
銀行員からキャリアをスタートさせ、海外の主要都市で金融の最前線を戦い抜いてきた人物がいる。東海東京フィナンシャル・ホールディングスの代表取締役会長を務める石田建昭氏だ。同氏は、国内トップクラスの独立系証券会社において数々の組織変革と独自戦略を打ち立ててきた。大手金融機関やネット証券がひしめく業界において、同社がいかにして独自の存在感を示し、事業拡大の勢いを生み出しているのか。事業の展望から人事制度の改革、そして次世代を担う20代へのメッセージまで、その経営哲学と具体的な戦略に迫った。
偶然の挑戦から始まったグローバルバンカーへの道
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされましたか。
石田建昭:
偶然の選択が、私の金融キャリアの出発点です。私は北海道の大学出身なのですが、当時は本州の企業に対する知識がほとんどありませんでした。そんな中、大学に名古屋に本店があった東海銀行(現・三菱UFJ銀行)の求人が来ており、面接を受ければ名古屋までの飛行機代を出してもらえると聞きました。
当時の私は飛行機に乗ったことがなかったため、乗ってみたいという好奇心から仲間4人とともに面接へ向かいました。もともとは北海道にあった別の銀行を志望していたものの、結果として内定をもらい、入行することになったのです。入行後は名古屋市内の支店へ配属され、最初の数年間は出納業務を担当し、現金を数えるなど、銀行員としての基礎を徹底的に学ぶ日々でした。
ーーその後のキャリアにおいて、最大の転機は何でしたか。
石田建昭:
海外へ飛び出すきっかけになった「若手海外研修制度」への応募ですね。当初は誰も手を挙げない状況でした。しかし、私は論文を書くのが得意だったこともあり、試験を受けてみたところ合格したのです。
最初の1年間はロンドンでの研修でした。英語も十分に話せない状態からのスタートでしたが、この経験が視野を大きく広げてくれました。その後、1971年にバンコクへ配属となります。ここでは米国の金融機関、現地の銀行、そして当時の所属銀行の3社による合弁会社を立ち上げるプロジェクトに携わりました。社内の公用語は英語で、米国の金融機関からは優秀な人材が集まっており、彼らと肩を並べて仕事をした経験が私を大きく成長させてくれました。当時知り合った仲間のなかには、後に現地の政府要職を務めた人物もおり、グローバルな人脈の基礎がここで築かれましたね。
そして、1980年からは約6年半の間をロサンゼルスで過ごしました。当時の米国は金利が20%近くに達する厳しい経済状況です。現地の銀行を買収したものの、不動産市場の崩壊などにより非常に困難な局面を迎えました。しかし、この危機を乗り越えた経験が、金融を扱う人間としての強靭な土台となったのです。
欧州トップの誇りを胸に大改革を推進

ーーロサンゼルス勤務後のご実績についてもお聞かせいただけますか。
石田建昭:
ロサンゼルスから戻った後は、再びロンドンへ渡り新拠点を立ち上げました。欧州の銀行拠点トップとして日本に先駆け、金融派生商品(デリバティブ)を中心とした新しいビジネスに挑戦して事業を大きく成長させることに注力しました。当時、日本の銀行で派生商品を本格的に手がけているところはほぼ皆無でした。そこで、私たちは日本でいち早くこの分野に踏み込み、数年後には確固たる地位を築きました。
その結果、現地の中央銀行のランキングでも上位に入り、経済紙の一面を飾るほどの業績を上げることができました。その過程で、優秀な外国人トレーダーやリスク管理の専門家を雇い入れました。そのように、世界の金融メカニズムの最前線で戦った経験が、現在のビジネスの確固たる基盤です。当時のネットワークが縁で、近年になって中東地域から特別な査証(ビザ)を提供されるなど、培ったつながりは今も生きています。
ーー貴社へ参画された当時の取り組みについてお聞かせいただけますか。
石田建昭:
私が弊社に参画した2004年当時、証券ビジネスは株式の売買手数料に依存する状態でした。グローバルな視点で見れば、これからの証券ビジネスは富裕層向けの資産運用へシフトしなければ生き残れないことは明白だったのです。そこで、圧倒的なブランド力を持つ富裕層向けサービス「オルクドール(Orque d'or)」を立ち上げました。
立ち上げ初年度は2000億円規模だったお預かり資産も、現在では約2兆円にまで成長を遂げています。さらに数年後には、5兆円を目指す規模に拡大する見込みです。また、有力な地方銀行と合弁証券会社を設立する取り組みも、業界に先駆けてスタートさせました。次々と新しいことに挑戦し、変革を続けなければ生き残ることはできません。その危機感と挑戦の精神で、今日まで数々の戦略を打ち出してきました。
「黄金の台形」を狙う独自戦略と心を動かすマーケティング
ーー業界大手やネット証券がひしめく中、独自の存在感を示すための戦略は何ですか。
石田建昭:
「黄金の台形」と呼ぶ、富裕層および準富裕層の領域で確固たる存在感を示すことです。日本の金融資産の分布をピラミッドに例えると、頂点にあたる超富裕層の領域は、業界大手が強固な地盤を築いています。一方、土台となるマス層においては、ネット証券が高いシェアを占める状況です。しかし、その中間に位置する富裕層や準富裕層の領域には、いまだ絶対的なチャンピオンが存在しません。弊社はこの層を「黄金の台形」と位置づけ、確固たる地位の確立を目指す方針を掲げました。
具体的には、先述の「オルクドール」をさらに強化するほか、準富裕層向けの「クレールシエル」という独自の戦略を打ち出しています。これらのサービスを展開し、この領域で確固たる地位を築いていく考えです。
ーー独自のポジションを確立する上で、取り組まれていることは何ですか。
石田建昭:
他業種とタッグを組む「パワフルパートナーズ(PP)」提携の取り組みがあります。他業種との相互補完により、弊社の事業規模をさらに拡大させることが狙いです。さらなる飛躍のためには、事業規模を引き上げる必要があります。そこで、幅広い顧客基盤を持つ他業種の企業などとタッグを組む提携を進めているのです。
相手企業は弊社の富裕層向けサービスを必要としており、私たちは彼らの持つ顧客基盤を求めています。この相互補完によって、大手企業に肩を並べる規模へと近づくことができると考えています。
ーー事業を拡大していく中で、マーケティングの工夫はどのようなものでしょうか。
石田建昭:
お金やモノだけでなく、お客様に「心の豊かさ」を提供することに注力しています。銀行の役割は「安全・安心」の提供です。証券会社は適切なリスクをとり、お客様に「豊かさ」を提供する使命があります。私たちは自らを「豊かさのキューピッド」と位置づけています。その一環として、音楽家のコンサートや有名デザイナーのファッションショーなどを開催しているのです。お客様の心を動かす独自のイベントです。お客様が弊社と取引していることに誇りを持っていただけるような、感情に訴えかけるマーケティングを展開しています。
専門性と人間性を磨く 次世代へ向けた人事革命

