
IT系スタートアップの売却を経て、コーヒー業界に身を投じた異色の経歴を持つPOST COFFEE株式会社の代表取締役、下村領氏。同社は、専門的で敷居が高いと思われがちなスペシャルティコーヒーの世界に「手軽さ」と「テクノロジー」を持ち込み、独自のポジションを確立している。店舗経営で感じた限界や、コロナ禍での経営危機を乗り越え、いかにして「コーヒーの民主化」というブルーオーシャンを開拓したのか。エンジニア出身の経営者ならではの視点と、今後の展望に迫る。
缶コーヒー好きから始まったカフェ経営と見えてきた限界
ーーまずは、コーヒー業界へ参入したきっかけを教えていただけますか。
下村領:
そもそもの転機は、参画したスタートアップが売却され、そこから次に何をすべきか考えたときに、ケースで買うほど缶コーヒーが好きだったことから、コーヒーを深く知ろうと高価なエスプレッソマシンを購入しました。実際に自分で淹れてみると非常に面白く感じましたが、同時に、この本格的な設備を自分ひとりで使うのはもったいないと考えました。そこで、渋谷の富ヶ谷にカフェを開業したのです。これが現在の事業へとつながっています。
ーー実際に店舗を経営してみて手応えはいかがでしたか。
下村領:
自らバリスタとしてコーヒーを淹れ、2年ほど経営する中でビジネスモデルや収益構造は理解できました。しかし、次第に「一日一日の経営(1対1のビジネス)では物足りない、ワクワクしない」と感じるようになったのです。そんな折、店舗を訪れる専門家たちとの出会いを通じて、品質評価の高い「スペシャルティコーヒー」の存在を知りました。
当時のスペシャルティコーヒーは、オンラインで購入できる場所が少なく、注文しても届くまでに時間がかかる状態でした。そこで、ここにデジタルとクリエイティブの力を掛け合わせれば一気に成長できると直感したのです。その後、お茶やテック系など別のスタートアップ領域の可能性を3年ほど検証しました。さまざまな分野を模索した結果、やはりスペシャルティコーヒーのビジネスが最適だという原点に立ち返り、最終的にオンライン専門のコーヒー事業を開始しました。
初心者を取り込む「これでいいや」のポジショニング
ーー貴社のサービスは、どのような層をターゲットにしていますか。
下村領:
普段、身近な輸入食品店などでコーヒーを購入しており、「もう少し良いものを飲んでみたいけれど、種類が多すぎてわからない」と感じている初心者の方々です。従来のスペシャルティコーヒー市場は「コーヒーが趣味」というコア層に支えられていましたが、それだけでは事業が大きく広がりません。だからこそ、私たちは初心者層に狙いを定めています。
ーー初心者に向けたアプローチはどのように行っていますか。
下村領:
SNSなどを活用し、「ちょっとお洒落で手軽」という、若者や初心者が親しみやすい見せ方を展開しています。従来のコーヒーショップは、生産者支援などの真面目なメッセージを前面に出す傾向がありました。しかし私たちは、生活に根付いた大手日用品ブランドのように、選ぶ際に「悪くない、これでいい」と思ってもらえる存在を目指しています。この「コーヒーの民主化」ともいえるポジショニングを取る企業は他に存在しません。徹底した物流のコスト削減によって手頃な価格を実現していることもあり、結果として独自のマーケットであるブルーオーシャンを開拓できています。
ーー順調に成長を続ける中で、苦労されたことはありましたか。
下村領:
コロナ禍が明けた頃に厳しい経営危機に直面しました。その際、経営や仕事の原点を見直すために、稲盛和夫氏の著書を熟読し、多くの気づきを得たのです。私にはエンジニアとしての背景があり、上意下達で経営を牽引するスタイルは得意ではありません。そんな中で稲盛氏の哲学に触れ、現場のメンバーとともにつくり上げる手法こそが、自らも楽しめる経営の形だと再認識しました。仕事においては、単に目標を達成する義務感ではなく、自身の成長実感や、お客様に感動を提供するワクワク感を大切にしています。

AIと徹底した物流コスト削減が生む「圧倒的なスピード」
ーーテクノロジーや物流面での強みについて教えてください。
下村領:
独自のAIシステムを構築し、徹底した物流のコスト削減を実現している点です。私たちの使命は「美味しいコーヒーと消費者を、最短距離でつなげる」ことです。現在弊社では、約10万人の会員様一人ひとりに合わせたコーヒーをお届けしています。豆の種類や量、挽き方の違いを処理する物流工程は非常に複雑です。しかし、AIを活用した効率化によって、高品質なサービスを手頃な価格で提供できています。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせいただけますか。
下村領:
消費者のみなさんが「コーヒーを飲みたい」と思ったとき、生活の中で真っ先に選ばれる存在になることです。「15時までの注文で翌日に届く」という、大手ECサイト並みのスピード配送を実現している点も、私たちの大きな競争力です。今後は日本国内にとどまらず、高品質なコーヒーの需要が高まる台湾や中国、東南アジアなど、海外市場への展開も視野に入れ、さらなる成長を目指します。
編集後記
「1対1のビジネスではワクワクしない」という素直な感情を出発点とし、エンジニアの知見を活かしてコーヒー業界に変革をもたらす下村氏。「これでいいや」という一見消極的な言葉の裏には、初心者を優しく迎え入れる綿密なブランド戦略が存在した。AIを活用した複雑な物流管理とコスト削減によって実現する、手頃でスピーディな高品質コーヒー。技術と創造性の融合が、今後のコーヒー体験をどう変えていくのか、POST COFFEEの新たな展開に期待が膨らむ。

下村領/2005年、株式会社へレティックを創業。システム開発、デザインなどを主軸にデジタルクリエイティブを制作する事業を16年経営。並行して2012年に、スタートアップ企業のCTOに就任。モバイルサービスのリーン開発などを経験し、2015年に売却。その後渋谷区でコーヒー屋を3年経営。2018年、スペシャルティコーヒーをインターネットを使って日本全国へ広めるべくPOST COFFEE株式会社を設立。