※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

韓国からの留学生として来日し、マツダ株式会社に入社。その後は財務や経営企画の中枢を歩み、若くして株式会社北陸マツダの代表取締役社長に抜擢された趙祥庚氏。就任1年目にして業績をV字回復させた同氏だが、その背景には緻密なデータ分析だけでなく、現場を尊重する「ひと中心」の組織変革があった。個人の販売目標の廃止や整備士出身者の積極的な登用など、従来の常識を覆す数々の施策はいかにして生まれたのか。自身の転機や「ブループリント」と呼ばれる風土改革の全貌、そして地域密着型の活動で描く未来について話を聞いた。

経営の中枢で磨かれた視座と「人を動かす力」への気づき

ーーまずは、貴社の社長に就任されるまでのご経歴をお聞かせいただけますか。

趙祥庚:
私は韓国出身で、高校卒業後に大学留学のために来日しました。そして卒業後の2008年にマツダ株式会社へ入社し、最初は国内の営業部門で、販売会社の収益構造や資金繰りの分析、今後の見通し策定など、数字に関わる財務系の業務を主に受け持っていました。

その後は、国内の中期経営計画の主担当として数年先の事業計画を描く業務に携わったほか、コロナ禍の時期には他社と共同出資した金融会社に経営戦略の部長として出向し、戦略方針や中期経営計画の策定を担っています。さらに、そこから広島本社に戻って、現場の責任者として国内全体の重点店舗の総括責任者や、新車から中古車、整備、保険に至る全領域の責任者を歴任した後、2025年4月に北陸マツダの代表取締役社長に就任しました。

ーー多岐にわたる業務を経験された中で、ご自身の転機となった出来事は何ですか。

趙祥庚:
大きく2つあります。1つ目は、若手時代に中期経営計画の主担当を任されたことです。毎週のように役員たちと対峙する環境で、経営視点や物事を俯瞰する思考を徹底的に鍛え上げられました。その後の金融会社の立ち上げや再建において、ゼロベースで組織統治や中期経営計画をつくり上げた経験も、大きな糧となっています。

2つ目は、2023年にマツダ本社の風土改革(ブループリント)リーダーの初期メンバー13名のうちの1人に選ばれ、ヨーロッパで約1ヶ月間の研修を受けたことです。どんなに優れた戦略があっても、結局それを実行して動かすのは人間でしかありません。管理や手順書などの仕組みはつくれても、人をいかに動機づけ、行動に移してもらうかという部分が欠けていれば組織は機能しないわけです。

この研修を通じて、管理だけでなく自ら指導力を発揮し、文化や風土をつくっていくことの重要性を実感しました。そして帰国後は、マツダ本社の約4,000人の幹部社員に対して「理想のリーダーシップとは何か」を伝える講習を半年ほどかけて実施しており、これら2つの経験が現在の自身の軸となっています。

現場への衝撃と「心地よい現状維持」からの脱却

ーー貴社の社長に就任された際には、どのような思いを抱かれましたか。

趙祥庚:
北陸3県をカバーする広域の会社を任せていただくうれしさや驚きの一方で、これほど大きな組織をうまく導いていけるだろうかという不安もありました。

実際に赴任して最初に感じたのは、現場との意識や文化の違いです。私は、数値を客観的に見える化する論理的なアプローチを得意としていますが、理論や考え方だけでは現場は決して動かないということを痛感しました。そこで赴任後すぐに「現場に光を当て、現場を尊重する」姿勢の重要性を強く認識したのです。

ーー業績をV字回復させるにあたり、実行した取り組みについて教えてください。

趙祥庚:
まずは経営状況を数字ベースで徹底的に分析して経営上の弱点を定め、同時に従業員との対話を重ねました。対話の中で見えてきたのは、当時の組織が「心地よい現状維持」に陥っているという事実でした。自動車業界が変革期を迎えている中で、現状のままでは時代に取り残されてしまいます。そこで、「数字上の課題に対する対策」と「社員との対話を通じた風土改革」の両輪を進めていくことにしました。

その具体的な取り組みのひとつが、固定観念の打破です。地方では軽自動車や小型車の需要が強く、大型の車種を提案することに対して「どうせ買わないから」とためらう空気が蔓延していました。しかし、会社を発展させていくには、長期的な商品構成に沿った大型車の提案も不可欠です。ですから、客観的なデータをベースに社員を説得し、積極的にお客様へ提案できる営業技術を習得してもらうために、粘り強く環境を整えていきました。