ーービジネスを支えるための組織づくりや人事制度についてお聞かせください。
石田建昭:
社員が自律的にキャリアを築ける制度の導入と、専門性に対する新たな評価軸の構築を行っています。新しいビジネスモデルを成功させるには、社員の質的向上が不可欠です。そこで弊社では、自ら手を挙げれば希望する部署やポジションに挑戦できる「ポジションチャレンジ制度」を導入しました。現在でも多くの社員がこの制度を利用し、野心的にキャリアを切り拓いています。
また、社員の大学院での学びを会社が支援する制度も整えました。若手やシニア層を問わず、専門性を持つ人材には既存の枠にとらわれない新しい報酬体系を導入する議論も進めています。たとえば、成果を上げた社員には特別な報酬を支給するなど、思い切った人事変革が必要です。外部から優秀なリサーチチームを招へいするなど、組織に新しい風を吹き込んでいます。
ーー社員の方々に対して、具体的にどのような成長を求めていますか。
石田建昭:
「専門性と人間性」を両輪で高めていくことです。証券業には高度な専門知識が求められ、お客様の幸せに直結するアドバイスをするためには、十分な知的水準が必要です。しかし、専門知識だけでは勝てません。最終的に商品となるのは「自分自身」です。お客様に信頼していただくためには、人間性を磨くことが絶対に欠かせないのです。
ーー人材育成や組織改革を経た先にある、貴社の5年後のビジョンを教えてください。
石田建昭:
次世代モデル「オルクドール2.0」を確立し、業界トップの5社に肉薄する規模へ成長することです。その中核として、今年度から「オルクドールアカデミー」を始動しました。これは新入社員250名のうち約1割を選抜し、半年から1年かけて高度な専門知識を教育する場です。人間力を高めるこの取り組みには、地方銀行からも参加希望が寄せられています。
また、海外のネットワークを活用した「グローバルオポチュニティ」の創出も重要な戦略です。AI技術を用いた最先端インフラの整備も並行して進めていきます。加えて、顧客企業のイノベーション支援や、専門チームによる高度な情報提供も強化する方針です。
さらに、心の豊かさを提供する専門部門も新たに立ち上げました。お客様同士のコミュニティ形成やご家族へのサポート、上質なイベント企画を通じて独自の価値を創造します。誰もが模倣したくなる事業展開と有力パートナーとの提携で、盤石な地位を築く考えです。
笑顔の知的ブルドーザーになれ 20代へのメッセージ
ーー最後に、これからの激動の時代を生き抜く20代の読者へアドバイスをお願いします。
石田建昭:
20代の方々に、私からお伝えしたいことは3つあります。
1つ目は、「人間力を鍛える」ことです。ビジネスのスキルだけでなく、文化、芸術、スポーツ、映画など、幅広い分野で優れたものに触れてください。その空気を肌で感じることで養われる感性が、必ず人間としての深みになります。
2つ目は、「好奇心を高める」ことです。専門性を深めるためには好奇心が不可欠です。これからはAIという強力なツールがあります。AIをフル活用し、わからないことを次々と調べ、知識を吸収する「好奇心の雪だるま」になってください。
そして3つ目は、「笑顔の知的ブルドーザーになる」ことです。知的水準を常に高め、行動力で前へ進む。しかし、決して強引になるのではなく、「笑顔」で人を巻き込み、豊かなネットワークを築いていく。それこそが、新しい時代を切り拓く武器になるはずです。
編集後記
偶然のきっかけから始まり、世界の最前線で激動の時代を乗り越えてきた石田会長。その経験から語られる言葉には、変化を恐れず挑戦し続ける経営者としての確固たる信念が宿っていた。「黄金の台形」を狙う緻密な戦略と、顧客の心を満たすマーケティング。そして何より、AI時代においても「人間性」を重視し、社員の可能性を信じて投資を惜しまない姿勢こそが、同社の躍進を支える原動力である。大手金融機関の牙城に迫り、業界に新たな風を巻き起こす今後の展開にも注目だ。

石田建昭/1946年北海道生まれ。1968年小樽商科大学卒業後、同年に東海銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。欧州東海銀行頭取、東海銀行常務取締役などを歴任。1998年東海投信投資顧問(現・三菱UFJ国際投信)社長。2001年欧州東海銀行会長。2002年UFJインターナショナル会長。2004年東海東京証券入社。2005年同社社長。2009年から当社代表取締役社長。2021年当社代表取締役会長(現任)。