※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

1958年の創業以来、福岡県田川市を中心に地域密着型のLPG(プロパンガス)事業を展開する合同ガス株式会社。人口減少やエネルギー業界の変革期を迎える中、同社はガス事業にとどまらず、リフォーム領域も手掛ける「住環境の総合インフラ企業」へと成長を続けている。いち早く遠隔保安システムを導入する先進性と、顧客に寄り添うアナログな接点を両立する独自の経営戦略が強みだ。創業者のDNAを受け継ぐ代表取締役社長の園明夫氏と、他業種から参画し組織改革を牽引する取締役副社長の園勇輝氏に、100年企業へ向けた思いと次世代を見据えた挑戦について聞いた。

次男として多様な業界を志すも創業者の強い思いに触れ家業へ

ーーまずは、家業である貴社を継いだ経緯をお聞かせいただけますか。

園明夫:
創業者である父からの強い思いを受け継ぎ、私は家業へ入る決意を固めました。学生時代は、家業を継ぐつもりはまったくなく、次男という立場からも、多様な業界の仕事にチャレンジしたいと考えていました。しかし、就職について父に打ち明けたところ、猛反対されたのです。チャレンジ精神が非常に旺盛な父は、「3世代続く会社にしてほしい」という強い情熱を抱いていました。当時、創業から何世代も続く地元企業を珍しがられた時代背景もあり、そうした父の思いに動かされて、最終的にその気持ちに従って家業へ入る道を選びました。

ーーそれまでの他社でのご経験はどのようなものでしたか。

園明夫:
外部企業で約6年半の修業を経験し、現場で顧客視点を養ってきました。LPGの現場や配管、営業に関するすべての業務をゼロから学んでいきます。なかでも強烈に覚えているのが、長崎の駐在所での日々です。当時はまともな事務所がなく、借家の縁側をオフィスとして使っていました。昼間は車中を拠点にしていたのです。アタッシュケースとベニヤ板でつくった即席の机で伝票を書き、携帯電話もない時代に、毎日150キロから300キロを走り回る孤独な新規開拓が続きました。所長が不在となり、20代の私が一人ですべてを回さなければならない厳しい時期もありましたが、結果的に4年間で20社の新規開拓に成功しました。規模の大きな販売店では、1件の契約で約1億円の売上高になるなど、大きな成果を上げることができたのです。現場で過酷な日々を乗り越え、実直に培われたこの経験が、現在の経営における顧客第一主義のベースとなっています。

異業種から家業へ デジタル化と明確な評価制度による組織改革

ーー園勇輝氏はどのような経緯で貴社に入社されたのですか。

園勇輝:
私自身も最初は家業を継ぐ気はなく、理系で情報系の学校に進み、大手の鉄道会社に就職して7年ほど働きました。しかし、異業種の大企業で働く中で仕事に対する捉え方が変わってきました。「畑は違っても同じ仕事で汗をかく苦労は同じだ」と感じたのです。さらに、結婚して子どもができたことで家族への意識が変わった時期がありました。社長から「会社の将来的な計画を立てるために、そろそろ白黒つけてくれ」と言われたタイミングが見事に重なったのです。「ここで私がやらなければ」という運命を感じて、2018年に合同ガスへ入社しました。

ーー入社後に取り組まれた組織改革についてお聞かせください。

園勇輝:
入社して一番に感じた、属人的でアナログな社内の仕組みの改善に着手しました。パソコンの導入など、デジタル化を進めるのと同時に、最も力を入れたのが人事・評価制度の確立です。当時は「どうすれば役職に上がれるのか」という明確な基準もなく、とにかく一生懸命頑張るしかないという社風でした。そこで、等級制度と評価制度を整備し、立場や責任に応じた会社からの期待役割を明確にしました。20代の人材が入社して具体的なキャリアビジョンを描けるようにするためには、この仕組みづくりが不可欠だったのです。

「ガス×リフォーム」と先進的な保安体制で総合的な住環境サポート企業へ

ーー事業面における強みや独自の戦略はどういった点にあるとお考えですか。

園明夫:
ガス事業の枠を超え、リフォーム事業による総合的な住環境サポートを展開している点です。田川市に複数の大手メーカーの設備をそろえた総合ショールームを開設し、水回りなどお客様に寄り添うご提案をしています。おかげで私が家業に戻った当時に比べ、売上高は大きく成長しています。また、業界に先駆けていち早く遠隔保安システムを導入しました。県内でも数少ない「ゴールド保安認定」を受けている点も、お客様に安心をお届けする大きな強みです。

ーー効率化を推進する一方で、お客様との関わり方について意識していることは何ですか。

園勇輝:
検針や集金などの合理化を進める一方で、ガス屋の本来の姿である「顔が見える関係性」は大切に守るよう意識しています。その取り組みの一つが、40年続く広報誌の「手配り」です。ただ配るのではなく、担当者が直接お届けし、「最近お困りごとはないですか?」とお声がけするためのコミュニケーションツールとして活用しています。合理化すべきデジタルと、残すべきアナログな接点のバランスを非常に重視しているのです。

ーー最後に、今後の注力テーマと目指す組織像をお聞かせください。

園明夫:
目指すのは、地域の皆様にとっての「トータルのベストライフパートナー(住環境の総合インフラ企業)」になることです。家の中で何か困り事が起きたとき、「まずは合同ガスに聞いてみよう」と真っ先に頼られ、顔の見える関係性で地域社会を支え続ける未来を描いています。「ベストライフパートナー」として感謝を忘れず、相手に寄り添うDNAを継承し、社会とともに成長しながら「100年企業」というビジョンの実現を目指します。縁あって入社してくれた社員は、人生を預かる家族同然です。待遇面も手厚くし、社員が幸せに働ける環境をこれからも守り抜きます。

園勇輝:
その実現に向けて古い業界の常識をアップデートし、経営層によるトップダウンだけでなく、若い力によるボトムアップも機能する強い組織づくりを推進しています。そのために、業界の常識を覆す「総合職」の新卒採用を始めました。これは次世代の経営幹部を育成する未来への投資です。社員を家族のように大切にしながら、地域社会とともに成長し続けていきたいと考えています。

編集後記

「まずは合同ガスに聞いてみよう」。取材中、繰り返されたこの言葉に、地域社会と顧客に対する深い愛情と覚悟を感じた。過酷な現場で培われた徹底的な顧客視点を持つ社長と、別分野での知見で組織を現代に最適化し、若い世代が輝く土壌をつくる副社長。効率化を極めながらも、あえて体温の通ったアナログなコミュニケーションを残すその絶妙なバランス感覚こそが、同社最大の魅力である。社員を家族と呼ぶ温かな組織が、どのような「100年企業」の姿を体現していくのか、今後の飛躍が楽しみだ。

園明夫/1960年4月、福岡県田川市生まれ。1983年に亜細亜大学経済学部を卒業後、現・三愛オブリ株式会社(ガス事業部)に入社。1989年に合同ガス株式会社へ入社し、2002年4月に同社代表取締役に就任。プライベートでは一男一女に恵まれ、現在は5人の孫を持つ。趣味は観葉植物の育成・鑑賞とスポーツ観戦。

園勇輝/1988年11月、福岡県宗像市生まれ。2011年に九州産業大学を卒業後、九州旅客鉄道株式会社(JR九州)に入社。2018年4月に合同ガス株式会社へ入社し、2024年4月より現職である取締役副社長に就任。