
イタリアンレストランや居酒屋など、多彩な飲食店を国内外に展開する株式会社レストランバンク。同社を率いるのは代表取締役の林秀光氏だ。ホテルのパティシエからキャリアを始め、飲食経営の経験ゼロから独学で道を切り拓いた。さらにはナポリピッツァの世界大会で入賞を果たした経歴を持つ。その快挙を転機に事業を軌道に乗せ、現在はアメリカへの海外進出や宮崎県での地方創生にも力を注ぐ。流行に流されず、食の本質と「人間力」を追求し続ける林氏に、その挑戦の軌跡と信念について話を聞いた。
製菓一筋から飲食経営へ 料理未経験からの独立
ーーこれまでのキャリアについてお聞かせください。
林秀光:
もともとケーキが好きで、昔から興味があった仕事の一つがケーキ屋さんでした。食べ物の好き嫌いが多かったので料理人は難しいと思いましたが、「ケーキづくりなら楽しそうだ」とパティシエに憧れていたのです。
高校卒業後、ご縁があってホテルに入社して製菓部門に配属となりました。そこで、ウエディングケーキをはじめ、ケーキ全般やアイスクリームを担当しました。
ホテルで4年間勤務した後、一つの転機が訪れます。当時打ち込んでいたスノーボードへの情熱が強くなり、「もっと真剣にスノーボードをやりたい」という思いから、ホテルを退職することを決意しました。
ちょうどその頃、スノーボードを通じて知り合った先輩とのご縁で、大阪・堀江にあったカフェで働くことになりました。そのカフェではパティシエ経験者が求められていたため、まさにホテルで培ったケーキ作りの技術を活かすことができたのです。結果として、そのカフェではマネージャーのような立場を任され、8年間勤務することになりました。
ーー独立に至った経緯についておうかがいできますか。
林秀光:
独立当初はシュークリーム屋をやろうと考えていました。しかし、当時は「100円シュークリーム」が全盛の時代で、収支を計算した結果、事業として成立しないことが分かりました。そこで、私自身お酒が好きだったことから、前職カフェ時代のオーナーさんの協力のもと、居酒屋業態へ舵を切りました。
とはいえ、それまでは製菓の経験しかなく、料理は全くの未経験です。当然、包丁も全く扱えない状態からのスタートでした。そのため、オープンが決まってから大急ぎで勉強し、なんとか開業にこぎつけたというのが実情です。
赤字経営からのV字回復 ナポリピッツァ世界大会入賞という転機

ーー未経験の分野で、どのようにして技術や知識を習得されたのですか。
林秀光:
創業期は本当に何も分かりませんでした。鶏を扱っていても、どの状態が良いのか悪いのか。あるいは、仕込んだ食材が傷んでいるのかいないのか。それさえも判断できませんでした。お客様にどう評価されるかの物差し自体を持っていなかったのです。
そこで、その経験不足を埋めるために徹底的に本を読み込みました。当時は情報も本をたくさん買う余裕もなかったので、何度も図書館に通っては、これと決めた本を何十回、何百回と擦り切れるほど読み返していました。その時に得た知識やインスピレーションが、現在の店づくりや経営における確かな基盤となっています。イタリアンレストランを始めたときも同様に、独学でナポリピッツァの基本を学びました。
ーー事業が大きく成長する、転機となった出来事についてお聞かせください。
林秀光:
ピッツァ職人選手権で入賞したことが、会社にとって大きな転機となりました。実は、受賞するまで会社は赤字続きだったのです。しかし、世界大会をきっかけにお店の売り上げが2割も向上。さらに不思議なことに、なぜか居酒屋の売り上げまで一緒に伸びたのです。人件費は変わらないまま売り上げだけが伸び、会社全体が一気に黒字化しました。
大会が終わった瞬間に、お客様からの評価が劇的に変わりました。この経験を通して、認知されることの重要性、そして商売の奥深い面白さを実感しました。
ーー林社長を突き動かす原動力は何でしょうか。
林秀光:
突き詰めれば、ものづくりが根本的に好きなのだと思います。自分が思い描いていたもの、あるいは想像以上のものができた時の嬉しさ。それこそが、ものづくりの醍醐味だと感じます。また、私たちの仕事は、「ものづくり」の成果をすぐ目の前のお客様に評価していただける仕事です。そこに、さらなる面白さを感じます。
自分たちがつくった料理で、お客様から「おいしい」という言葉や笑顔を直接いただけた瞬間、成果が認められたと感じ、この仕事のやりがいを強く実感します。この喜びを、もっと多くの若いスタッフにも味わってほしいと心から思います。
