人たちがそれぞれの道で活躍したように、弊社もそうありたいと考えています。共通の志を持ちながらも、各自が異なるやりたいことに挑戦し、結果として一つの束になって日本の力を底上げする。そんな組織を目指しています。

新宿から世界へ 日本の食文化を発信する唯一無二の存在に

ーー今後の目標や展望を教えてください。

國利翔:
最大の目標は、日本の素晴らしい食文化、特に私たちが手がける炉端焼きの文化を世界へ発信していくことです。私たちが新宿という街にこだわって出店しているのもそのためです。新宿は、世界一の乗降客数を誇り、飲食店の数も世界一多い街です。農作物も魚も獲れない街ですが、人が集まり情報が集まるこの場所だからこそ意義があります。全国の生産者が命がけで獲った魚や、情熱を注いで育てた農作物など、彼らの思いが詰まった食材を一つの場所に集約し、世界へ向けて発信していきたいと思います。

また、5年後には何らかの形で海外へ展開する方針です。自社での出店に限らず、弊社の事業形態を海外の経営者に共有していただく形でも構いません。世界中のどんな場所であっても、日本の食文化と生産者の思いを届けられる企業でありたいですね。さらに大きな目標として、世界的な評価を得ることも見据えています。居酒屋という業態にとらわれず、唯一無二の価値を提供し続ける会社として、ひたむきに挑戦を続けていきます。

編集後記

どん底の時代にかけられた一つの言葉から始まり、飲食業界の新しい形を模索し続ける國利氏。取材を通して最も印象に残ったのは、「信用は無形の財産なり」という信念のもと、利益や効率よりも人と人とのつながりを最優先にする徹底した姿勢だ。従業員の人間力を育て、100社を超える生産者と心で結ばれるその組織力は、決して機械や画一的な仕組みでは代替できない。新宿という巨大都市から世界へ、同氏と同じ志を持つ仲間たちがどのような食の革新を起こすのか。その飛躍が楽しみだ。

國利翔/1985年10月22日山口県生まれ。横浜商科大学卒業。大学在学中に学生社員として株式会社絶好調に入社し、8年間の修業を経て、現在は株式会社國屋の代表取締役として、西新宿を中心に炉端焼き・日本酒業態など複数店舗を展開。特定非営利活動法人居酒屋甲子園専務理事、中心道の東京新宿支部 國屋塾支部長としても活動している。