ーーその新たな考え方を社内へ浸透させるために、どのような工夫をされていましたか。

趙祥庚:
部門長との会議を毎日欠かさず行いました。「毎日話すことがあるのか」と驚かれますが、絶対にあるのです。会社がどういう方向へ進むのか、地域の中でどう社会貢献をしていくのかという志の方向性を合わせることが重要です。私一人では直接450人の社員全員と毎日話すことはできないため、私の熱量を伝え、部門長である彼らを私の「分身」にしていかなければなりません。意図が正確に伝わるよう、彼らが自分ごととして各店舗の店長や営業担当、整備エンジニアに伝えていく仕組みづくりに力を入れました。

また、「ブループリント」と呼ばれる理想の組織風土の全体像を示すフレームワークを取り入れ、幹部全員を集めた対面研修を今でも毎月実施しています。これは「前向きに今日を生きる人の輪を広げる」というマツダの企業理念(パーパス)を実現するための仕組みです。お客様や従業員に届けるべき感情体験から、それを生み出すための行動、それを支える風土や理想のリーダーシップ像までを構造化し、現場でどう体現すべきかを徹底的に共有しています。

復興の歴史とマツダブランド価値経営の情緒的価値で結ばれる絆 地域の未来を照らす北極星

ーーマツダというブランドや車が持つ独自の魅力についてお聞かせください。

趙祥庚:
マツダは広島で生まれ、戦後の復興を支える三輪トラックから発展してきた歴史があります。そうした背景から生み出される車づくりへの情熱や社会への貢献をはじめとする物語や、マツダ「ブランド価値経営」を基軸に、お客様との信頼形成、そして感情的なつながりを目指す「ひと中心」の接客体験を大切にしてきました。現在は電気自動車の普及や自動運転技術などが進み、もちろん、最新の技術水準や効率性を追求するアプローチもあります。しかし、マツダには数値やデータだけでは測れない「自分で車を操る楽しさ」などの情緒的な価値が存在します。車という商品を通じてお客様にどのような体験を提供できるのか、感情に響く接客を常に探求し続けているのです。

ーーそうした歴史や思いを背景に、地域社会においてどのような役割を果たしていきたいとお考えですか。

趙祥庚:
北陸地方においても人口減少などの課題が進む中で、前任の社長が地域への貢献を示すため、北陸マツダならではの「北極星」という指針をつくってくれていました。この指針には、これからの時代においても地域の人々を支え、社会に貢献できる不可欠な企業になるという強い決意が込められています。私は前任者からそのバトンを受け取り、自身が持ち込んだ、ブランド価値経営、それを風土改革として具現化した「ブループリント」とうまく融合させました。北陸地域の多くの方々がマツダファンになり、その皆様を末永く支え続けるためにも、私たちが自発的に行動し、地域に寄り添える組織風土をつくることが非常に大切だと考えています。

「無から有をつくる営業」へ 一手間と情緒的価値で生み出す差別化

ーー他社の販売店と比較した際の貴社の強みや特徴はどこに表れているとお考えですか。

趙祥庚:
大きく分けて2つあります。

まずは「意思決定と実行のスピードや柔軟さ」です。上からの指示だけでなく、「なぜ行うのか」を納得して行動に結びつける仕組みが整ったことで、自発的な行動が生まれ、実行の速度が格段に上がりました。

もう一つは、「一手間、一工夫」を全社で心がけている点です。たとえば、新型車の発売時には、他社の車にお乗りのお客様も多く来店されます。その際、営業担当任せにするのではなく、必ず店長が挨拶と名刺渡しを行い、歓迎の姿勢を示します。また、車をご購入していただいたお客様には、社長名で感謝の手紙をプレミアム感を込めてお送りしています。手間を惜しまず特別な体験を提供することで、ブランドに対する好意度を上げていく。商品力だけでなく、そうした情緒的な価値の提供が差別化につながっていると考えています。

