
自動車部品から日用品、農業機器まで、あらゆる産業に不可欠な「バネ」を製造するフセハツ工業株式会社。同社を率いる代表取締役社長の吉村篤氏は、学習塾勤務という経歴を経て家業に入り、社内環境のシステム化や独自設備の開発、独学でのウェブ集客などを次々と推し進めてきた。職人の勘に頼る昔ながらのものづくりから、女性や20代の若手でも活躍できる「ハイテクとローテクの融合」へ。次世代の後継者育成を見据え、変わりゆく時代の中で老舗企業がいかにして組織をアップデートしてきたのか。その軌跡と未来への展望に迫る。
異業種で培った「教える力」を武器に停滞する社内環境を改革
ーー家業であるフセハツ工業に入る前は、どのようなお仕事をされていたのですか。
吉村篤:
「いずれは会社を継ぐかもしれない」という思いを抱きつつも、最初はご縁があって学習塾で人にものを教える仕事に就いていました。塾の勤務では、生徒とのコミュニケーションのとり方やわかりやすく伝える方法など人との関わり合いにおいて多くの学びを得ました。この「人に教える」経験は、現在地元の小学校で行っているものづくり体験教室にも大きく役立っています。
ーー家業に入ったきっかけはどのようなものでしたか。
吉村篤:
2000年頃、弊社が国際規格であるISO9001の取得を目指すことになり、「手伝ってほしい」と呼ばれました。入社後は商品開発や新規事業を任されるとともに、社内改革にも着手することになりました。当時の社内は、隣の席の社員が引く図面すら知らないほどに、コミュニケーションが不足しており、倉庫には在庫が山積みという状況だったのです。そこで、図面共有による社内コミュニケーションの活発化や、システムを用いた在庫管理を導入しました。さらに、新しい設備の導入やホームページの作成も独学で挑戦しました。
経営理念を道しるべに 多種多様なニーズに応える技術力

ーー2013年の社長就任時には、どのような組織づくりを目指しましたか。
吉村篤:
当時は厳しい経営環境にありましたが、社員全員が同じ方向を向いて進める組織づくりを目標としました。その軸となったのが、弊社の創業者が掲げた「弾む原理を進化させ小さくても大きな使命と責任感をもって社会に貢献すべし」という経営理念です。私自身も深く共感する内容だったため、この理念だけはしっかりと残し、会社の道しるべとしました。
ーー改めて、現在の事業内容について教えてください。
吉村篤:
1個の特注品から年間数百万個の量産品まで、幅広いバネの製造に対応しています。売上高の一定割合を大型バスなどの自動車関連が占める一方で、美容院のヘアクリップや国産の洗濯バサミなど、身近な製品にも弊社のバネが使われているのです。このほかにも、農業機器や文房具、劇団の舞台装置に至るまで、多種多様な業界のお客様とお取引を続けてきました。
ーー多種多様なニーズに応えられる、貴社の強みは何でしょうか。
吉村篤:
最大の強みは、オリジナルの機械設備や加工治具を自社開発できる点です。多品種にわたるバネの製造は、市販の機械だけでは対応しきれません。そのため、昔ながらの職人技術という「ローテク」を引き継ぎつつ、数値制御を取り入れた「ハイテク」な機械を自社で開発しています。結果として、力の弱い女性や経験の浅い20代の若手でも、安全かつ高精度に製品をつくることが可能になりました。
独学のウェブ集客と次世代へのバトンタッチ
ーー新規開拓やマーケティング戦略はどのように進めましたか。
吉村篤:
かつての訪問型の営業スタイルから転換し、ウェブ集客に力を入れました。自分で書籍を読んで学び、ホームページをリニューアルしたうえで、SNSでの情報発信も積極的に行っています。その結果、全国の多様な業界から新規のお問い合わせをいただけるようになりました。さらに、この取り組みを知った20代の世代が「ここで働きたい」と入社してくれるなど、採用面でも大きな成果につながっています。
ーー最後に、次世代を見据えた今後の展望をお聞かせください。
吉村篤:
会社全体を俯瞰し、経営を担える次世代の後継者やリーダーを育てていくことが現在の目標です。誰か一人の能力に依存するのではなく、社員同士が協力し合う働きやすい環境の維持が欠かせません。これからも、バネでお困りのお客様を助け、協力企業との連携を深めていく方針です。ひいては、地域社会や日本のものづくり全体に貢献できる企業であり続けたいと願っています。
編集後記
吉村社長の根底には、相手に寄り添い、共に成長を目指す真摯な姿勢が息づいている。長年培われてきた職人の確かな技術を尊びながらも、それに固執することなく、自社開発の設備やシステム化によって誰もが活躍できる環境を切り拓いてきた。そのプロセスからは、社員を思いやる深い愛情が感じられる。創業時からの理念を胸に刻み、変化を恐れず新しい手法を取り入れる社長の熱量は、確実に社内へと伝播している。次世代を担うリーダーたちへとその思いが受け継がれ、日本のものづくりを牽引する老舗企業としてさらなる進化を遂げていく姿が目に浮かぶ。

吉村篤/1973年、大阪府東大阪市生まれ。2000年にフセハツ工業株式会社に入社。2013年に四代目の代表取締役社長に就任。ハイテクとローテクを融合し、唯一無二のばね工場を目指す。