
1993年に鉄道会社へ入社し、長年建築の技術者として数々の大型施設の開発を牽引してきた柴﨑紳一朗氏。現在は株式会社JR西日本ヴィアインのトップとして、全国26の宿泊特化型ホテルを率いる。業界全体が打撃を受けた危機を経て、同社は今「第二の創業期」として大きな組織変革の只中にある。「働きがい・働きやすさのリーディングカンパニー」を目指してトップが描く、新たなホテル事業の未来像に迫った。
京都駅ビル開発で知った「モノづくり」の原点とホテル事業への転機
ーーまずは、これまでのご経歴をお聞かせいただけますか。
柴﨑紳一朗:
私の原点は、人が集う空間を生み出す「モノづくり」のやりがいにあります。大学卒業後の1993年に鉄道会社へ入社し、そこから20数年にわたり建築の技術者として開発業務に携わってきました。中でも若手時代に担当した、京都駅ビルの建設は非常に印象深く心に残っています。当時は多忙を極める環境でしたが、開業日に多くのお客様が訪れている姿を見たときの感動は忘れられません。建設中は「こんな大階段、誰が使うのだろう」と思っていた場所に、たくさんのお客様が集い、各々が思い思いに過ごされていたのです。「こんなふうに人が集まる空間をつくれたんだ」と、大きな達成感を味わった瞬間でした。
ーー開発業務から一転、ホテル事業に移った経緯はどのようなものでしたか。
柴﨑紳一朗:
「建物をつくる側」から「中身を使って事業を展開する側」へ挑戦したいと考えたからです。以前関わっていた大阪駅の開発業務が一段落した段階で、つくる側の役割は十分に成し遂げたという思いが芽生えました。その後念願が叶い、ホテル開発部門へ出向することになったのです。そこでは当時の社長から助言を受け、ハード面ではなくビジネスの仕組みやマーケティング、ブランディングなどをイチから必死に学びました。その過程で、ホテル事業の奥深さと面白さに深く気づかされたのです。
コロナ禍の笑顔に見た会社のポテンシャルと「ちょうどいいホテル」

ーー現在、貴社が展開されているホテルの強みは、どこにあるとお考えですか。
柴﨑紳一朗:
強みは、単なる価格の安さにとどまらない「品質の高さ」にあると考えています。弊社は現在、「ヴィアイン」とより上質な「ヴィアインプライム」の2ブランドで、全国に26の宿泊特化型ホテルを展開しています。清潔さや安全性に加え、客室の明るさやコンセントの位置など、さりげない機能性や配慮が行き届いている点が特徴です。
また、人材こそが弊社の高いポテンシャルだと確信しています。私が出向した当時はコロナ禍の最も苦しい時期で、業界全体が沈んでいました。しかし、そんな厳しい状況下でも、弊社のスタッフは素敵な笑顔で接客していたのです。「この素敵なスタッフたちがいるホテルを何とかしたい」と強く思いました。
ーーブランドコンセプトの「MY HOME HOTEL. -目指したのは自宅のくつろぎ-」に込められた思いを聞かせてください。
柴﨑紳一朗:
お客様が我慢も背伸びもせず、自分らしくいられる「ちょうどいいホテル」でありたいという思いです。誰にとっても居心地が良く、頭の中に品質の良さがすぐに浮かぶ場所。それが私たちの目指す「マイホーム」の姿です。旅先のホテルであっても、気取らず気軽に使えて、かつ快適性が高い空間を提供したいと考えています。
732件のアイデアが集まった「やめる仕事アワード」と柔軟な働き方
ーー現在、社内で力を入れている取り組みはありますか。
柴﨑紳一朗:
現在、部門横断型の「働きがい向上プロジェクト推進チーム」を立ち上げて活動しています。というのも、宿泊業界全体で人手不足や離職率といった課題を抱えており、弊社も例外ではないからです。
