※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

「移動」や「物流」が抱える社会課題に対し、独自のデータと技術を駆使して解決に挑む東京海上スマートモビリティ株式会社。主力事業の車両管理サービス「MIMAMO DRIVE」や、物流業界の危機を救う共同事業「baton(バトン)」を展開し、業界の枠を超えた取り組みを加速させている。「自分たちにできること」ではなく、「実現したい世界」から逆算して事業を描く代表取締役社長の原田秀美氏。同氏に、事業の強みや今後の展望、求める人材像について聞いた。

実体験から生まれた「行動を変容させる」イノベーション

ーーこれまでの経歴と現在の事業に至る原体験を教えてください。

原田秀美:
もともと大学の工学部では化学系の専門学科を専攻していました。そこで就職活動の際は、化学系の会社を中心に行っていましたが、OB訪問をきっかけにリスクコンサルティングに特化したグループ会社(現・東京海上ディーアール)に関心を持ちました。事故データを活用し、現場情報を踏まえたコンサルティングを行う実態に、自身の工学的な知見が活かせるのではないかと考え、入社を決めたのです。

入社後最初の4年間は北九州支店に配属され、地元企業への法人営業を担当しました。その後、個人向けの商品開発部門へ異動し、約10年間在籍したのですが、ここでの経験が、今の事業につながる大きなターニングポイントとなっています。

ーー商品開発部門ではどのような経験を積まれたのですか。

原田秀美:
自らの実体験を起点として、主力商品となる新しい保険を企画し、形にしていきました。まず一つ目は、1日単位で入れる自動車保険「ちょいのり保険」です。学生時代、親の車を借りて友人と交代で運転しながら、スキーへ行ったことがありました。当時は気にも留めていませんでしたが、入社後に、万が一自分が運転中に事故を起こせば無保険の状態になるか、親の保険を使ったとしても保険料が上がるリスクがあることに気づいたのです。そこから「気軽に入れる保険があるといい」という発想に至り、企画しました。

もう一つは、通信機能付きのドライブレコーダーと自動車保険を一体化した「ドライブエージェント パーソナル(以下、DAP)」です。大雨の高速道路において、交通量の少ない場所で事故車を発見した記憶から、「自動で事故を検知し、通報される仕組みが必要だ」と強く感じたことが開発のきっかけです。

ただ、物理的な機器をお客様にお届けすることは、目に見えない金融商品である従来の保険とはビジネスプロセスが大きく異なります。新しいビジネスリスクを伴うため、社内では反対意見も少なくありませんでした。それでも、目的や意義を明確にしてメンバーと話し合い、約3年かけて試行錯誤を重ね、商品化を実現しました。現在、「ちょいのり保険」は累計1500万件以上、「DAP」も年間110万台ほど利用される主力商品に育っています。自分が企画したものが世に出て、人命救助や事故削減に貢献し、「人の行動を変えられる」と実感できたことは、現在の事業へ向かう大きな原動力となっています。

保険会社の「中立性」と「データ」が業界の壁を越える

ーー現在注力されている事業とその強みをお聞かせください。

原田秀美:
最大の強みは、保険事業を通じて蓄積したデータ量と全国規模の営業網です。現在、私たちは移動や物流に関するリスクとコストを低減するサービスを提供しています。主軸は2つあります。1つ目は、個別の企業の事故削減や業務効率化を実現する「MIMAMO DRIVE」。2つ目は、業界横断的な課題解決を目指す物流の共同事業「baton」です。

私たちは東京海上日動火災保険が有する年間数十万件に及ぶドライブレコーダーの事故映像やデータの活用等を通じて、どのような警告を出せば事故削減につながるのか、的確な解決策を提示できるのです。全国の中小企業とつながる保険の営業網も、独自の顧客接点として強みになっています。

ーー「baton」では、どのような課題解決に取り組んでいますか。

原田秀美:
複数企業による「中継輸送」を実現するための仕組みづくりに取り組んでいます。物流業界では人手不足などに伴い、2030年には国内の荷物の約3分の1が運べなくなると予測されており、これは約7兆円の経済損失を生む深刻な課題です。本来、物流会社同士は競合関係にあるため、横の連携が難しいという構造的な問題がありました。そこで、各社と接点を持つ私たちが「中立的な立場」として橋渡し役を担っています。データの解析や枠組みづくりを牽引することで、業界全体を巻き込んだ連携が可能になりました。

「大胆な構想と着実な実行」で目指す事故がない世界

ーー事業を進める上で、大切にされている軸は何ですか。

原田秀美:
大きく2つあります。

1つ目は、「大胆な構想と着実な実行」と「神は細部に宿る」という考え方を併せ持つことです。新規事業をつくるには、解決したい目標を描く大胆さが必要です。しかし、その目標を空論にしないためには、現場の実態を深く理解し、粘り強く実行する姿勢が欠かせません。

2つ目は、「どんな社会課題を解決したいか」を起点に発想することです。「自分たちに今何ができるか」に縛られてはいけません。自社の枠組みにとらわれず、不足する部分は外部企業と提携してでも、解決に向けた全体像を先に描くことを徹底しています。

ーー今後の展望についてお聞かせください。

原田秀美:
私たちが目指すのは、「事故がない世界」の実現です。そして、物流業界の危機を乗り越え、日本経済を安定させることを目標としています。その実現に向けて、「baton」の参画企業をさらに広げていきます。大手企業だけでなく、地方の中堅・中小企業、さらには異業種へと連携の輪を広げる。業界を網羅する仕組みへと成長させていく考えです。

ーー最後に、読者へ向けたメッセージをお願いいたします。

原田秀美:
弊社は現在、専門性を持ちながらも、枠を越えて行動できる「越境できる人材」を求めています。社内ではこれを「健全な領空侵犯」と呼んでいます。自分の知識の枠にとどまらず、他領域や外部企業の現場にも踏み込み、横断的に事業を形にする力が必要です。この力が、新たな価値の創造には不可欠となります。

20代などの若手の頃はつい「今の自分に何ができるか」に目を向けがちです。しかし、経験が浅くても「どんな世界を実現したいか」という理想から逆算して構想を練ることは誰にでもできます。社会課題を解決したいという強い思いを持ち、私たちと一緒に新しい未来をつくり上げましょう。

編集後記

自らの実体験から生まれたアイデアで人々の行動を変え、現在は物流業界全体の構造的な課題に挑む原田氏。同氏の言葉の端々からは、空理空論で終わらせない強い覚悟が感じられた。「実現したい世界」から逆算する大局的な思考と、それを現場での粘り強い実行力で形にする両輪のバランスは、多くのビジネスパーソンに大きな示唆を与えるだろう。保険会社が持つ独自のデータと中立性を最大の武器に、業界の壁を越えて「事故がない世界」を目指す同社のこれからの躍進に期待したい。

原田秀美/1975年生まれ。東京大学卒業。1998年に東京海上火災保険(現:東京海上日動火災保険)に入社。2023年に同社デジタルイノベーション部長、同年11月に東京海上スマートモビリティ代表取締役社長に就任(現職)。現在は、東京海上ホールディングス 執行役員ソリューション事業部長、東京海上日動火災保険 執行役員、ID&Eホールディングス 取締役、東京海上レジリエンス 代表取締役社長、および、東京海上ウェルデザイン 取締役も担う。