
2021年、東京ガスとイギリスのエネルギー技術企業の合弁会社として誕生したTGオクトパスエナジー株式会社。再生可能エネルギーを安価に提供する独自戦略と、顧客管理システム「クラーケン」を武器に、日本のエネルギー市場に参入した。2026年4月に同社の代表取締役社長に就任した中上英尋氏は、東京ガス時代に海外市場の最前線でエネルギー業界の変革を体感してきた人物だ。同社が強みとする独自のシステムを活かし、従来の中央集権型から顧客起点の「双方向型」へ事業をどう進化させていくのか。日本のエネルギー市場の未来と、中長期の展望に迫る。
海外市場で目撃した「自由化の波」と現場から学んだ経営の方針
ーーこれまでのキャリアの歩みについてお聞かせください。
中上英尋:
1997年に東京ガスへ入社し、営業やコーポレート部門を経て、キャリアの約半分を海外事業に費やしてきました。入社からの10年間は、マンションデベロッパー向けにガス機器や床暖房などを提案する法人営業を担当。お客様に商品を販売し、現場を知ることができた大切な期間です。その後は、関連会社や秘書、事業部門の企画といったコーポレート主体の業務に従事しました。そしてキャリアの残り半分を占めるのが、海外事業での経験です。アメリカに6年間、フィリピンのマニラに3年間駐在するなど、グローバル展開の推進に力を注いできました。
ーーこれまでのご経験の中で、転機となった出来事について教えてください。
中上英尋:
最大の転機は、アメリカ駐在時に見た電力市場自由化の潮流と、エネルギー取引のグローバル化を体感したことです。日本のエネルギー自給率の低さと海外依存の構造に関心を抱き、ニューヨーク事務所へ赴任しました。当時、先行して規制緩和が進む現地の市場を調査し、事業戦略の変化を分析。いずれ日本に訪れる自由化の未来をいち早く現地で把握できたことは、大きな財産です。
もう一つは、LNG(液化天然ガス)の取引業務です。かつて世界のLNGは過半数を日本が輸入しており、事実上の価格主導権を握っていました。その後、2007年頃から大西洋での取引が急増し、市場が世界規模へ拡大していく予兆を目撃したのです。業界の大きな転換期を最前線で体感できたことが、自身の確かな支えとなっています。
ーー社長に就任された経緯と、経営者としての現在の意気込みをお聞かせください。
中上英尋:
東南アジアでの事業展開を通じて弊社のビジネスモデルに可能性を感じ、バトンを受け継ぐ形で2026年4月に社長に就任しました。昨年まで海外事業に携わる中で、オクトパスエナジーのビジネスモデルや企業文化に大きな可能性を感じたことが契機でした。前任者が軌道に乗せた事業を引き継ぐことになり驚きもありましたが、自身の役割は国内外でのさらなる成長加速への挑戦だと捉えています。
従来の大手エネルギー企業は供給側を起点とし、本社へ権限を集中させる中央集権型の組織構造を取る傾向にあります。対して川下の事業を展開する弊社は、現地の規制やライフスタイルに適合させるローカライズが不可欠なのです。イギリスの本社がすべてを統制するのではなく、各地域に権限を委譲する自律性の高い組織運営を行っています。グローバルな成功事例とローカルな柔軟性を掛け合わせ、日本市場における確固たる地位の確立を目指します。
ーー経営者として、日々の業務で大切にされている価値観をお聞かせください。
中上英尋:
「現場の小さな挑戦」を重んじ、失敗を恐れず試行錯誤を積み重ねていく姿勢です。私自身、過去にフィリピンのマニラで事務所を立ち上げた際、正解がない中で人脈開拓や情報収集に奔走しました。現地で初となるLNGの受け入れ基地をつくる業務は、まさに手探りと失敗の連続でした。そうした数々の失敗から得た教訓が、現在の大きな糧となっています。完成した基地という華々しい成果の裏には、泥臭い挑戦の蓄積が存在するものです。だからこそ、社員一人ひとりが枠を飛び出し、変化し続ける組織を弊社全体で育んでいきます。
