
高校時代の友人をがんで亡くした悲しみを原点に薬学の道へ進み、現在株式会社メタルファーマシーを率いる川野義光氏。学生時代は厳しい状況を自らの力で打開し、独立後は在宅医療を軸に、弁当事業やイベントバーなど「掛け算」の経営で各業界に風穴を開け続けている。画期的な外部留学制度や独自のSNS戦略を駆使し、次世代の薬剤師の在り方を模索する同氏に、起業の経緯と、後世に語り継がれる「伝説の創業者」を目指す真意について聞いた。
友人の死を原点に薬学の道へ 学生時代の経験と管理職としての苦悩
ーーまずは、薬学の道に進むことになったきっかけを教えていただけますか。
川野義光:
高校2年生のとき、小中一緒だった友人をがんで亡くしたことが原点です。その友人の葬儀に参列した際、たくさんの点滴の跡や手術痕があるのを見て、「若くても、このような外科的な手術で治療するしかないのか」と痛感しました。外科的な手術だけでなく、がんを治せるような薬を自分でつくりたい。その思いで薬学の道を志し、大阪薬科大学へ進学しました。
大学入学後は少し羽目を外してしまい、一時期は経済的に非常に厳しい状況に陥ったこともありました。「進むか、とどまるか」の選択で私は大抵「進む」を選ぶ癖があり、状況を分析して自力で資金を確保し、困難を乗り越えました。このときに培った「ピンチを乗り越える力」は、現在の経営にも生きています。
ーー大学卒業後は、どのようなキャリアを歩みましたか。
川野義光:
就職活動では3社だけ受けて、そのうちの1社に入社しました。その後、一度退職して別の薬局をいくつか経たのですが、縁あって最初の会社に戻ったんです。戻ってからはエリアマネージャーとして複数店舗を統括する管理職を任されました。そこで一番苦労したのは、現場と経営陣の板挟みになって人の問題をまとめたことです。誰かの穴を埋めたりシフトを調整したりと、調整業務に奔走する毎日でした。経営陣からの要望と現場からの不満の間に立つ役割を担う中で、薬局の店長などから見られる目も変わり、組織をまとめることの難しさを深く学びましたね。
「本当の在宅医療」への気づきから起業「掛け算」で生み出す独自の経営戦略
ーー起業を決意したきっかけは何でしたか。
川野義光:
個人の家を回る「本当の在宅医療」を実現したかったのが大きな理由です。地域の薬剤師会長を務めた際に、行政の会議で「一人暮らしの高齢者の孤独をどうなくすか」が議題に上りました。当時の私は、数十人をまとめて診る「介護施設への訪問」こそが在宅医療だと思っていたのです。
しかし実際には、ご自宅でポツンと暮らしている方々がたくさんいて、その人たち一人ひとりの家へ行くのが本当の在宅医療だと気づきました。ただ会社としては、効率の良い施設への人員配置が正解であり、個人の家を回る提案は断られました。企業の判断には納得しましたが、私は自分の思いを実現するために独立を決意したのです。
ーー貴社の事業について教えてください。
川野義光:
潜在的に困っている患者さんの課題を直接解決したいという思いから、枠にとらわれず薬局以外の事業も展開して「掛け算」の経営を行っています。たとえば弁当事業は、在宅医療で訪問した方が「毎日同じ菓子パンばかり食べている」という事例から生まれました。手づくりで美味しく、塩分を1食2グラム以下に控えた栄養のあるお弁当を届けたいと思ったのです。
また、夜の時間を使ったイベントバーは、価値ある研究をしている若手研究者や大学院生が、一般の方向けに知を共有し、ライトに活躍・還元できる場を設けようという意図で始めました。こうした多種多様な事業と薬局の掛け算が、私たちの独自の強みになっています。
SNS戦略と画期的な外部留学「マワレ」 次世代リーダーの育成

ーー次世代に向けた新しい取り組みにはどのようなものがありますか。
川野義光:
「こんな面白い働き方があるんだ」という憧れの対象をつくり、次世代の視野を広げるための活動に力を入れています。具体的には、SNSを活用した発信です。外部の大型イベントのスポンサーになったことで注目を集め、それを機に動画配信も本格化しました。薬学部生の中には明確な目標が定まらずに薬剤師を目指す人も多いため、新たな働き方を提示したかったのです。学生とのリアルな交流イベントを開催し、新卒採用の強化にも大きくつながっています。また、社内向けにも視野を広げてもらうための独自の留学制度などを設けています。
ーー留学制度や人材育成に力を入れる理由は何でしょうか。
川野義光:
薬局は物理的にも狭く、毎日会う人が限定されるため、社員に視野を広げて成長してほしいという思いがあります。そこで、自社に在籍しながら信頼できる外部の薬局へ一定期間「留学」できる、在籍型出向制度「マワレ」をつくりました。
また、次世代リーダーには、薬の知識の習得だけでなく“社会人スキル”の教育も外部機関の力を借りて行っています。さらに、業界特有のデジタル化の遅れを取り戻すため、生成AIの活用などもスピード重視で推進し、社内の情報システム部とともに業務改善に取り組んでいます。
目指すは「100拠点」と「伝説」 諦めない心が成功を切り拓く
ーー今後の展望や、ご自身の夢についてお聞かせください。
川野義光:
長期ビジョンとして、薬局の枠にとらわれずバーや弁当屋など多種多様な新規事業を展開し、全国で「合計100拠点」の達成を目指しています。そして個人的な夢は「伝説になること」です。自分が世を去った後でも誰かが噂してくれるような「銅像が建てられるほどの創業者」として歴史に名を残したいという思いを強く持っています。
ーー最後に、新たな挑戦を志す読者へメッセージをお願いできますか。
川野義光:
私は「成功の秘訣は何ですか」と尋ねられた際は、いつも「諦めないしつこさ」だと伝えています。結果が出るまでに5年、10年とかかるかもしれませんが、しつこくやり続けなければ絶対に飛躍することはできないでしょう。
継続するためには、「どうしてもやりたい」という強い思いや、純粋にそれが好きだという個人的な理由が不可欠です。私自身、赤字に苦しみ「もうやめた方がいいのではないか」と挫けそうになった時期が何度もありました。それでも「絶対にやりたい」という情熱に支えられて何度も立ち上がり、どうにか壁を乗り越えてきたのです。「なんとなく儲かりそう」といった曖昧な動機だけで、厳しい状況を乗り切るのは至難の業です。これから挑戦される皆さんには、ご自身の中に明確な目標や踏ん張るための理由を見出し、しつこく挑み続けてほしいですね。
編集後記
厳しい状況を自力で打開した過去から、在宅医療への熱い思いを胸に独立を果たした川野氏。その挑戦の軌跡は、「諦めないしつこさ」と「人への思いやり」に満ちていた。業界の常識にとらわれず、弁当事業や外部留学制度「マワレ」、生成AIの導入など、独自の掛け算で次々と新しい価値を生み出している。100拠点展開、そして歴史に名を残す「伝説の創業者になる」という大きな夢に向かって突き進む同氏が、今後どのような未来をつくり上げるのか、その飛躍が楽しみだ。

川野義光/1984年、大分県別府市生まれ。大阪薬科大学(現大阪医科薬科大学)卒業。新卒で薬剤師として株式会社あけぼの関西へ入社。5年ほど勤務し管理薬剤師、エリアマネージャーを経験。2016年に株式会社メタルファーマシーを設立。薬局事業にて地域医療に貢献しながら弁当屋事業やSNSマーケティングにも注力している。