
車のへこみを、塗装を剥がさずに修復する技術「デントリペア」。需要が高まる一方で技術者不足が課題となっているこの市場において、技術者の育成と業界の発展を牽引しているのがテック・トレーディング株式会社の藤井寛氏だ。営業職から未経験でデントリペアの世界へ飛び込んだ同氏は現在、国内外から受講生が集まる技術スクールの運営や、世界約20カ国から選手や工具メーカーが参加する国際技術競技大会の主催を手がけている。なぜ自らの技術を独占せず、後進の育成や業界全体の底上げに心血を注ぐのか。その根底にある、職人としての矜持と指導にかける情熱に迫る。
営業畑から「自分の腕一つで喜ばれる」職人の世界へ
ーーこれまでのご経歴と独立を決意されたきっかけをお聞かせください。
藤井寛:
高校卒業後は家電量販店で5年ほど販売員をしていました。その後、建設機械のアタッチメントをつくるメーカーで約4年間営業を務めましたので、それまではずっと営業畑を歩んできました。
一方で、当時はバブル崩壊による影響で「会社にいれば安泰」という時代ではありませんでした。世の中では「独立開業」という言葉が身近になっており、私自身も若い頃から「いつか自分の力で商売をしたい」と考え、さまざまな業界や仕事を検討する中で出会ったのがデントリペアという仕事です。
ーー数ある事業の中で、デントリペアに魅了された理由は何だったのでしょうか。
藤井寛:
「自分の技術を磨けば磨くほど、お客様が喜んでくれる」という点です。自分の腕一つに仕事のすべてが懸かっているところに、大きなやりがいを感じました。従来の車のへこみ修理は、塗装を剥がしてパテを塗り、色を合わせるという工程が多く、費用も日数もかかるのが主流でした。しかしデントリペアは、専用のツールを使って車の裏側からへこみを押し戻し、オリジナルの塗装を守りながら修復します。車の価値を下げずに、短時間でかつ低コストで美しく修復することができ、お客様に心から「ありがとう」と言っていただける仕事だと確信し、「これをやっていこう」と決意しました。
廃業していく同業者を救うために本格的なスクールを設立

ーースクール事業を立ち上げられた背景を教えていただけますか。
藤井寛:
一番の理由は、デントリペアで成功する同業者を増やしたいと考えたからです。この事業は当時、競合が少なく成長の可能性が大きい市場であった一方、需要を見つけ出すのが難しく、せっかく独立しても廃業してしまう人をそれまで多く見てきました。もちろん当時から技術を教えるスクールはありましたが、実際に開業し、現場で実績を積んだ技術者が直接指導する環境は多くありませんでした。この素晴らしい市場を活かしきれずに去っていく人をこれ以上増やしたくない。そう考え、2006年頃に第二の創業という思いでスクール事業を立ち上げました。
ーー同業他社とは異なる、貴社スクールの特徴を教えてください。
藤井寛:
最大の特徴は、受講期間内にプロとして独り立ちできる技術力が身につくまで、受講生の個々に合わせた指導を行っている点です。習熟のスピードは人それぞれ異なるため、一人ひとりのペースに合わせて個別のカリキュラムを組み、卒業時には全員が同じレベルで通用する技術を身につけられるよう努めています。
現在、北海道から沖縄まで全国から生徒が集まり、数ヶ月の泊まり込みで技術を習得しています。さらに、台湾や韓国、ドイツ、セルビアなど海外から受講生が訪れることも珍しくありません。初心者からプロとして通用する技術の習得まで一貫して指導する体制は、世界的に見ても珍しいものだと考えています。そのため、日本を選んで受講していただけることを大変光栄に感じています。おかげさまで、現在は入校まで約半年お待ちいただく場合もあります。
卒業生が帰れる場所と目指すべき世界最高峰の舞台
ーー世界的な技術競技大会を日本で主催されているそうですが、その目的は何でしょうか。
藤井寛:
卒業生に世界トップレベルの技術を目指して努力し続けてもらうことです。職人になったからには、普通の商売で終わらせるのではなく、技術を極める努力をしてほしい。日本で世界大会があれば、「自分も世界の舞台で挑戦できるかもしれない」と、毎日の作業に対するモチベーションや意識も大きく変わってくるはずです。
現在、年に1回開催しているこの大会には、世界約20カ国から選手やツールメーカーが集結します。募集を開始すると、日本選手の枠はわずか数十秒、海外枠も募集開始後まもなく埋まるほどの盛況ぶりです。日本の大会は審査が非常に厳格なため、「ここで上位に入れば、世界中どこへ行っても通用する」と海外の職人からも高く評価されています。なお、私自身は自らの生徒にバイアスがかからないよう、審査には加わらず運営に徹するようにしています。
ーー最後に、貴社の今後の展望や実現したいビジョンについてお聞かせください。
藤井寛:
私たちが目指しているのは、スクールを卒業して開業した方々が、それぞれの地域で長く活躍し、豊かに暮らしていけることです。そのためには、私自身が現役を退かず、常にお客様の車を修理し続け、最新のツールや技術を吸収し続けなければなりません。「あの人みたいになりたい」と目標にされる現役の職人であり続ける必要があるのです。
また、卒業後も困ったことがあればいつでも帰ってきて、泊まり込みで勉強できる環境を用意しています。そうした卒業生同士が学び合い、情報交換できる場をこれからも広げ、卒業生一人ひとりの挑戦を長く支えていきたいと考えています。
編集後記
「関わった人はみんな成功してもらいたい」。藤井氏の言葉には、指導者としての深い愛情と揺るぎない覚悟が滲んでいた。自らの利益のみを追求し、スクール運営だけを行えば経営面では効率的だったかもしれない。それでもあえて卒業後も学び続けられる環境づくりや膨大な労力を伴う世界大会の主催に奔走する姿からは、業界全体に貢献したいという強い思いが伝わってくる。営業職で培った「顧客を喜ばせる」という原点と、妥協なき探求心が交差するこの場所から、これからも世界に通用する優れた技術者が次々と生み出されていくに違いない。

藤井寛/1972年、大阪府生まれ。高校卒業後、社会人経験を経て27歳で独立。テック・トレーディング株式会社代表取締役。デントリペア専門店「デントリペア・フジイ」、技術スクール「日本デントショップネットワーク」を運営するほか、ツール販売・イベント事業も展開。世界各国の技術者との交流を重ね、国際大会の主催や海外大会の審査員も務める。技術を何より重視し、本物の職人育成に力を注いでいる。2025年には日本初となるデントリペア日本グランプリを開催。2026年には5回目となるIASRE JAPANを主催し、世界約20カ国から選手・工具メーカーが集う国際大会の運営を手掛ける。