高い迅速性を生む「クラーケン」と社会課題を解決するサービス

ーー貴社の事業にはどのような強みや独自性がありますか。
中上英尋:
強みは大きく分けて3つあります。
1つ目は、Octopus Energyグループが独自に開発した顧客管理システム「クラーケン」です。従来のエネルギー企業が使う基幹システムは、古いシステムに複数の機能を後付けした複雑な構造になっており、新プランの開発に数年かかることも珍しくありません。対してクラーケンは、多様なサービスを載せる前提でゼロから構築された独自のプラットフォームです。そのため、わずか1~2ヶ月という圧倒的なスピードで新商品をお客様へ提供できます。さらに、一つのプラットフォーム上で業務を効率的に管理できるため、迅速な顧客対応につながっています。
2つ目は、社会の潮流やお客様のニーズにいち早く適応できる、柔軟なサービス開発力です。現場の裁量でアイデアをすぐさま形にする機動力に加え、意思決定から改善までを素早く回せるスピード感も強みです。デジタルを通じてお客様の反応をリアルタイムに捉え、高速で改善を繰り返すスタートアップのような高い機動力を持つアプローチが、他社にはないスピード感を生み出しているのです。
そして3つ目は、グリーンなエネルギーを納得いただける価格レベルで提供する、独自の事業戦略です。単に「再エネだから高い」と押し付けるのではなく、社会全体で発生している電力の無駄を価値へと変換し、安価にお届けすることを主軸に据えています。供給側の都合で価格負担を求めるのではなく、需要側に寄り添っていかに安く届けるか。この需要側起点の思想こそが、私たちの確固たる競争力につながるのです。
ーーサービスの独自性について、具体的にどのような取り組みが評価されていますか。
中上英尋:
世の中の変化にいち早く対応し、顧客に利点のあるプランを迅速にお届けできる点です。たとえば、エネルギー価格が高騰して不安が広がっている時期に、期間限定の固定価格料金をすぐにご案内できるのも、私たちのシステムの強みです。
特に反響が大きいのが、「夏のハッピーアワー」という取り組みです。現在、太陽光発電が増えたことで、昼間の時間帯は電気が余り、時には発電を抑制しなければならないという社会課題があります。そこで、電気が余っている昼間の時間帯に多く電気を使っていただけるよう、電気料金を割引する企画を立ち上げました。昨年は期間中、指定の時間帯に1キロワット時あたり約8円の値引きを実施しました。
その結果、約11万人にご利用いただき、総額3600万円以上の割引を還元しています。今年も同様の取り組みを実施しています。電気代が上がる中で我慢するのではなく、無駄になるはずだった電気を楽しくお得に使っていただく。社会的な課題解決と顧客への還元、そして事業としての利益を両立させる仕組みです。
ーー近日中に予定している新たな展開があればご教示いただけますか。
中上英尋:
直近では、電気自動車(EV)を活用した新たなエネルギーサービスの展開を本格化しています。すでにパナソニック株式会社 エレクトリックワークス社との連携を開始しているほか、Teslaオーナー向けの自動充電サービス「おまかせEVオクトパス」の提供も開始しました。
電気自動車は電気を使うだけでなく、大きな蓄電池でもあります。たとえば、「明日の朝7時半までに充電を完了させたい」とシステムに設定すると、クラーケンが市場の電力需給バランスを見極め、再エネを有効活用できる時間帯(最も安い時間帯)に自動で充電を行います。これにより、エネルギーの需給不均衡を調整し、電力需要のピークを抑えることが可能になるのです。イギリスではすでに数十万台規模で行っている取り組みですが、日本でも外部企業と連携しながら順次拡大していく見込みです。
「単なる消費者」から「双方向の相互関係」へ分散型電源の最適化が描く未来

ーー今後の注力テーマと、中長期的な目標をお聞かせください。
