
「病院と学校がなくなればその地域から人は減っていく」。そんな日本の地方が抱える深刻な過疎化と人手不足の問題に、医療システムのアップデートから挑むのが株式会社ヘンリーだ。代表取締役CEOの逆瀬川光人氏は大手IT企業やベンチャー企業を経て、2018年に同社を共同創業し、クラウド型電子カルテとAIを駆使し医療現場の生産性向上と地方創生に取り組んでいる。なぜITの最前線にいた同氏が課題山積の医療業界に飛び込んだのか。その根底にある「私を活かす公共」というビジョンと、AI時代における次世代の医療インフラ構想に迫る。
NPOの方々の姿から導き出した「起業の2つの軸」
ーーまずは、これまでのご経歴をお聞かせください。
逆瀬川光人:
私は大学時代にフェアトレード推進のサークル活動をしていたのですが、そのときに、「いつか社会課題を解決するためにビジネスの基盤づくりが必要だ」とぼんやり考えていました。大学卒業後は、あえて厳しい環境に身を置いて自らを鍛えるため、楽天へ入社しました。そして、そこでビジネスの最前線で経験を積む中で、将来的な起業への思いが明確になっていったのです。
入社後はスマートフォンの普及期に横串の戦略組織へ配属され、ゼロからアプリやウェブサービスの立ち上げを担当しました。その後、起業を見据え「最短で裁量を持ちビジネスを動かせる環境」を求めてITベンチャー企業へ転職しています。同社で3年間にわたり事業成長に貢献した後、独立を決意しました。とはいえ、当時は強烈に推進したい特定の事業があったわけではありません。むしろ、「日々の業務をこなしながらでは、本当にやりたいことは見つからない。一度会社を辞めて真剣に向き合おう」と考えたのが独立の理由でした。
ーー現在の事業領域に狙いを定めた決め手は何だったのでしょうか。
逆瀬川光人:
事業を決定する上で2つの軸を設けました。それが、「社会課題を解決できるビジネスであること」と「しっかりと収益を上げられるビジネスであること」です。学生時代にNPOの方々の活動を見る中で、どれほど意義ある取り組みであっても資金がなければ継続できない難しさを痛感していたからです。
社会に大きな影響を与えるにはビジネスとしての成立が不可欠です。この2軸でさまざまな市場を検証し、最終的にヘルスケア市場に行き着きました。当時の医療の基幹システムは紙での運用が多く改善の余地が大きかったためです。さらに医療従事者は「命を助けたい」や「地域を良くしたい」という強い使命感を持っています。高い志を持つ方々とともに事業をつくれば素晴らしい未来を描けると考えました。
クラウドゆえの強みがもたらす「私を活かす公共」

ーー現在展開されている、クラウド型電子カルテ「Henry」の強みは何でしょうか。
逆瀬川光人:
最大の強みは、時代の変化に合わせてシステムを進化させ続けられる点です。医療業界では、2年に1度の診療報酬改定をはじめ、政策や社会情勢が非常に速いペースで変化します。従来のオンプレミス環境では困難だった迅速な対応も、弊社のクラウドシステムであれば、常に最新の状態へアップデートできます。
また、高い拡張性を備えている点も特徴です。外部システムとのAPI連携が行いやすいことに加え、システムがブラウザベースで稼働します。そのため「特定のパソコンでしか閲覧できない」という従来の課題を解決し、隣のタブでチャットツールを開きながら同時進行で作業を進められます。さらに、ネットワーク環境さえあれば院外からでもアクセス可能で、会計業務の在宅勤務化や、医師が自宅からカルテを確認して指示を出すことも容易になりました。実際に本システムの導入によって宿直業務が免除された事例もあり、現場の負担軽減に大きく貢献しています。
ーー「私を活かす公共」というビジョンにはどのような思いが込められていますか。
逆瀬川光人:
働く人も幸福でありながら、社会保障というセーフティーネットが存続する世界を次世代に残したいという思いです。これまでの公共や医療のインフラは、医師や看護師が身を粉にして働くという「誰かの負担」の上に成り立っていました。しかし、それでは継続が困難です。
現代の日本の社会保障は財源確保と深刻な人手不足という2つの課題に直面しています。私たちのシステムによって少ない人員でも病院経営が回る状態を構築します。将来的には病院だけでなく、地域の介護施設や自治体をつなぎ、地域包括ケアのシステムを支えるインフラとなることを目指しています。
「人がいない前提」でつくるシステムが地方を救う
ーー人手不足が深刻化する中で、AIの活用はどのような役割を果たすと考えますか。
逆瀬川光人:
AIは「人がいない前提」での運用モデルを実現する鍵となります。従来のモデルはどうしても「人がいる前提」で構築されており、効率化には限界がありました。私たちのシステムを導入していただいている地方の病院の中には高齢化率がすでに45%に達している地域もあります。これは10年後や15年後の日本の未来の姿ともいえるでしょう。AIの登場によりシステムが自律的に稼働する領域が増えました。対面ケアや最終的な意思決定といった人間ならではの役割以外をAIが担うことで、人が減る地方でも病院の機能を維持できるようになります。
ーー地方の医療インフラを維持することには、どのような意義がありますか。
逆瀬川光人:
過疎化を食い止め、地域社会の存続を支えるという極めて重要な意義があります。もし地域から病院や学校が消滅すれば、確実に人口が流出し、過疎化は一段と加速するでしょう。私たちがテクノロジーの力で医療インフラの維持に挑むのは、単にシステムを普及させるためではありません。地方の活力を維持し、地域を存続させるという根源的な課題の解決に直結しているからです。
理想を持ちともに日本のインフラを支える仲間へ
ーーでは、そんな日本の未来をつくるために、どのような仲間を求めていますか。
逆瀬川光人:
前向きに問題に立ち向かい、自分なりの理想やスタンスを持っている人と働きたいと考えています。スタートアップでの事業の立ち上げは困難や失敗の連続です。だからこそ、成し遂げたいという強い思いを持ち、挫けずに前を向く姿勢が不可欠です。
特に私たちの事業において新しいシステムを導入していただくには、顧客の課題を深く理解し、ビジョンに共感していただく必要があります。論理的に投資対効果を示しつつ、相手の思いに寄り添える総合力の高い方を求めています。日本のインフラを支え、地方の未来をつくるという大きな挑戦をともに楽しめる方をお待ちしています。
編集後記
「病院がなくなれば人が減る」。逆瀬川氏の言葉は地方が抱える切実な課題を鋭く突いている。印象的だったのは、社会課題の解決とビジネスとしての持続性を両立させる極めて現実的で冷静な視点だ。「誰かの負担」に頼るのではなく、クラウドとAIという最先端のテクノロジーを駆使して「人がいない前提」の仕組みを構築する。その徹底した合理性の裏には日本の医療インフラを守り抜くという熱い使命感が宿っている。株式会社ヘンリーが描く「私を活かす公共」がこれからの地域社会をどう変えていくのか、その展開から目が離せない。

逆瀬川光人/1987年、東京生まれ。一橋大学卒業。楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)に入社後、スマートフォン戦略グループにて10以上のWEBサービス、アプリの立ち上げをUXデザイナー、PdMとして経験。その後、ウォンテッドリー株式会社で新規事業室長として、BizDev、マーケティングなど、ビジネス領域全般を統括。2018年、林太郎氏と株式会社ヘンリーを共同創業。クリニックの事務長や慶應義塾大学病院眼科学・研究員を歴任。