海外進出と地方創生 食で切り拓く事業の新たな可能性
ーー現在、注力されている取り組みは何ですか。
林秀光:
近年、海外事業の展開に力を入れています。現在、アメリカで2店舗を運営しています。近いうちに、カリフォルニア州にあるトーランスに3店舗目となるパスタレストランをオープンする予定です。
私自身、日本の飲食スキルは世界的に見てもトップレベルだと思っており、特にアメリカの市場においては大きな優位性があると感じています。野球でいえば大谷翔平選手のようなレベル。日本のクオリティを正しく提供できれば、海外でも絶対に通用すると信じています。
ーーその他に取り組まれていることはありますか。
林秀光:
趣味のサーフィンがきっかけで、宮崎県の青島という町に頻繁に訪れるようになりました。これを機に、青島でも新しい店舗を準備しています。青島には年間120万人近くもの観光客が訪れる有名な神社がある一方、周辺の飲食店は数えるほどしかありません。多くの人が町を素通りしている現状を目の当たりにし、非常にもったいないと感じました。
この場所に私たちがレストランをつくることで、これまで町を素通りしていた多くの人々が集い、滞在するきっかけになればと考えています。それによって地域に新たな雇用を生み出し、レストランの力で町全体を元気に盛り上げて行きたいです。
流行に流されない店づくり お客様に愛される経営の本質
ーー貴社の店舗がお客様に長く愛される秘訣は何だとお考えですか。
林秀光:
流行を意識しつつも、それに流されない商品づくりを徹底していることだと考えています。奇をてらわず、定番のものを常に美味しい状態で提供し続ける。お客様に「ここは間違いない」という安心感を持っていただくことが、日常的な繁盛につながると信じています。この考え方は、社員に浸透するまで時間がかかりますが、今ではマネージャーたちが自らその重要性を語ってくれるようになりました。
ーー貴社が掲げる理念に込められた思いを教えてください。
林秀光:
弊社では、「今日もええ店作ります。」という理念を掲げています。私たちは「ええ店」とは「美味しくて、温かくて、優しい店」と定義しました。「ええ店」をつくる過程では、自分の足りないことに気づく瞬間があります。その理想とのギャップを埋めようと努力することで人は成長できるのです。それぞれのポジションでこうした活動に取り組むことが、関わる人たちの成長につながり、結果としてお客様もスタッフも、そしてお店も笑顔になります。この活動の連鎖こそが、ものづくりを愛する私たちが真に実現したいことだと考え、日々の業務に取り組んでいます。
ーー最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
林秀光:
弊社は、特別な経営のコツ、いわゆる「ウルトラC」のようなものを学べるところではありません。しかし、目の前のお客様を笑顔にするという基本を徹底することで、世界中どこでも戦える本質的な技術や知識は身につきます。
「何者かになりたい」という強い思いがある人なら、地味かもしれませんが、着実に成長できる環境があります。弊社で学べるのは、ケーキづくりやイタリアン、居酒屋といった業態が変わっても通用する「飲食の本質」です。それは、目の前でお客様を笑顔にするという商売の基本であり、一生使い続けられる本物の技術にほかなりません。長い目でキャリアを考えたとき、本当に強い飲食人になれるはずです。
編集後記
パティシエから飲食経営の世界へ。経験ゼロから独学で知識を吸収し、ついには世界的な評価を得るに至った林氏の歩みは、探求心と情熱そのものだ。そのエネルギーは今、国内の店舗運営にとどまらず、海外、そして地方へと向けられている。食を通じて世界と地域を豊かにする挑戦は、まだ始まったばかりだ。

林秀光/1975年大阪府生まれ。高校卒業後、守口プリンスホテル(現・アゴーラ・ホテルアライアンス)に就職し、製菓部門に配属。パティシエとしてのキャリアをスタートする。ホテルを4年で退職し、その後大阪の人気カフェの立ち上げに携わり、数店舗の運営に従事する。2004年独立し、2006年に株式会社レストランバンクを設立。2011年、イタリアのナポリで開催された「第10回ナポリピッツァ職人 世界選手権(カプートカップ)」のクラシカ部門に初出場し、入賞。この快挙により、会社の業績が黒字に転換する大きなきっかけとなる。現在は「大衆イタリア食堂アレグロ」や「炉端のじんべえ」などのブランドを、大阪・兵庫を中心に展開。国内だけでなく、アメリカでの飲食店経営も手がけている。