その課題解決に向けた第1弾の取り組みとして「やめる仕事アワード」を開催しました。これは、現場の無駄な業務や「何のためにやっているかわからない仕事」を社員から募り、経営陣が本気で「やめる」決断を下す社内企画です。結果として、社員約500人から目標の500件をはるかに超える732件もの真剣なアイデアが集まりました。内容も「とりあえず出しておけばいい」というものは少なく、「これさえやめれば仕事がもっとやりやすくなるのに」という現場の真剣な本音が大半を占めていました。我々経営陣もそれらを65件に集約して「やめるカルタ」を作成し、「すぐにやめる」「時間はかかるがやめる」「将来的にはやめたい」といった分類のもと、やめることを前提に1件ずつ真剣に審議しました。この取り組みは単なる業務削減にとどまらず、「これは何のための業務か」とお客様目線でサービスのあり方を根本から見直す非常にポジティブな機会となりました。
ーー従業員の働きやすさについては、どのような展望をお持ちですか。
柴﨑紳一朗:
意欲ある社員が長く働き続けられるように、柔軟な働き方の選択肢を増やす構想を持っています。今後はDXを積極的に活用し、現場にいなくてもできる業務の集約化を進めていく予定です。ホテル業界はシフト制が中心です。そのため、親の介護や育児など、社員のライフステージの変化によってシフトに入ることが難しくなるケースがあります。ホテルの仕事が好きでも辞めてしまうのは、非常にもったいないことです。だからこそ、誰もが長く活躍できる環境を実現したいと考えています。
「第二の創業期」を迎え働きがい・働きやすさのリーディングカンパニーへ
ーーこれからの組織づくりにおいて、大切にされていることは何ですか。
柴﨑紳一朗:
何よりも「働く社員の笑顔を増やす」ことです。そのために現在、根本的な組織風土の改革を進めており、自発的に行動できる風土づくりに注力しています。その一環として、今年新たな「Value」を制定しました。
Valueには、「一歩先の喜びをつくる」「お互いを思いやる」「誠実さを大切にする」「自分をアップデートする」「気持ちをデザインする」「自分から笑顔に、そして広げる」という6つの行動指針を定めています。
これらには、マニュアルに縛られるのではなく、社員一人ひとりが目の前のお客様のために何をすべきかを考え、自発的に行動する組織を目指すという思いが込められています。成功も失敗もある中で自発的なチャレンジを応援し、社員が笑顔で働いてこそ、結果的にお客様の笑顔につながっていくと信じています。弊社は事業分割を経て独立した現在のタイミングを、「第二の創業期」と捉えています。その基盤を固める上で、社員の笑顔は欠かせません。
ーー最後に、今後の展望をお話しいただけますか。
柴﨑紳一朗:
今後3〜5年で、宿泊業界における「働きがい・働きやすさのリーディングカンパニー」になることです。私たちが良いモデルケースとなることで、業界全体をもっと魅力的な職場に変えていきたいと考えています。そして、日本の観光立国としての発展を、足元からしっかりと支えられるような企業になれたらと考えています。
編集後記
トップ自らが「働く社員の笑顔」を最優先に掲げ、本気で組織風土改革に取り組む柴﨑社長。「やめる仕事アワード」に象徴されるように、宿泊業界が抱える課題に真正面から向き合い、具体的なアクションへとつなげていく姿勢が印象的だ。社員の働きがいを追求する同社の変革は、やがて業界全体の新たなスタンダードへと発展していくことだろう。「第二の創業期」という新たなステージに立つ同社が、どのような形で業界の常識を塗り替えていくのか、その動向を注視したい。

柴﨑紳一朗/1968年、東京都生まれ、静岡県育ち。名古屋工業大学卒業。1993年に西日本旅客鉄道株式会社に入社し、主に建設系で京都駅ビルプロジェクトや大阪駅改良プロジェクトなどの大型事業に携わる。2021年に株式会社ジェイアール西日本デイリーサービスネットへ出向し、宿泊特化型ホテルのヴィアイン事業を担当。2025年6月に株式会社JR西日本ヴィアインの代表取締役社長に就任。