日本の建設業界では厳しい経営環境が続いている。
2020年度の建設業就業者数は1997年のピーク時と比べおよそ28%減少(※)するなど人材不足が深刻化しており、建設資材の価格高騰も止まらない。仕事を受けても利益を確保しにくい状況にある。
※国土交通省「最近の建設業を巡る状況について」参照
そんな中、建設生産システムの生産性向上の取り組みであるi-Construction(アイ・コンストラクション)施工のトップランナーとして活躍しているのが、金杉建設株式会社だ。
同社は2023年2月に、データとデジタル技術を活用して建設生産プロセスを高度化、効率化、国民サービスの向上等といった、改革につながる取り組みを行っている優れた企業を表彰する「インフラDX大賞」の工事・業務部門で国土交通大臣賞を受賞。
他社に先駆け、i-Constructionを活用してICT施工の内製化に取り組んだ実績が高く評価されている。
代表取締役社長の吉川祐介氏は、「外注してしまえば楽ですが、すべて任せきりではいざ自分たちでやろうと思ったときに困るな、と危機感を覚えました」と語る。
国や取引先からの高い信頼を維持し続けるため、技術のアップデートに余念がない吉川社長の思いを聞いた。
建設におけるICTの活用
――貴社では最先端のデジタル技術を活用した取り組みが進められていますが、ICTに力を入れ始めたのはどのタイミングだったのでしょうか。
吉川祐介:
国土交通省がICTを本格始動した2016年当初から、ICTを取り入れなければこの業界で生き残っていけないなと感じていたものの、いきなり自社でスタートするのはハードルが高いので、まずはICTを取り入れた建設プロセスの大部分を専門業者に外注することにしました。
外注してICTの導入を進めた結果、発注者からの評判は良かったものの、この体制のままでは利益率が低いままで技術も自社に残らないなと思ったんです。
ICTを外注する進め方では重機の動きをコンピューターで制御したり3D測量をしたりするためのICTのノウハウを何も学ぶことができないため、いつまでも自社でICTを内製化できません。
そこでICTソフトや3D測量、ICT重機のメーカーさんに相談したところ、複数の会社から「i-Constructionを活用した建設プロセスの内製化を目指されるのであれば全面的に協力します」とおっしゃっていただいたので、それらの会社の測量機や重機を導入して実践を重ねました。
その後、2017年に国土交通省が建設現場の生産性向上に係る優れた取り組みを表彰する「i-Construction大賞」が創設され、当社は優秀賞をいただきました。
この受賞がきっかけとなり、金杉建設の名前は本社のある埼玉県内だけでなく関東全域で認知されるようになりました。
早いうちにi-Constructionを活用した建設プロセスを内製化する体制を整えたことが、建設業界でICT施工のトップランナーになれた決め手だったと思っています。
自社で機械を所有するメリット
――重機や測量機器をリースやレンタルではなく、すべて自社で購入されたのには理由があるのでしょうか。
吉川祐介:
数十年前から多くの建設会社は、自社で機械は持たずリースやレンタルをした方が負担が少ないという考え方が主流でした。
そんな中、先代の社長だった私の父はなるべく機械を手元に置いておきたいという考えでした。そういった事情もあって、ICT対応の機械を用意するときも、自社で購入するのは自然な流れでしたね。
加えて、必要なときに重機をリースやレンタルするよりも、自社で確保しておいた方がメリットが大きいと考える理由もありました。
ICT仕様の重機を購入する場合、標準仕様のものより高価なのですが、リースやレンタルの場合は繁忙期になると標準仕様の5倍近い金額を支払わなくてはならないケースもあります。
重機が必要になるのは繁忙期なので、毎回高い金額を支払うよりはいっそ自社で買ってしまった方がトータルで考えるとコストを抑えられると判断しました。
また自社で機械を保有していると、リース料やレンタル料がかからない分、工事の規模に左右されずにICT施工を工事に導入できるというメリットもあります。
機械を借りる場合には、一般的に月単位でリース料またはレンタル料が発生するため、稼働日数が短く収益が少ない工事を請けてしまうと利益になりません。
そのため利益を見込める大型案件に業者が殺到し、競争も激化してくるんです。
一方で私たちは自社で機械を所有しているため、1~2週間程度で終わる小規模の工事であっても一定の利益率を維持できます。
「i-Construction大賞」を受賞した頃はICT分野でトップになったとはいえ、他の会社がやる気になればすぐに追いつかれるかもしれないと危機感を持っていました。
しかし、小規模の案件を足掛かりとして取引先との関係を構築することで好評価をいただき、結果として大型案件の受注につながりやすくなるという好循環が生まれ、結果として売上の拡大にもつながりました。
ICTの導入によって生まれた商業チャンス
――貴社が高い経常利益率を出せている要因についてお聞かせいただけますか。
吉川祐介:
金杉建設の土木分野での利益率はかなり高い方だと自負しています。
これは先ほどもお話しした通り、高いリース料やレンタル料がかかる重機や測量機械を自社で持つことでコストを抑えられていることと、自社の技術者がオペレートしていることで他社との差別化ができていることが大きな理由だと考えています。
このように他社と差別化できたのは、当社がいち早くi-Constructionを活用したICT施工の内製化を進めたことで先行者優位が働いたからだと思っています。
一般的な考え方として、一番先に新商品を開発するよりも、他社の商品を参考にしてさらに精度が良く、デザイン性の高いものを後から出した方が賢いという考え方があり、以前の私も同じように考えていました。
しかし、トップランナーになった今はどこよりも早く先手を打つべきだという考えに変わりましたね。
――メディアでも貴社の経営ノウハウについてオープンに話されているのはなぜでしょうか。