ーー接客や営業の姿勢において重視している点は何ですか。

趙祥庚:
私たちは単なる「販売員」ではなく「営業」であるべきだと伝えています。車を買いに来た人に売るのは「販売」ですが、営業とは「無から有をつくる仕事」です。潜在的なニーズに気づいていないお客様に対して、ひと中心の対応を通じて車の良さを感じていただくことが重要です。そのために、弊社では「物語性」と「目的の共有」を交えた提案技術の訓練を進めています。単に「こういうスペックや機能があります」と説明するのではなく、お客様の潜在的な目的に寄り添い、「なぜ」を把握し、具体的なカーライフを想像していただける提案を目指しています。これが定着すれば、きっと私たちの強力な武器になるでしょう。

ノルマ廃止のチーム営業と地域密着 従業員満足が顧客満足の源泉

ーー従業員の働き方や人材育成に関する取り組みについてお聞かせください。

趙祥庚:
個人の販売目標を廃止し、「チーム営業」を推進しています。個人で目標を追いかけて奨励金を争うのではなく、互いの強みを活かし、助け合いながら店舗全体でお客様に選ばれる体制を構築しました。営業担当だけでなく、整備エンジニアも含めた店舗ぐるみのチーム戦とし、店舗の業績が上がれば全員が報われる仕組みにしたことで、従業員間の連携が強まり、昨年の業績回復にも大きく貢献しました。

また、昇進の道筋が非常にフラットである点も特徴です。学歴や職種による壁はなく、実力と向上心があれば誰でも上を目指せます。現在、全18店舗にいる店長のうち、その半分がサービス(整備)出身者です。さらに役員のうち1名は、高卒の整備出身者が登用されており、実績と会社への貢献を正当に評価する環境が整っていることは、大きな魅力だと自負しています。

ーー最後に、今後の貴社の展望をお聞かせいただけますか。

趙祥庚:
地方企業として、地域密着型で皆様に不可欠な存在になることが最大の目標です。北陸3県は車なしでは生活できない地域だからこそ、私たちを必要としてくれるひと中心の事業を展開していく覚悟に他なりません。その歩みを進める上で欠かせないのが、独自性を極めるマーケティングやブランディングの強化です。マツダは比較的ニッチなブランドであるからこそ、こうした領域をすべてメーカー任せにするのではなく、販売会社自らが地域に根差した戦略を持つべきだと考えています。

そのため現在は、ローカルTV局、広告代理店、新聞社等とのエンゲージ強化や特設イベントの開催、そして大型商業施設での催しや大学の学園祭へのイベント参加など、地域社会への貢献を軸とした草の根活動を緻密に行っています。さらに、メーカーが発信する広告のイメージと、実際にお客様が来店された際の店舗の雰囲気に差異が生まれないよう、ブランドの世界観を体現する誠実な「お店づくり」を徹底しています。

一方で、事業成長を支える基盤として、従業員への利益還元も重要なテーマに据えています。会社の約束を果たしつつ、基本給の引き上げや賞与を通じて経済的な安心感を高めていく。やはり「この会社に入れば人生が豊かになる」と思える環境を整えなければ、本当に優秀な人材は集まりません。従業員満足度の向上こそが顧客満足の源泉であるという揺るぎない原則のもと、これからもお客様の豊かなカーライフを支え続けてまいります。

編集後記

論理と数値データを武器に経営の中枢を歩んできた趙社長が、現場で直面した意識の壁。そこから正面から対話を重ね、社員一人ひとりの意欲を引き出していく過程には、明確な意思と情熱が感じられた。個人目標の廃止によるチーム営業への移行や、整備士出身者の積極的な登用など、人に光を当てる組織作りが着実に成果を結んでいる。「前向きに今日を生きる人の輪」を広げる同社の取り組みが、北陸の地域社会でどのように結実していくのか、今後の展開が期待される。

趙祥庚/1981年韓国生まれ、立命館アジア太平洋大学卒。2008年マツダ株式会社へ入社。国内ブランドビジネス総括本部配属(旧・国内営業本部)し、国内ビジネスにおけるファイナンス領域全般、国内ビジネスの中期経営戦略業務などを推進した。2020年にはマツダのキャプティブファイナンス会社であるマツダクレジット㈱へ経営戦略部長として出向し、新資本体制による会社の経営基盤の立て直し、中期経営計画を設計した。2023年にはマツダ株式会社へ復帰し、国内店舗全体総括、販売会社ビジネス全体の責任者を遂行した。2025年にはマツダの子会社である株式会社北陸マツダに代表取締役社長で就任し、経営1年で業績をV字回復に繋げ、現在2年目を迎えていて様々な経営課題への対応や風土改革推進に注力し取り組んでいる。