中上英尋:
まずは現在約56万件の契約数を、100万件へと伸ばしていくことが足元の目標です。ただし、単に電気の販売件数を増やすだけではありません。お客様の暮らし全体を便利で豊かにすることを根底に据えています。その具体策として、電気自動車(EV)や太陽光パネル、ご家庭の蓄電池などを普及させ、それらを顧客管理システムのクラーケンとつなぎ合わせます。個々の端末の容量は小さくとも、何十万件と結びつけてデジタルで最適に制御すれば、全体で一つの巨大な仮想発電所としての機能を発揮するはずであり、従来の大規模な発電所から一方的に送電する仕組みから脱却し、お客様自身が電気をつくり、貯める「双方向」の関係性を構築するのです。
ここで譲れないのは、エネルギー業者が主導する「供給側の論理だけで最適化する」といった供給側の論理に陥らないこと。あくまで需要側、つまりお客様にとっての経済的なメリットや暮らしの面白さに寄り添って機器を制御し、得られた利益をしっかり還元する形を目指しています。将来的には電気やガス、各種デバイスが連動する一つのエコシステムをつくり上げ、分散型の電源を本当の意味で活用できる社会を実現していきます。
ーーさらなる成長に向けてどのような戦略を描いていますか。
中上英尋:
全国のガス事業者様との提携を強化しています。私たちは電気を提供できますが、ガスは扱っていません。一方、全国には200社以上の都市ガス会社様やLPガス会社様が存在しますが、電気の商材をお持ちでない企業様も多いです。すでに各地のガス会社様との提携が進んでおり、私たちと組んでいただくことで、顧客に対して電気とガスを一括で提供できるようになるのです。こうした外部企業との協力関係を、日本全国でさらに広げていきたいと考えています。
ーー最後に、貴社が目指す将来の会社像を教えてください。
中上英尋:
将来的に目指しているのは、「オクトパス経済圏」のような生活に密着した社会基盤をつくり上げることです。イギリスではすでに、生活の中にオクトパスエナジーが溶け込むようになりました。たとえば、提携店舗でコーヒーが無料になったり、映画が無料で見られたりといった独自のサービスが展開されているほどです。日本でも、お客さまとの視点を広げるさまざまな取り組みを始めています。例えば、本国で展開するマスコットキャラクター「コンスタンティン」の公式グッズを販売する専用サイト「Shoptopus(ショプトパス)」を日本でも立ち上げるなど、エネルギー会社をより身近に感じていただくための挑戦を進めています。私たちが目指しているのは、エネルギーを単に供給する会社ではなく、お客様の暮らしに寄り添い、新たな価値を提供し続ける存在になることです。
イギリスでは約10年でこうした世界観を実現しましたが、日本にも規制などの壁が存在します。それでも私たちは、日本でいち早く再生可能エネルギーを、魅力的で納得感のある価格でお届けしながら、顧客とともにこの新しい相互関係をつくり上げていきたいと強く願っています。
編集後記
「現場の小さな挑戦」の重要性を、自らの海外経験を交えて語る姿が印象的だった。壮大に見える「分散型電源の最適化」や「100万件の契約」という目標も、日々の地道な検証と失敗の繰り返しの上に成り立っている。独自のシステムを日本市場へ柔軟に適応させる合理性と、顧客の暮らしを豊かにしたいという温かさを併せ持つ。同社が日本のインフラにどのような変化をもたらすのか、今後の展開に注目していきたい。

中上英尋/1974年、東京都生まれ。1997年、東京ガス株式会社へ入社。ニューヨーク事務所副所長やマニラ事務所所長など、主に海外事業において要職を歴任。その後、コーポレート関連業務や、再生可能エネルギー事業部のグループマネージャーなどを経て、2024年より海外事業企画部にてグループマネージャーを務める。2026年4月、TGオクトパスエナジー株式会社の代表取締役社長(CEO)に就任。