吉川祐介:
私たちが属する建設業界では、全体のうちの小さなパイさえ獲得できれば、会社は充分生きていけると思っているからです。
そのため、自社のノウハウを隠して市場を独占しようという考えはありません。
また多くの会社がICTを導入することで、メーカー側もICTに対応した機械の開発に力を入れてくれることも期待しています。
上司の後押しがきっかけとなった大きな転機
――これまでのご自身の人生におけるターニングポイントがあれば教えてください。
吉川祐介:
私は中堅のゼネコン会社に就職してから大学院に入り直しているのですが、このときの経験が今に生きているなと思っています。
2年という短い期間ではあるものの、社会人経験を積んだうえで大学院に入ったので、社会人目線で物事をとらえることができたのが大きかったですね。
――なぜ就職なさってから大学院に進学しようと考えたのでしょうか。
吉川祐介:
大学生の頃に卒業研究をやり始めたら土木の研究って意外と面白いなと感じて、大学院に進んでもっと研究をしてみたいと思うようになりました。
しかし、すでに学校からの推薦で企業に内定をいただいていたので、今断ってしまうと後輩に迷惑がかかってしまうと思い、後ろ髪を引かれる思いで就職をしたんです。
それから社会人になり、当時の上司に「本当は大学院に行きたいと思ってたんですよ」と何気なく話したのですが、その後に再会したときに、「以前に大学院に行きたいって言ってたよな。じゃあ辞表を書けばいいじゃないか」「チャンスはなかなか巡って来ない、今がその時なんだ」と背中を押していただいて、会社を辞めて大学院に行く踏ん切りが付きました。
後で知った話ですが、当時は業界全体が不景気で、会社としての業績が芳しい状況ではなく、私の退職翌年には大規模なリストラがあったようでした。上司はそのような見通しを踏まえた上で、少しでも若いうちにと背中を押して下さったのではないかと考えています。
――会社を経営される上で大学院でのご経験が役立ったことはありますか。
吉川祐介:
論理的に物事を考えるようになったなと感じています。
またこれは理系の人間に多いと思うんですけれども、自分が関わることに対しきちんと把握できていないと気が済まないというところがありますね。
これはICTを取り入れたICT施工を内製化して自分たちで仕組みを理解したうえで進めてきた部分にもつながっていると感じています。
これから力を入れていきたいこと
――今後注力していきたいポイントについて教えてください。
吉川祐介:
数十年前まで当社はまだ知名度が低い会社でした。
しかし「i-Construction大賞」と「インフラDX大賞」の受賞がきっかけとなり、金杉建設の名前を多くの方に知っていただけて、とても良い環境で仕事ができていると思っています。
しかしここで満足せず、発注者からの信頼を獲得し続けていくために、常に最新の情報を取り入れることを心掛けています。
ICT関連の展示会には必ず行くようにしていて、次はどういう機械が出るのかチェックし、必要であれば自社で買って社員が使える状況まで持っていき、継続的な技術のアップデートを図っています。
建設業界におけるICT施行のトップランナーで居続けるために、常に努力し探求し続けていきたいですね。
管理部門体制の強化
――その他にも力を入れていきたいポイントについてお聞かせいただけますでしょうか。
吉川祐介:
3Dデータの作成や測量のサポートをしている管理部門をさらに強化していきたいと考えています。
他社でICTが導入できない大きな理由が、建設現場で働いている方や責任者から「余計な仕事を増やさないでくれ」と反対されることなんですよ。
ICTを推進するにあたって現場で働いている人に負担がかかってしまっては意味がないので、当社では3Dデータの作成や3D測量は社内の管理部門で行い、データが完成した状態で渡すようにするという形でスタートしました。
そうすると現場で働く方にとっては完成データを見てすぐに工事に取りかかれるので、ICTの取り組みを快く受け入れてくれるんです。ICT施工に携わった現場職員が次の現場では自分でできるようにと勉強をしてくれて、徐々に現場職員も3Dデータの作成や3D測量ができるようになってきています。
ICTを導入するハードルを下げ、現場が楽になる環境を作るため、管理部門をさらに強化していかなければいけないと思っています。
金杉建設が目指す場所
――貴社の今後の目標についてお聞かせください。
吉川祐介:
当社で働く技術者が徐々に増え、売上も右肩上がりになっていますが、ここから一気に会社を大きくしたいとか、商圏を広げたいとかは考えていないですね。
それよりも、きちんと技術力が備わっている会社だという信用を長期にわたって維持していきたいという気持ちの方が強いですね。
この状況を維持していくためには、常に前進していかないとだめだと思っているので、どんどん最先端の技術を取り入れ、常にチャレンジし続けたいと思っています。
編集後記
吉川社長は新卒で同業他社に就職してからも、研究を続けたいという思いを捨てきれず、大学院への進学を決意したという。「自分が理解できていないと気が済まない性格なんです」と語る姿には、土木への研究熱心な部分がうかがえる。
技術者不足や建材価格の高騰など、建設業界には多くの課題が残っている。それでもICTの導入で作業の効率化を進め、最先端の技術を取り入れながら進化を続ける金杉建設株式会社に注目だ。
吉川 祐介(よしかわ・ゆうすけ)/1973年、埼玉県出身。日本大学 生産工学部 土木工学科卒業後、1995年株木建設株式会社に入社。2000年日本大学大学院 生産工学研究科 土木工学専攻博士前期課程を修了。2000年4月金杉建設株式会社入社、専務取締役を経て2020年10月代表取締役社長に就任。2017年国土交通省が建設現場の生産性向上に係る優れた取り組みを表彰する「i -Construction大賞」で優秀賞を受賞。2023年「インフラDX大賞」の工事・業務部門で国土交通省大臣賞を受賞。