※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

プラント配管工事やプラント架台工事を手掛ける株式会社メタルフィットルーツ石山。同社を率いる松井智幸氏は、異業種である鉄鋼商社から家業である職人の世界へ飛び込み、先代が倒れるという不測の事態に直面しながらも、専務として3年間経験を積んだ後に社長へと就任した。下請け、孫請けの受託から、顧客との直取引へとビジネスモデルを転換した決断や、AI時代だからこそ輝く「現場密着型の仕事」の真価。そして過去の苦い経験から学んだ独自の組織づくりについて話を聞いた。

商社マンから職人の世界へ そして突然の社長就任

ーーまずは、ご経歴についてお聞かせください。

松井智幸:
大学卒業後、鉄鋼商社に就職して約3年間営業として働きました。家業である当時の松井工業株式会社(現・株式会社メタルフィットルーツ石山)を継ぐにしても、まずは外で組織を学びたいという思いがあったからです。しかし、実際に弊社に入社した後は、前職との大きなギャップがあり大変苦労しました。

商社時代はある程度ルートが決まった営業でしたので、年上の顧客の方からも親しくしてもらい逆に色々なことを教わりました。対して弊社は職人の世界。それもほぼ年上の人ばかりで「見て覚えろ」という全く異なる文化に大いに戸惑いました。さらに茨城県の土浦事業所の立て直しで赴任していた折、先代である父が倒れ、本社に戻ってからはいきなり経営の判断を迫られる立場になったのです。

父は一命はとりとめたものの会社に復帰できる状態ではなかったため、3年間は専務として全体を把握し、その後社長に就任しました。

ーー社名には、どのような思いが込められているのですか。

松井智幸:
先代が「松井工業」からカタカナの「メタルフィット」へ社名を変更しました。弊社は大手繊維会社の協力企業として祖父が滋賀県の「石山」という場所で創業したため、創業の地である「石山」への感謝と原点を忘れないという意味を込め、「ルーツ石山」を組み合わせたのです。

ーーこれまでの経営で印象に残っているエピソードをお聞かせください。

松井智幸:
弊社は2021年10月に、本社を創業の地である石山から草津へ移転しました。本社の移転に伴い案内状を出したとき、数え切れないほどのお花をお客様・協力業者様・仕入れ業者様からいただいたことです。玄関の両サイドが一面胡蝶蘭で埋まる光景を見た時、「私たちの会社は本当に皆さんに支えられて、今日があるんだ」と心の底から実感しました。この感謝を忘れず、皆様の期待にしっかり応えていかなければならないと強く決意しました。

赤字からの脱却と現場を守る「二刀流」の強み

ーー事業における最大の転機についてお聞かせください。

松井智幸:
最大の転機は、先ほども申し上げましたように弊社は大手繊維企業様の協力業者であるため、基本的な経営基盤は備わっていましたが、他に特定の顧客が無かったことと、お客様の声を直接聞いて問題を共に解決できる存在になりたいという思いから「直取引」へとビジネスモデルを転換したことです。かつては多層的な商流の末端に位置しており、現場の急な仕様変更に対応しても適正な対価が還元されないという構造的な課題を抱えていました。こうした不採算案件を解消し、現場の価値を正当に評価いただくために、商社時代に教わった営業力で自ら販路を開拓し、大手企業様との直接取引を実現させました。

ーー現在の貴社の強みは、どのような点にあるとお考えですか。

松井智幸:
「二刀流」の人材育成です。直取引のお客様のニーズに答えるためには「言われたことを良い品質で正確にこなす技術」だけではなく「お客様に提案できる知識」も必要となってきます。そのため弊社では、職人の技と施工管理の知識を併せ持つ人材を育てています。現場は常に状況が変化する“生き物”。両方の視点を持つ人財が瞬時に判断し対応できることが、私たちの確かな現場対応力につながっているのです。

失敗から学んだ「人の調和」と独自の社内組織

ーー組織づくりにおいて大切にされていることは何ですか。

松井智幸:
最も重視しているのは「人の調和」です。過去に人間関係が悪化し、各部署の足並みがそろわず業績が落ち込んだ時期がありました。社内の結束が固まらなければ、お客様に対して良い仕事は提供できないと痛感したのです。

ーーその教訓から、現在どのような取り組みをしていますか。

松井智幸:
社員との積極的な対話と、働きやすい環境づくりに注力しています。年2回の個人面談に加え、少なくとも月1回は私自身が社員一人ひとりの顔を見て声をかけています。元気がない社員がいればすぐに対応できるようにという思いからです。また、資格取得費用の全額負担や、作業服を各自で選べる制度も導入しました。現場を支える従業員のために環境整備に尽力しています。

AIに奪われない汗をかく現場の仕事の大切さ

ーー今後、AI技術が進化する中で、貴社の仕事はどのように変化していくとお考えですか。

松井智幸:
計算などの効率化は進む一方、現場での判断や作業は人間の手に残ると考えています。私たちの仕事は、何もない状態から形あるものをつくり上げます。図面作成などの効率化は進むでしょう。しかし現場で瞬時に判断して手を動かすことは、人間にしかできません。AIに奪われない「手に職」をつけられる仕事だと確信しています。

ーー最後に、未来の求職者へ向けてメッセージをお願いします。

松井智幸:
泥臭いと感じるかもしれませんが、手に職をつければ一生困ることはありません。何もないところからものをつくり上げ、自分がやった成果が目に見える楽しさを、ぜひ味わっていただきたいです。私たちは周囲の方々に支えられて事業を営んでいます。ものづくりの楽しさと感謝の心を持ち、共に成長していける方をお待ちしています。

編集後記

商社から職人の世界への転身と、先代が倒れるという不測の事態に直面しながらも、専務として会社を支え経験を積んでからの社長就任。数々の苦難を乗り越えてきた松井氏の言葉には、現場と社員への深い愛情が滲み出ていた。過去の苦労から「人の調和」の重要性を学び、自ら社員に寄り添う姿勢が組織の独自性を生み出している。技術が台頭する現代でも、人間にしかできない地道な仕事の価値を信じ、周囲への感謝を忘れない同社。その姿勢は、これからも確かな成長と新しいものづくりを牽引していくに違いない。

松井智幸/1963年1月、滋賀県生まれ。1985年、京都産業大学経済学部を卒業。同年、カネヒラ鉄鋼株式会社(鉄鋼商社)に入社。1989年に松井工業株式会社(現・株式会社メタルフィットルーツ石山)へ入社。土浦事業所責任者を経て、1991年に取締役に就任。1998年に代表取締役に就任し、現在に至る。